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黒鳥は生クリームとともに

 コンデッサが不在なため、家の中に居るのは令嬢1人と猫1匹。


「ところで駄猫――いえ、ツバキさん。お姉様に(わたくし)の、この熱い想いを受け取っていただく方法、アナタは何か思い付きません?」

「チリーニャさん。もういい加減に、ご主人様のことは(あきら)めるニャン」


 チリーナはこれまで様々な方法で恋のアプローチをコンデッサへ試み、ことごとく玉砕してきているのだ。


「私、諦めません! 乙女の情熱は、決して()めないのです」

「熱は冷まさニャくても良いから、目を()まして欲しいニャン」

「変なことを言いますわね。私は、こうしてシッカリと起きていますのに……あら? これは、何かしら?」


 チリーナは、テーブルの上に置いてある1冊の本を手に取った。


「にゃ。それは王都の考古学研究所から届いた、古代世界のオーパーツにゃん」


 コンデッサやツバキたちが住む世界は、現在から数億年ほど()った後の地球なのである。


(にゃに)かの本らしいけど、良く分からにゃいので、ご主人様の魔法で分析して欲しいって、依頼がきたのニャ」

「相変わらず、あの研究所の方々はお姉様に頼り切っていますわね。いくらお姉様が有能とは言え…………この古代世界の本、表紙にでっかいハートマークが描かれていて……中身が無性(むしょう)に気になりますわ」


 パラパラとページを(めく)る、チリーナ。


「チリーニャさん。古代の本が読めるにょ?」

「大丈夫です。私が《解読魔法》を会得(えとく)していることはアナタも知っているでしょう?」

「不安にゃ」

「失礼な……あ!」


 あるページを目にして、チリーナは驚きのあまり固まってしまった。


「チリーニャさん、どうかしたニョ?」

「こ、このページ、タイトルが『大切な人の心をゲットできる、恋愛必勝法』となっていますわ!」

胡散(うさん)くさいニャン」

「旧世界の叡智(えいち)を、よもや、こんなタイミングで手に入れることが出来るなんて! 偶然と言うより、奇跡! これはもう『チリーナよ。お前の姉に捧げる純粋な愛を、今こそ成就(じょうじゅ)させよ』と恋の神様が(おっしゃ)っているとしか思えませんわ」

「それは〝(こい)〟じゃ(にゃ)くて〝故意(こい)〟――過失行為をそそのかす、邪神の(ささや)きニャン」

「ええ~と……必勝法の内容は……」

「聞くにゃ」


 チリーナは《解読魔法》を使用し、本の内容を翻訳した。


「『愛のバレ◯タイ◯、×××を(おどら)らせながら、恋しい人へチョコをプレゼントしましょう。そうすれば、貴女(あなた)の望みは叶います』と書かれていますわね」

「にゅ?」

「古い本なので文字がかすれていて、読めない箇所(かしょ)が多くて……」

「『バレ……タイ……』って、ニャニ?」

「むむ。『バレ◯タイ◯』とは、いったい……」


『バレ◯タイ◯』の謎について、チリーナもツバキもあれこれ推測してみたものの、サッパリ分からなかった。

 ちなみにツバキたちの時代に〝バレンタインデー〟なる記念日は存在しない。


 しばらくの間、(うつむ)いて考え込んでいたチリーナは、やがて何事かに気付いたのか、パッと顔を上げた。少女の瞳がキラキラと輝いている。


「分かりましたわ! これは『バレ()タイ()』ですわ!」

「にゅ? バレエ? 〝バレエ〟って……踊り回る、アレにゃ? 〝クルクル、トテ、トカカカカカ、ピョ~ン、ヤジロベエ~、キメポーズ!〟みたいなニョ」

「……言わんとするところは分かりますが、相当に偏見が入っている気がしますわね」


 実は――ツバキたちが生きている世界に、『バレエ』という舞台舞踊(ぶよう)は現代と全く同じ形式で伝わっていたりする。数億年も経過しているにもかかわらず。その理由は一切、不明。


 本作はコメディーなので、設定へのツッコミは厳禁なのだ!


「きっと『愛のバレエタイム、からだ(・・・)を躍らせながら、恋しい人へチョコをプレゼントしましょう』と書いてあるんですわ」

「バレエを踊りにゃがら、チョコレートを渡すニョ? 変にゃ。奇態(きたい)ニャ。妙ちくりんニャ。(にゃに)か、間違っているようニャ……」

「そんな事はありませんわ! ホラ、ここにも『臆病(おくびょう)な自分へ、サヨウナラ。回転すれば、新しい自分。大切なのは、勇気を持つこと。チョコを渡して、告白を。輝ける未来へ、今こそジャンプ!』と書かれてますし」

