貴方のためのレオタード
チリーナ「私を人間に戻せるのは、お姉様の愛だけ……」
次の日。
夜中、ようやく仕事を終えたコンデッサが帰宅した。
「ただいま~。あ~、疲れた。久しぶりに私、張り切って仕事をしたな。私は偉い! 自分で自分を褒めてやりたいよ」
家の扉を開く。
「ん? 家の中が真っ暗だな。私が帰る時刻には明かりをつけておけと、ツバキへ言っておいたのに……。ほんとに、ツバキのヤツは仕方ないな」
自宅のリビングへと足を踏み入れる、コンデッサ。
すると、どこからともなく〝チャ~、チャラララ~、チャチャ~、チャ~、チャラララララ~〟という怪しげな音楽が流れてくる。
「え? な、なんだ? この不思議な曲は?」
パッと部屋に明かりが点る。
照明の下には、チリーナが立っていた。その様子は、あたかもスポットライトにより姿を照らし出された舞台上の女優のようであった。
「…………」
コンデッサは、思わず無言になってしまった。
チリーナが、次第に奇妙なポーズを取り始めたのだ。片足を高々と上げ、片手を前に出し、背中を反らす。有名な〝アラベスク〟のポーズだ。つま先立ちのため、バランスを取るべく全身をプルプルと震わせている。
そして……そして何より、チリーナは白いレオタードを着ていた。両腕と両脚は、奇麗な素肌をさらけ出している。
コンデッサは混乱した。
真夜中に家に帰ったら、レオタード姿の少女が変なポーズを取っていた。……まったく以て、意味不明だ。世界の全ての事象を合理的に説明するのは不可能にしろ、目の前で起きている出来事は、いくら何でも不条理すぎる。
あと、チリーナの足もとにツバキがちょこんと居る。ツバキは裸であった。まぁ、ツバキはいつも真っ裸であるが。猫なので。
「…………」
黙ったままのコンデッサ。〝お前ら、ナニやってんだ?〟とツッコミたいのだが、うかつに口を開くのは危険な気がするのだ。爆発物を踏んでしまう予感がする。
どういう反応をすれば良いのだろうか? そもそも、正解はあるのか?
(うん。見なかったことにして、家の外に出よう。私は今日、自宅へは帰らなかった)
コンデッサが音を立てずに足を後方へ動かそうとしていると……
「お姉様」
チリーナが語りかけてきた。
ビクッとする、コンデッサ。
「な、なんだ? チリーナ」
(イヤ、怖いんだが)
チリーナが踊る。くるくる~。連続ターン。
「私、悪魔の呪いによって、白鳥に姿を変えられてしまいましたの」
「そ、そうか。それは大変だな」
(いま私が居るの、間違いなく自宅だよな?)
チリーナが踊る。じゃ~んぷ。片足で跳んで、両足で着地。
「夜はこうして人間の姿に戻れますが、昼になると白鳥になってしまう悲しき運命なのですわ」
「そ、そうか。それは大変だな」
(異空間に彷徨いこんだわけじゃないよな?)
チリーナが踊る。ポーズをピシ! 両腕を上に持ち上げ! 両脚を交差させて前!
青い髪のツインテールが、大きく揺れた。
コンデッサはジリジリと後退る。
(ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。ナニコレ?)
「呪いが解ける方法は、ただ1つ。王子様であるお姉様が、私の愛を受け入れてくださることのみ――」
「そ、そうか。それは大変だな」
(王子様? いつから魔女である私が、王子になったんだ?)
世界はいつも、理不尽だ。
(どうして、仕事を終えて疲れて帰ってきた私が、こんな目に遭わなくちゃいけないんだ! 何でだ? 私が何か悪いことでもしたっていうのか!? 誰か、教えてくれ!)
チリーナが踊る。
回って、跳ねて、ポーズをきめて。
「さぁ、王子様。私の手作りチョコを食べてください。それが〝2人の愛の証〟になります!」
チリーナが激しく踊りながら、ハート型のチョコレートを差し出してきた。大きさは、チリーナの顔ほどもある。
「いやいや! さすがに、このチョコはデカすぎだろ!」
「私のお姉様……王子様への愛は、これより遥かに大きいです。大丈夫ですわ! 愛さえあれば、何の問題もありません」
「問題ありまくりだ! いや、むしろ問題しか無い!」
迫るチリーナ。
元教え子からの苛烈な攻めに、コンデッサは大ピンチ!
まさに絶体絶命! ――と、その時!
「ちょっと待つのニャ!」
「良かった、ツバキ。お前はマトモなんだな。チリーナのヤツを止めてくれ」
「チリーニャさん……では無くて、白鳥さん! 王子様であるご主人様が愛しているのは、黒鳥のアタシなのニャン」
「は? ツバキ。お前まで何を言って――」
グルングルンと横回転するチリーナの隣で、ツバキがクルクルと縦回転する。
(もう勘弁してくれ。泣きたい……)
「違いますわ、ツバキさん……では無くて、黒鳥オディール! 王子様であるお姉様が愛しているのは、私ですわ!」
「チリーニャさん……では無くて、白鳥オデット姫さん! 何度でも言うニャ! 王子様であるご主人様が愛しているのは、アタシにゃ!」
「私です!」
「アタシにゃ!」
「では、王子様に決めてもらいましょう」
「望むところニャン」
(知らん、知らん、知らん!)
「お姉様……王子様! 白鳥である私と黒鳥であるツバキさん……では無くてオディール、どちらを愛しておられるのですか?」
「どっちニャ?」
「……ど、どちらでも無い」
王子様の返事に、白鳥と黒鳥の顔が絶望の色に染まる。物語はバッドエンドか?
「あああああ! 王子様に振られてしまいましたわ~」
「そこに愛は無かったのニャ~」
「い、いや、師弟愛や主従愛ならあるが……」
(そんなに嘆かれても困るんだが)
「そうですか!」
「そうなんニャ!」
王子様のフォローによって、白鳥と黒鳥の顔に希望の色が点る。パンパカパ~ン!!!
「それでは、師弟愛から、更なる愛の高みへ共にまいりましょう、お姉様。さぁ、チョコレートを食べてください。私の愛の告白を受け取ってください」
「そのチョコ、怖い。重い。食べたくない」
首を何度も横に振る、コンデッサ。珍しく、必死だ。
「たくさん食べてください。どんどん食べてください。お姉様に、私のチョコレート無しではやっていけない身体になっていただきますわ~」
「それは、単なるカカオ依存症だ!」
※ チョコレートは、カカオの種子を原料に作られています。摂りすぎないように、気を付けましょう。
どったんばったんしている師弟に生温い視線を向けながら、ツバキがノン気に喋る。
「ああ~。とうとう王子様と白鳥さんが結ばれてしまうニャン。無念にゃ」
「残念でしたわね、黒鳥オディール。アナタの敗因は、チョコを準備していなかったことですわ」
「王子様と白鳥さんは幸せになるニャ~。アタシは2人を祝福しつつ、生クリームを貰って嘗めてるニャン」
「ありがとう~。黒鳥ツバキさん……あれ? オディールだったかしら」
「どっちでも良いニャン」
「ですわね」
「……チリーナ、ツバキ。お前ら、いい加減にしろ!」
チリーナとツバキは、コンデッサに怒られた。
ツバキ「怒られたのニャ」
次回が最終話です!