思わぬ告白からのさらなる告白
目を見開き、固まっていた時間は何秒だっただろう。
我にかえったルチアがはじめに取った行動は、周囲を確認することだった。
「騎士たちならいねえよ。あんたと俺の手合わせを見て学ぶことがあったろうから、解散させた。集まってたのはみんな非番の連中だが、きっと今ごろ鍛錬してるぜ」
オーウェンのことば通り、広い鍛錬場に騎士たちの姿は見えない。どこか遠くでにぎやかな声が移動しているのが聞こえることから、大勢で走り込みをしているのかもしれない。
一気に閑散とした鍛錬場で、ルチアはノアと目があった。
途端に、不安が胸にあふれ出す。
(バレてしまった。どうしよう、どうしよう!)
すがるように伸ばした手が、ぎゅっと握られた。
いつの間にかすぐ目の前に来たノアがルチアの手を取り、微笑んでいる。
すこし硬いけれど見慣れた笑顔に、強張っていた身体からすこし力が抜ける。
それを待っていたようにノアが握った手を引いた。
軽く引っ張られてルチアは自然とノアの横に並び、ふたりそろってオーウェンに向き直る。
「いつからお気づきに?」
ノアの静かな問いかけに、オーウェンがあごをさする。
「いつだったか、南のほうへ遠征に行ったことがあったろう。あのとき、鎧を脱いでいる姿をたまたま見ちまってな」
そこで止めたオーウェンは、ノアににらまれていることに気づいたらしい。にやりと笑って続ける。
「ああ、服は着てたぞ。残念ながらな。だが骨格が明らかに華奢だったからな。それで、勇者は男女のふたごだったかと思い出したんだ。名前もそのときに調べてな」
南、鎧を脱いだ、ということばで、オーウェンの言う遠征に思い当たる。
魔獣退治のため南方へ出向いたことがあった。暑い地域で鎧が蒸れるため、ノアにわがままを言って騎士団員の目を盗んで鎧を脱いでは身体をぬぐっていたのだけれど。それをどこかで見られていたらしい。
「……十年ほど前の話ですね。ルチアさまが女性だと知った後、そのことを誰かに」
「話してねえ」
ノアが皆まで言う前にオーウェンが答える。
「話さねえよ。ルークは……いいや、ルチアは良い勇者だ。どんなきつい遠征でも文句のひとつも言わねえし、魔獣が出れば誰より先に出て戦っていた。本気で自分の役目を果たしてきたのをずっと見てたんだ。俺はルチアを尊敬してる。男とか女とかそんなの関係ねえ」
オーウェンのことばで、ルチアはほっと息を吐いた。
身代わりがバレているのがオーウェンひとりなら、兄やトマス家を脅かすことはないだろう。オーウェンは秘密を盾に金品を強請るようなひとではないはずだ。
「ではなぜ、今になってその話をされたのですか」
ノアの硬い声で、ルチアは一度ゆるみかけた気持ちを引き締める。
そうだ。気づいていて十年も黙っていたのなら、なぜそのことを告げてきたのか。オーウェンにどんな意図があるのか。
返答を待つ短い時間がじりじりと長く感じられて、ノアとつないだままの手に力がこもる。
「そりゃあ……俺があんたに惚れてるからな。求婚するには、はっきりしとかねえとだろ」
ルチアとノアが見つめる先で、オーウェンは照れを浮かべながらそう言って、にかっと笑った。
「きゅう……こん……?」
予想外すぎることばに、ルチアは目を丸くする。
「おう! あんたはいい奴だ。男だと思ってたときも好感しかなかったが、女だとわかってからは一層惹かれてやまない。あんたの背中を守りたい。だめか?」
さばさばとした口調で、そのくせオーウェンの目は真剣な色を宿してルチアを見つめている。
きらめくガーネットの瞳は、本気になったときに深みを増すのだと勇者として戦う中で知っていた。だから、今のオーウェンが本気なのだということもわかった。
「わっ、私は……勇者の称号を失ったあとには、なにも残りません」
「知っている。あんたもそうなるとわかってて、それなのに勇者として最後まで立派につとめあげたんだろう。そんなあんただからこそ、俺は欲しいと思ったんだ」
勇者の称号をなくしたルチアはただの四十歳の女でしかない。そんなルチアで良いと言ってくれたオーウェンのことばが素直にうれしかった。
「俺は領地もない末端貴族の三男坊だからな、継ぐものもねえし、小うるさい親族も近くにいない。その代わり騎士団の長としてそこそこの収入はあるから、あんたに苦労はさせない」
言い切ったオーウェンに見つめられて、ルチアはとっさに声が出ない。
ルチアに婚約者はいない。四十歳まで身代わりの勇者として過ごしたせいで、貴族女性らしい振る舞いはほとんど身につけていない。
それでも、せめて残りの人生を心置きなく過ごせるように、と父親が領地の屋敷にルチアの部屋を作り、王都のタウンハウスにも手を入れてくれている。
兄のルークも「ルチアが過ごしやすいところで暮らしてほしい」と言ってくれているけれど。
ようやくいっしょに暮らせる兄の妻のことを思えば、ルチアは家を出るべきだと思っていた。
貴族としての名を捨てて、領地の端にちいさな家を買って。ノアの育った孤児院でときどき子どもたちに剣の稽古をつける、そんな暮らしを思い描いていた。
それなのに。
「あんた、引退したらどうするんだ。表向きにはふたごの兄貴が勇者として振る舞うんだろ。もしあんたの予定が決まってないのなら、俺の嫁になるっていう選択肢も考えてみてくれないか」
唐突に目の前に提示された新たな道すじに、ルチアは息をのむ。
「私は……」
オーウェンの申し出はひどく魅力的だ。
この歳になって婚約者なし、初婚で継ぐ家も持たない女をもらってくれる者などそうそういないだろう。
そのうえ勇者の身代わりをつとめ男として振舞っていた過去を全て知った上で受け入れてくれる相手など、探しても見つかるものではない。
ルチアにとっても、トマス家にとっても、とんでもなく魅力的な申し出だ。
それなのに、ルチアは即答することができないでいた。
「私……」
ことばに詰まるルチアの手をノアがぎゅっと握ってくれる。
返事をするよう、促しているのだろうか。けれどルチアは声が出なくて、うつむいてしまう。
「返事は急がねえ」
黙り込んでしまったルチアに、オーウェンの明るい声が降ってくる。
「俺もこの年まで好きなように過ごしたせいで、気楽な独り身だ。あんたの心が決まるまで、いつまでだって待ってる」
にかっと笑ったオーウェンは、ずんずんと近づいてきてルチアの肩にぽんと手を乗せた。大きくて力強いのに、優しい手だ。
「二十五年間、お疲れさま。また手合わせしようぜ」
「あ……」
ルチアの返事も待たずに、オーウェンは歩いて行ってしまった。
残されたルチアは、胸にうずまくことばにならない思いを抱いたまま、彼の大きな背中を見送る。
ノアとつないだままの手には痛いくらいに力が込められて、ぎゅうぎゅうと苦しいルチアの胸の痛みに似ていた。