25自己評価が低い聖女様③
「これは…」
わたしは診察結果を見て、思わず声をあげた。
「悪いところでも見つかったんですか?」
すると、ワクワクした表情でわたしを見つめ、騎士団長が嬉々として聞いてきた。
「凄いわ! 健康で一つも悪いところがない。よかったですね、診察は終わりです」
「あの…マッサージは?」
「悪いところがないんですから、しませんよ」
わたしがそう答えると、騎士団長はなぜかこの世の終わりのようなショックを受けた顔になってしまった。肩を落として背を向けると、フラフラと歩きだす。
健康って言われてガッカリするなんて変な人ね、もしかして聖女の治癒に憧れでもあったのかしら?
そういえば王都にいた頃は、治癒の聖女アイカと浄化の聖女マユリの力は、王宮全体を光りの輝きで包むほど神々しいと見物客が出るほど人気になっていた。
「ソーマ騎士団長! がっかりさせないように言っておくけど、大した治療はできないのよー! 王都の聖女様みたく神々しい光も出ないからね」
わたしは歩き去っていくソーマ騎士団長の背中に向けて、声をかけた。
「地道に一人ずつしか治療できないし…触ってマッサージしないと治せないから傷痛いし…。わたしの能力って結構使い勝手が悪いのよね…」
わたしは溜息をつくと、疲れた目を閉じた。そして、ん~!と伸びをして疲れた肩を自分でマッサージし始めた。
バルザーと老兵団のお爺ちゃんたちが、首を横に高速でブンブンと振って、わたしの呟きを否定しているのに気づきもせずに。
◇◇◇
とぼとぼと歩く騎士団長が第三王子の前を通りかかったとき、第三王子がプッと吹き出した。
「なんだよ文句あんのかよ! 健康すぎて悪いところがなくてマッサージしてもらえなかったんだよ!」
騎士団長はジロリと第三王子を睨むと、悔しそうに叫んだ。
「ぶっ…くっ…あは、あはははは!」
そんな騎士団長を見て、大笑いする第三王子。
「いつまで笑ってんだ、クソちび王子ムカつく~!」
第三王子をジト目で睨みつけ吠える騎士団長。だが第三王子は体をくの字に曲げ爆笑し続けていた。
その態度に腹を立て、両手を握りこぶしにして、第三王子の頭をグリグリし始める騎士団長。
◇◇◇
「見てよバルザー! なんだかレン王子とソーマ騎士団長、ずいぶん仲良くなったみたい」
わたしは団員たちを診察していた手を止め、思わず前方を指差した。少し離れた場所にいるので会話までは聞こえないが、レン王子とソーマ騎士団長が二人でわちゃわちゃしている姿が見えた。
「おや、いつの間に」
バルザーも二人を見て微笑ましいと思ったのか、皺の多い顔を更にくしゃとさせて微笑んだ。
歯に衣着せぬ物言いは、少し不敬かなと思わないでもないけど。レン王子に騎士団長のような存在が出来たのはよかったのかもしれない
追放されるようにやって来た北の領地なのに、王宮にいた頃よりもレン王子がずっといい表情をしている。弾けるように大笑いしているレン王子の笑顔を見ていたら、わたしまで嬉しくなった。
◇◇◇
第三王子の頭を、両手の握りこぶしでグリグリしていた騎士団長の手がふいに止まる。
「なぁ、なんでユノ様はあんなに自己評価が低いんだ? 今は作物を植えたばかりだが、実りの秋になれば領地の激変は誰の目にも明らかになるぞ」
もはや原型がわからないほど変わった領地を、顎で指す騎士団長。
「ユノは出会った頃からああなのだ。だぶん後発的に聖女の力に目覚めたせいかもしれない」
騎士団の練習場の前で団員たちを診察している聖女ユノ。その姿を愛おしそうに見つめながら、答える第三王子。
「豪胆さの中に奥ゆかしさがあって、俺はユノ様のそういうとこも好きだけどな」
ほんのりと頬を染め独り言のように呟く騎士団長。
「好き…」
好きという言葉に反応して、ジロリと騎士団長を睨む第三王子。
「なんだよ怖ぇな!? 人を殺しそうな目で俺を睨むなよ!」
第三王子の射殺すような鋭い青い瞳に睨まれ、思わずビビってしまう騎士団長。