「…………」


 猫の制止もなんのその。

 乙女の暴走は止まらない。


「私、やりますわ! 恥ずかしいですけれど……とっても、と~っても恥ずかしいのですけれど、バレエをしながら、お姉様にチョコをお渡しします! そしたら、私の愛もお姉様へと届くはず」

「チリーニャさんの好きにすれば良いと思うニャン」


「重要なのは、どの演目(えんもく)を踊るかですわね」

「アタシ、こう見えても〝バレエ〟には、ちょっと詳しいのニャ」

 ツバキが自慢げな顔になる。尻尾がピーンと立った。


「あら、意外ですわ」

「〝3大バレエ〟も、知ってるニャン。タイトルは『薄情(はくじょう)なミズスマシ』『(かわら)割り任侠(にんきょう)』『眠りすぎのオコジョ』!」

「……『白鳥の湖』『くるみ割り人形』『眠れる森の美女』ですわ」


「他に有名なニョは『コッペパン』『デレデレら』『カレーのルー』」

「……『コッペリア』『シンデレラ』『ジゼル』ですわ」

「チリーニャさんも、よく知ってるニャンね」

「……バレエは淑女(しゅくじょ)(たしな)み。魔女高等学校でも、基本的な内容は習いますのよ」


 チリーナはイロイロ迷った挙げ句、勝負の演目を決めた。


「ここはやっぱり、バレエの定番『白鳥の湖』にします。私がお姉様への愛を表明するのに、最も相応(ふさわ)しいストーリーだと思いますので」

「『白鳥の湖』って、どんな話だったかニャ?」


「白鳥のオデット姫と黒鳥(こくちょう)のオディールが、王子を取り合うのですわ。三角関係の話です」

端的(たんてき)な説明ニャン。白鳥と黒鳥が、キャットファイトをするんにゃネ?」

「微妙に解釈が誤っている気もしますが……最後はオデット姫と王子が結ばれて、ハッピーエンドです」

「配役はどうするニョ?」


「白鳥は当然、私ですわ。清純な主役のオデット姫は、私のためにあるような役どころ」

「ふにゅ」

「コンデッサお姉様には、王子役をやっていただきます」

「王子役……ご主人様は女性にゃよ?」

「ツバキさん、よく考えてください。お姫様役と王子様役、お姉様に似合うのはどちらだと思いますか?」

「にゅにゅにゅ……」


 ツバキは悩んでしまった。

 コンデッサは美女ではあるが、背が高く、どちらかと言えばハンサムな顔立ちだ。凜々(りり)しさ満点で、可憐(かれん)さなど微塵(みじん)も無い。


「…………王子様の役にゃん」

「そうでしょう。難しいのは黒鳥オディールの役ですが……どこかに、黒鳥をやってくださる親切な方は居られないでしょうか? 黒鳥オディール………黒鳥………黒……クロ……」


 伯爵令嬢と黒猫の目が合う。


「アタシは猫ニャン!」

「大丈夫です。猫も鳥も、同じ動物ですから」

「人間だって、動物にゃ!」

「お願いいたします、ツバキさん。私とお姉様の、愛の行く末が懸かっているのです。協力してください!」

「アタシにメリットが無いにゃん」

「上手くいったら、チョコレートをいっぱい、差し上げますわ」

「猫のアタシにチョコを与えようとするニャンて、チリーニャさんから殺意を感じるニャ」


※ 猫にとって、チョコレートは危険物! チョコを猫に食べさせるのは、絶対にダメです。


「アナタは使い魔だから、チョコを食べても平気でしょう!」

「まぁ、その通りニャン。でもチョコをちょっぴり()めるのは好きニャけど、たくさん食べたいとは思わないニャン」

「それじゃ、チョコの代わりにクリームをいっぱい、差し上げますわ」

「クリーム……」

「生クリームです!」

「にゃま……」

「トロットロに甘い、生クリーム!」


 伯爵令嬢の甘い誘惑。

 黒猫は負けた。喜んで、負けた。


「分かったニャン。アタシ、前々から、チリーニャさんのご主人様への想いを健気(けなげ)だニャ~と感じていたのニャ。黒鳥の役、引き受けたニャン」

「頼もしいですわ! ツバキさん」

「任せておくニャン」

「ふっふっふ」

「にゅっにゅっにゅ」


 令嬢と猫は、不敵に笑い合った。


「では私、早速、高級チョコレートを調達してまいりますわ~」

「頑張るニャン。チリーニャさん」

ツバキ「頑張るのニャ」


※本文での『白鳥の湖』のストーリー説明は、かなりテキト~です。真に受けないよう、お願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 1話と2話読みました! バレンタインをバレイタイムと勘違いしてしまったものの、 ツバキちゃんとチリーナちゃんが協力し合っているところが良かったです! 後、チリーナちゃんのイラストも良かった…
[一言] 空前の百合バレエの幕が上がる( ˘ω˘ )
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