03無能豚王子はハズレ聖女を保護する
窓の外は雨嵐が激しく、暗い夜空には雷が鳴っている。王宮の裏側にある第三王子が住む屋敷。その一室では、ぽっちゃりした第三王子と侍女が、深刻な顔で話し合っていた。
「あと少し遅かったらお命が危なかったそうですわ。医者の見立てでは、このまま療養すればもう心配ないそうです、レン王子」
「こんなに痩せてしまって・・・、一体どんな扱いをされていたんだ」
怒りを露わにする第三王子。
「どうやら、第一王子ハルト様の命令で、世話をする侍女たちは遠ざけられていたらしいのです」
「なぜハルト兄上が聖女ユノにかまうのだ!、兄上の婚約者は治癒の聖女様ではないか」
「それは・・・」
侍女のアメリは言葉に詰まった。
・・・その治癒の聖女様が問題なのだ。可憐で可愛らしい容姿の治癒の聖女アイカ様。彼女は第一王子を骨抜きにし、我儘し放題。気に入らないと当たられ怪我をさせられ、辞めさせられた侍女仲間も何人もいる。
「私は一度も取り次いでもらえなかったのに・・・」
むぅと不満そうな表情になる第三王子。
ご自身が虐げられている身の上のレン王子は、能力が発現しなかった聖女ユノ様が、王宮で酷い扱いを受けるのでは?と危惧し、枢機卿に何度も面会を申し込んだ。だが、「王宮の離れで大切に保護しておりますから、どうぞご安心を」と、門前払いされていたのだ。
醜く太った容姿と成長の遅い体のせいで王妃様に育児放棄され、王様には一度も関心をもたれることなく、とても寂しくお育ちになったレン王子。魔力無しと鑑定され「無能豚王子」と蔑まれてきた。きっと聖女ユノ様のことを他人事には思えなかったのだろう・・・。
「はやく聖女ユノ様がお目覚めになるといいですね、レン王子」
「ああ、そうだな」
第三王子と侍女のアメリは、心配げな表情で寝台のほうに視線を移した。ベットの上には、昏々と眠りもう二週間も目を覚まさないままの聖女ユノの姿があった。
聖女召喚の日、部屋に戻ってきたレン王子は、興奮気味に召喚のことを、侍女の私に話して聴かせてくれた。「ふくよかで素敵な聖女様と出会ったのだ」と、とても嬉しそうに。レン王子のあんな笑顔を見たのは、久しぶりで胸が熱くなった。
でも同時に、レン王子の初恋はきっと叶うことはないだろう・・・と胸が切なくなった。4人の王子に召喚された聖女は3人。序列最下位のレン王子が、聖女を娶れる可能性は限りなくゼロに近かった。
「失礼します、お食事をお持ちしました」
ドアがノックされ、年若い侍女が部屋に入ってくる。
ゴロゴロピシャーンと雷が鳴り、稲光が窓の外でひときわ強く光った。
「ご苦労様。ベットのサイドテーブルに置いたら、速く退室しなさい」
侍女のアメリの指示に、年若い侍女が粥の入った椀をテーブルに置こうとした、ちょうどそのときだった。ベットから聖女ユノの上半身がガバッと勢いよく起き上がり、白目を剥いた。侍女の手から椀をひったくると、粥を一瞬で飲み干し、満足したのか、またバタリとベットに倒れこんだ。
その光景を見て「ひぃっ!」と涙目になり恐怖に震える若い侍女。
「これで・・・本当にまだ意識は戻ってないのか?」
「はい、戻ってませんわ、白目を剥いてますでしょ。生存本能でしょうか?食べ物にだけ反応するのですわ」。
「そうか、食べ物に反応するのか」
そう呟くと、なぜだか嬉しそうな顔になる第三王子。
「まぁ出会い方がアレでしたし、もう私は慣れましたけどね」
驚いた様子もなく淡々と答える侍女のアメリ。
◇◇◇
寝室のフカフカなベットで眠っている聖女ユノの姿。ベットの上に横になり、目を閉じたまま、口をもぐもぐさせている。誰かの指先がクッキーを口元に運んでくれる。それを、パクッと食べ、もぐもぐ咀嚼する。
ああ~、ここは天国かしら?。鳥の雛のように口を開ければ、甘いものが口の中に次々に放り込まれる。お布団もフカフカで気持ちいいし、目を覚ましたくないわ
ああ~口の中が甘くて幸せ。でも喉が渇いたわ、飲み物も欲しいわね
「わかりました飲み物ですね。あの、でも・・・起き上がって頂かないと、横になったままでは服を汚してしまうかもしれません」
戸惑ったような少年の声がきこえる。
ハイハイ、わかったわよ、起きればいいのね。
んんっ?あれ?、この声は誰?。
ぼんやりと目を開けるユノ。すると、そこには金髪碧眼の丸々太った天使がいた。
ああ、ここは天国で、やっぱりわたしは死んだのね
「ご気分はいかがですか?お目覚めになってよかったです。聖女ユノ様はずっと眠ったままだったのですよ」。
水が入った吸い口を手に持った、ぽっちゃりした第三王子が、心配げな表情でこちらを覗き込んでいる。だんだん視界がはっきりしてきて、ハッとして、ガバッと勢いよくベットから飛び起きるユノ。
「え!?第三王子・・・?」
「はい。第三王子のレン・ライゼバルトと申します」
あれ?本当に口の中が甘い。素敵な夢だと思っていたけど、現実だったんだわ。やだ、恥ずかしい。わたし思ったこと全部口にだしてたのね・・・
「お目覚めになられて本当によかったですわ聖女ユノ様。私は第三王子、レン王子付き筆頭侍女のアメリと申します、どうぞアメリとお呼び下さい」
アメリと名乗った侍女は、温かい笑顔で微笑んだ。
若草色の瞳に赤茶色の髪を後ろで一つに結いあげ、クラッシックなロングのメイド服に白いエプロンをつけている。王子付き筆頭侍女になるくらいだから、きっと貴族なのだろう。身のこなしがとても洗練され、優雅なのに素早い。歳は私よりも上に見えた。
「あなたたちがわたしを助けてくれたのね。ありがとう、体も軽いし元気がみなぎっているわ」
ガリガリだった体はまだ細いが健康的に回復している。きっとここの侍女たちの世話がよかったのだろう。
「知っているかもしれないけど、聖女の力はないの。私のことはユノと呼んで」
「はい、ユノ。では、私のこともレンと呼んでください」
そう言って、人懐こい笑顔を浮かべ、名前を呼んで欲しそうにこちらをじっと見てる第三王子。
「レ、レン王子」
一国の王子を呼び捨てするわけにはいかないので、王子呼びに、することにした。なんだか昔、飼っていた犬を思い出した、遊んで欲しいときに、よくこんな瞳でこっちを見てた人懐こい愛犬のことを。
「この間は、酷い姿をしていたし怖い思いをさせた・・・わよね?、ごめんなさいね」
「いえ、もう慣れましたから大丈夫ですわユノ様。さぁ、着替えをお手伝い致しますわ」
謝ると、そう侍女のアメリに笑顔で返された。
え?慣れたって何に・・・?。わたし、一度しか怖い思いさせてないよね?
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☆週に1~2話ほど更新していきます(週に1話更新の週もあり)。不定期更新なので、更新したら活動報告で報告させて頂きますね。完結までお付き合いいただけると幸いです(=^・ω・^=)。