02ハズレ聖女と無能豚王子は出会う
・・・実はわたしには、スキルは一応あった。
美少女聖女たちがコソコソと「ステータス」と小声で唱えているのを見て、真似して唱えてみたらスキルボードが現れ、スキル欄には「心眼」という聞いたことのないスキルがあったのだ。
だが文字がグレー表示されていた。ゲームとかだとレベルが上がれば白文字になり、スキルが解放されるやつだ。
「心眼ってどんなスキルだろ?」
グレー表示されているものは、この世界ではスキル無しと判定されるのか?。それとも聖女検証用のサークレットがはまらなかったから『スキル無し』と判定されたのかはわからない。でも、あの王たちに、スキルのことを説明する気にはなれなかった・・・。
ぐぎゅるる~るるっ~、思考を遮るように腹の虫が鳴いた。
「ヤバイ・・・お腹が空きすぎて意識が朦朧としてきた・・・」
召喚された日から、すでに数か月が経っていた。
最初の頃はまだよかった。王宮の隅に住むように言われ、まあ体のいい軟禁ではあるが、雨露は凌げた。
「布が付いた帽子をかぶり、ほっかぶりのように顎のとことでリボンを結び、籠を持てば、ハイ、おばさん侍女の出来上がり」
わたしはその恰好でちょくちょく下町に降り、少ないながらも自分で食料を調達して、なんとか生き永らえていた。そして王宮の侍女の洗濯を手伝って、侍女の井戸端会議で、この国の情報を得ていた。
なぜ情報?かって、もちろんこの世界で生き残るためだ。
だが、しぶとく逞しく生き残っているデブが、目障りだったのだろう・・・。その王宮の裏通用口も、出入り禁止にされた。
「デブな聖女はしばらく食べなくても死なないんだろ?、俺が聖女検証してやる」
第二王子がやってきて、王宮の裏にある納屋に連れ出され、柱に荒縄で足を繋がれた。それが一週間前のことだ。
そして今は、何とか縄を引きちぎって逃げだし、王宮の裏庭に行き倒れたところだ。長い黒髪は乱れ、新品だったスーツは薄汚れ、足には引きちぎった縄が食い込み血が滲んでいた。
ふいに茂みの向こうから甘い匂いがしてきた。もう何日も食べてない、雨水しか飲んでいなかった身体にはその匂いは強烈で、夢中で地面を這い、垣根を抜けた。
垣根の反対側は庭園になっていて白い丸テーブルと椅子があり、テーブルの上には菓子がみえた。
「いらないと言ってるだろ!アメリ」
「ですが・・・少しは何か召し上がらないと、お体に悪いです」。
侍女らしきメイド服の女性と幼い少年の王子が言い争っている。その顔には見覚えがあった、召喚された日に王宮で見かけた、ぽっちゃりした第三王子だった。
二人はすぐ後ろに、這いつくばった体勢でクネクネと匍匐前進している女が近づいてきていることに、まだ気づいていないようだった。
「しつこいぞ!」
バン!とテーブルを叩いた拍子に、王子の手が皿に触れ、クッキーが入った皿が芝生の上に落ちた。地面に散乱したクッキーが、顔のすぐ前にいくつか転がってきた。わたしは地面に落ちたクッキーを口で拾い貪り食った。
「ああ、あ・・、食べ物を・・・粗末にする・・・な」
久しぶりに発した声は、しわ枯れてかすれ、まるで老婆のうめき声のようだった。
「食べ物粗末にしちゃいけないよ。いらないなら頂戴よ」と、フレンドリーに言いたかったのだが、声がうまくでなかった。
「ひいっ!」
黒髪を振り乱し、服は薄汚れ、腕は骸骨のように細い、そんな女がクネクネと地を這って迫ってくる姿をみて、ぽっちゃりした第三王子と侍女が悲鳴を上げる。
もっと食べたくて、王子の足元にあるクッキーを掴もうと、私は最後の力を振り絞って、手を伸ばした。だが目が霞んでよく見えないせいか、王子の足首を掴んでしまった。
「ひぃ!うわあああぁー!」
恐怖で涙目になって悲鳴をあげる、ぽっちゃりした第三王子。
足が痛くて動かないので、腕の力だけで前に進もうとすると、どうしても身体を捻るクネクネした動き方になってしまう。『井戸から出てきた貞子』を想像してもらうとわかるだろうか。
決して驚かすつもりはなかった。そう伝えたかったが、私の意識はそこで途切れてしまった・・・。
ドサリと地面に倒れた拍子に、長い黒髪がはらりと舞う。露わになった女の顔をみて、ハッとした表情になるぽっちゃりした第三王子。
「まさか、・・・聖女・・・様?」
「アメリ!医者を呼べ!急げ」
地面に膝をつき、女の体を抱きかかえるようにして、侍女に指示を叫ぶ第三王子。