そして勇者の身代わりになる
勇者の剣はルークとルチアにとっては不思議と軽く、軟弱なルークでも抱えることができた。
「うわぁ。この剣なら僕でも鍛錬できるかも!」
「兄さまが使っている木剣と大して変わらないのだから、振り回すのは難しいと思うわよ。見た目の割には軽いけれど……」
うれしそうに目を輝かせたルークだが、ルチアのことばでしょんぼりと肩を落とす。
そんな兄をよそに、剣の鍛錬を何年も続けているルチアは身の丈とそう変わらない大剣が手に馴染む重さであるのが面白くて、ついつい構えて型通りに振ろうとし、バランスを崩した。
「ルチアさま」
転びかけたルチアを難なく受け止めて、肩を抱いて支えてくれたのはノアだ。
「ドレスとハイヒールでは危険です。私が代わりに……!」
言われるままルチアが差し出した剣を受け取ったノアが目を見開き、がくんと身体を沈ませた。
ノアの手が地面と剣に挟まれる寸前で、ルチアは慌てて剣を受け取った。
「ノア、大丈夫?」
「……ルチアさまの手を離れた瞬間、ひどく重たくなって。助かりました」
呆然とつぶやくノアに見つめられるけれど、剣を片手で持ててしまえるルチアには今ひとつその重みがわからない。
さすがは使い手を選ぶ勇者の剣、と納得する。
「人目が無いところは私が運ぶわ。その先はルーク兄さまにがんばってもらうしかないけれど」
ご令嬢が剣を持つのは、護身用の短剣でも無い限りほめられたものではない。
けれどノアが運べない以上、ルチアが待つしかない。ルークは帰路を自力で歩くだけでも息を弾ませて、うっかりすれば熱を出してしまいかねないのだから。
鞘のない剣をルチアが肩にかつぎ、ノアがルークを補助しながら戻った城の広間で、三人は大きなどよめきに迎えられた。
「おお! そなたが新たな勇者であったか! ルーク・トマスよ!」
破顔する王のそばでは、宰相や神殿の関係者が喜びのどよめきをあげている。そのなかにあってただひとり、渋面を浮かべる双子の父親は目に付いた。
きっと、剣を両手で抱えたルークに寄り添うルチアとノアの姿を見て気がついたのだろう。
勇者の剣に選ばれたところで、息子の身体能力が上がったわけではないことに。
左右からこっそりと支えられて、それでも剣を持つルークの腕がぷるぷる震えているのに気がついたのだろう。
けれど、喜びに沸く謁見の間で不用意な発言をするわけにもいかない。
いくら事実とは言え「息子は病弱で、勇者なんて勤まりません!」と叫ぶこともできないなか、周囲はどんどん動いていき、ルークは王の前に跪いて祝福を受けることとなった。
そう、勇者として認定されたのは、双子のうち男児であるルークだけ。
共に剣を抜いたルチアは勇者を支える乙女として名を記され、一同は城をあとにした。
「……何が『勇者に名を連ねるものとして祈りを欠かさぬように』ですか! ルチアさまをどこにでもいる非力なご令嬢だと侮って!」
王都の貴族街の端に構えたタウンハウスに着くなり、声を荒らげたのはノアだ。
ルチアたち一家は母親の身体に少しでも良い場所で過ごすため、ずっと王都を離れた田舎の領地で暮らしてきた。そのため王都には父ひとりが滞在するのに足るほんのちいさなタウンハウスしか所有していない。
不在時に管理をする者はいるが一家の滞在時には休みを与えているし、家事を行う者たちはみな通いだ。
つまり、いま家の中にいるのは事情を知っている者だけ。
とはいえ、従者として双子の父より信頼の厚い彼が、雇い主である父の前で慇懃な態度を崩すなど珍しい。と驚く間も無く、ルークが追随する。
「まったくそのとおりだね。僕を勇者だなんて言っていたけれど、だったらルチアは勇者より強いことになる。間違いなくね!」
「いえ、兄さま。そこはあまり力強く言われることではないのでは……」
言外に自分が弱いと断言する兄にルチアが呆れる横で、父が頭を抱えてよろめく。
「ルークが勇者……ルークが騎士たちと遠征に出かけて……ルークが剣を振って魔獣と戦う……!?」
言いながら、ルチアが手にした勇者の剣を見つめてくちにしたその様を想像しているのだろう。父は「無理だ。無理だ無理だ無理だ……!」と顔を青くさせてうなだれている。
けれどそのことばを否定する者はおらず、むしろ名を挙げられたルーク自身も顔色が悪い。たぶん数時間後には熱を出すな、と思いながらルチアはくちを開いた。
「私が、ルークになるわ。ルークと名乗って剣を振るう。顔は同じなのだし、鎧を着れば男女の違いなんてわからないでしょう」
何でもないように言ったルチアにいちばんに反応したのは父でもなくノアでもなく、ルークだった。
「でも、勇者は僕だ! 僕を名乗って勇者になったところで、ルチアに良いことなんてひとつもない!」
勇者は自分だ、と言い張りながら心配するのは妹の利。そんな兄だからこそ、ルチアはにっこり微笑んで返すことができる。
「いいえ、勇者はふたごなの。お告げでもそう言われていたのでしょう? だから、私が鎧をまとって戦いの場に立つ。ルークは勇者として社交の場に立ってちょうだい。ふたりでひとりの勇者になればいいのよ」
「しかし、それではルチアはどこへいってしまうんだ」
頭を抱えた父がうなる。
「今日からルチアは病弱なご令嬢になるの。田舎の領地に帰ってお母さまといっしょに静養しながら、お兄さまのご無事を祈るわ」
「……それでは、私は勇者として振舞っておられるほうに付きます。ルチアさまが全身鎧を着ていても、勇者として表舞台に立つルークさまに付き従う私がそばにいることで、勇者として印象付けられるでしょう」
ルチアは覚悟を決めた。ノアも腹をくくった。
「すまない、ノア。君はもっと良い雇い主の元で評価されるべきだと思っていたのに、もう我が家以外の働き口を紹介してやることができない……」
秘密を知ってしまったノアを他の貴族の家にやるわけにはいかない。謝る父に、ノアは軽く微笑んだ。
「元より、大恩あるトマス家には可能な限り置いていただくつもりでした。生涯ルチアさまの支えとなれると思えば、私にとっては僥倖です」
「本当に助かるよ」
そう言いながらも、父の顔に浮かぶのは苦い笑みだ。
ルークは当事者でありながら意見を主張できるだけの力、体力も筋力も足りないために、拳を握りしめて黙り込んでいる。
残るは父の決断だけ。
「……ルチアが鎧を脱いでいる間、世話をする者が必要だな。口の硬い侍女を用意せねば」
疲れたようなため息とともに、決断は下された。
ぐったりした父は、憎々しげに勇者の剣を睨んでいる。
「お父さま、そんなに気を揉まなくても時が来れば剣が手を離れて元の場所に戻るのでしょう? そう長いこと入れ替わり生活をするわけではないはずよ」
「そうですね。前任者は五年ほど勤められたとか。短い方では三年ほど、長い方でも十年もすれば勇者を引退されるようです」
ルチアの気休めをノアが後押ししてくれる。
「僕も出来る限り体力をつけて、一日も早くルチアを自由にできるようがんばるよ」
ルークもいつになくやる気を出して、ノアに「あまり張り切ると体調を崩してしまいますのでほどほどで」と止められている。
住み慣れないタウンハウスのなかに領地の屋敷のような空気が戻ってきて、ようやく父親は表情をゆるめ「そうだな……」と弱々しく微笑んだのだった。