チョコレートで身も心も熱くなる
お仕置きタイムが過ぎて。
レオタードから制服へと格好が戻ったチリーナは、しきりにコンデッサへ訴える。自己正当化のアピールだ。
「だって、お姉様。この古代の本に『愛のバレエタイム、からだを躍らせながら、恋しい人へチョコをプレゼントしましょう』と書かれていたんですもの」
「どれどれ……」
チリーナは問題のページを開き、コンデッサへ見せた。
「……チリーナ」
「ハイ」
「もう一度、《解読魔法》を使ってキチンと読み直してみろ。この文章の正確な訳は『愛のバレンタイン、ココロを躍らせながら、恋しい人へチョコをプレゼントしましょう』だ」
「え……」
「〝バレンタイン〟って何なにょ? ご主人様」
ツバキの質問に、コンデッサは答えてやった。赤髪の魔女は、博識なのである。
「正しくは『聖バレンタインデー』だな。古代の旧世界における、記念日さ。家族や恋人同士が互いの愛を祝い合う――そんな日だったらしい。ある国では、女性が好意を寄せている男性へチョコレートを贈る習慣があったそうだ」
「恋人……愛……チョコレート……」
チリーナが呟く。
一方、コンデッサは何かを思い出したらしく、暦を改めてチェックした。
「確か、聖バレンタインデーは2月14日だったはず」
「今日はちょうど、2月14日ニャン!」
「凄い偶然だな」
コンデッサの言葉を聞き、チリーナの瞳がキラーンと光る。
「それなら、まだチャンスが……あの、お姉様。私のバレエダンス、如何でしたか?」
「ああ、いろんな意味で物凄かった」
「ど……どのようにお感じになられました?」
「ドキドキした」
「ド……ドキドキ!?」
「うん。圧倒的な狂気に、生きた心地がしなかった」
「まぁ! 圧倒的な歓喜に、天にも昇る心地になられたんですね!」
「チリーニャさんの耳は、自分に都合良く働きすぎニャン」
ツバキのツッコミを、チリーナは当然のごとくスルーした。そしてモジモジしながら、コンデッサを見上げる。
「では、お姉様。ぜひとも、私にご褒美を……」
「褒美? 何が欲しいんだ?」
巨大なハート型チョコとは別に、チリーナは板チョコを取り出した。
「く、口移しで私に、このチョコレートを……」
「口移しか……良いぞ」
あっさりと了承する、コンデッサ。
チリーナ、大歓喜!
「本当ですか!? お姉様」
「ああ」
コンデッサはチリーナから板チョコを受け取ると、それをツバキに咥えさせた。
「ほら、ツバキ。チリーナに口移しでチョコを食べさせてやれ」
「モニョモニョ(チリーニャさん。どうぞニャ)」
「遠慮いたしますわ」
で。
「お姉様と甘いキスが出来ると思いましたのに」
「チリーニャさん。それは甘い考えニャ」
リビングで話し込んでいるチリーナとツバキのもとへ、しばらくキッチンへ引っ込んでいたコンデッサがやって来た。左右の両手に、カップを1つずつ持っている。
「これでも飲んで、気持ちを落ち着けろ。チリーナには熱めのを、猫舌のツバキには温いのを持ってきた」
チリーナはカップの端にソッと口をつけ、ツバキは中身をペロペロと嘗めた。
「ありがとうございます、お姉様……美味しいですわ」
「これ、とても甘いニャン」
「そうか」
♢
チリーナは後になって思い当たった。あの夜にコンデッサが作ってくれた飲み物は、ホットチョコレートだったのだ。その意味を考え、チリーナは頬を赤く染めた。
ツバキは最後まで何も気付かなかった。猫だから、しょうがない。
♢
結局コンデッサへの告白は失敗に終わったものの、チリーナはツバキへ生クリームをプレゼントしてあげた。
律儀な伯爵令嬢は、約束は守るのだ。
「何で、これっぽっちの生クリームなにょ? チリーニャさん、『生クリームをいっぱい差し上げますわ』って言ったニョに!」
「ですからクリームの量はお茶碗一杯分、ちゃんとあるでしょ?」
「いっぱい……」
「一杯」
「――にゅっ! 詭弁にゃ!? しかもコレ、ちっちゃな湯呑み茶碗一杯分しかないニャン。ちょびっとニャ!」
「それでも、〝いっぱい〟であるのは事実。私、約束を破ってはいませんわ」
「にゅ~」
怒りながらも、貰ったクリームについてはシッカリとぺろぺろ嘗めるツバキ。
そんなツバキの様子を少し離れた場所より眺めつつ、コンデッサとチリーナは小声で会話を交わした。
「まったく、チリーナも素直じゃ無いな。『たくさんクリームを食べると、猫はお腹を壊しかねない』と心配したんだろ?」
「あら、お姉様。どうして、私があの駄猫のお腹の具合を気にしないといけませんの?」
それからチリーナはコンデッサたちの家に遊びに来るたびに、ツバキへ、チョコやチーズやクリームをプレゼントするようになった。量はチョッピリではあったが。
白鳥と黒鳥になったことで、令嬢と猫の距離は少し縮まったようである。
ツバキ「終わりなのニャ。またどこかで、お目に掛かりたいニャン」
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