「俺よりもアスランを気にしろよ! なんでユノ様とアスランが親しいんだ!? あれ放っておいていいのか?」
聖女ユノがアスランと二人で話す姿を指さして、騒ぐ騎士団長。
第三王子は騎士団長が指し示すほうを見た。すると聖女ユノがアスランと至近距離で話している姿が見えた。だが離れているので会話までは聞こえない。
「北の砦は伏兵ばかりいて、焦るな…」
第三王子はそう呟きながら一つ大きなため息を吐いた。そして、その顔に嫉妬を浮かべ、ギリッと音がしそうなぐらい唇を噛んだ。
騎士団長はそんな第三王子の表情を盗み見ながら、怒りの矛先が自分から逸れたことにホッとした顔になった。
◇◇◇
診察しているわたしの横を、訓練を終えたアスランが通りかかったので、すかさず声をかけた。そしてアスランにジャーキーの袋を一つ手渡した。
「いいところに来たわアスラン、これ!」
「肉!? ジャーキーか?」
兵士のアスランはジャーキーの袋を凝視しながら、そう呟いた。
「配ろうと思ってたんだけど診察が終わらないの。他の団員に配ってくれないかな、お願いね」
わたしはアスランの返事を聞く前に、空間収納から大量のジャーキーの小袋をアスランの手に出した。
「わかった」
すると、アスランは意外にもあっさりと引き受けてくれた。大量のジャーキーを抱えて騎士団の宿舎のほうへ歩いて行くアスラン。その後ろ姿を見て、わたしはガッツポーズをした。
今日も無視されるかと思ったんだけど、やっぱりお肉が好きなんだわ!。アスランがなんでやさぐれてるのかはわからない、でも団員たちと打ち解けたほうがいいと思うんだよね
お節介かもしれないけど…、元デブスのいじめられっ子としては、ぼっちは放っておけないよ!
宿舎に着くずっと手前で、アスランは数人の騎士団員に話しかけられていた。わたしはそれを遠目で確認し、治療へと戻った。
◇◇◇
「ユノ様と何話してたんだ? アスラン」
「ジャーキー貰った」
言葉少なに説明する兵士のアスラン。すると騎士団員たちはジャーキーの小袋を次々取ると、その場で頬張り始めた。
「お、いいもん持ってんな!俺にもくれ」
「アスラン お前役に立つな!」
いつの間にか、わらわらと蟻のように現れた騎士団員がアスランを取り囲み、ジャーキーに群がった。
「アスランはバーベキューのときもユノ様から肉貰ってたよな、王都にいるときから知り合いなのか?」
「いや…」
肉好きの騎士団員たちに興味津々の瞳で見つめられ、戸惑うように答えるアスラン。
「俺、ユノ様が何も無いところから肉だしてくれるの、あれ好きだな」
「だよな! ユノ様は肉の聖女! いや俺たちの肉の女神様だ!」
肉談義で盛り上がる騎士団員たちに、頭をグリグリされ親しげに肩を抱かれ、戸惑うアスラン。
「そうだな初めて見たときは太っ…、肉肉しいと思った」
アスランは何かを思い出すような顔になり、少しだけ苦笑してそう答えた。
「そうか! やっぱり王都でも肉くれたんだユノ様!」
騎士団員たちとのそんなやり取りに、アスランがわずかに微笑した。
◇◇◇
「はぁ~…、俺もそろそろ宿舎に戻っかな」
ふいに、騎士団長がそう呟いた。聖女ユノに向けられていた第三王子の視線が騎士団長のほうに向く。
「王子、今のうちに忠告しといてやる」
急に真面目な顔になり、第三王子に耳打ちする騎士団長。
「早く強くなれ! 王子、お前は誰よりも強くならなきゃならない」
「わかっている、私もそのつもりだ」
いつになく真面目な表情の騎士団長に、強い眼差しと言葉で答える第三王子。
「王都のクソ貴族や他の王子たちが、ユノ様を放っておくとは思えない…。王位ランク戦で負けたら、何もかも取り上げられるぞ」
騎士団長の言葉を聞いて、第三王子は凍り付くような表情になった。
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