16自重を捨てて豊かな領地を作ろう!
北の領地には「魔の森」と呼ばれる広大な森があった。しかし険しい山に狂暴な魔物がいて、北の砦の民は近づくことが出来なかった。
だが老兵団にはとっては格好の狩場。ますます筋骨隆々になったお爺ちゃん騎士たちが、ハッスルマッスルして魔物を屠っていく。
レン王子は砦でお留守番させようとしたら、「魔法の訓練の成果を試したい」と言われた。なので護衛を手厚くして、王子も老兵団にまざって狩りをしている。
「ユノ、獲ったぞ!」
倒した魔物を持って、とったど~! とドヤ顔をしているレン王子。
今日もなんて、愛らしいのかしらハァハァ
「レン王子、前回の魔法訓練の応用をしてみましょう!」
わたしはアニメやゲームの知識と心眼回答で、王子の魔法の先生役を買って出た。
魔法大好きっ子で、蔵書を暗記しているレン王子の成長速度は目覚ましかった。まるで取りつかれたように、隙間時間にも魔法の訓練をしている。
「風魔法の魔法陣をシングルで、その上に足場を一枚錬成、さらにその上に風魔法の魔法陣をシングル。これをワンセットで発動してください」
「うむ、やってみる」
魔法の発動が早くなれば、この足場を踏み台にしてジャンプしたり、敵の攻撃をかわすのに使えるはずだ。足元に発動させ、敵に踏ませてもいい
「すごい!? 空中を数歩だが歩けたぞ! ユノ」
難なく足場を階段上に複数作ってみせ、その上で飛び跳ねる、片手に剣を持ったレン王子。
「すごいのは、レン王子ですよ」
満面の笑みで喜ぶレン王子をみて、わたしもつられて微笑んだ。老兵団のお爺ちゃんたちも、孫の成長を喜ぶように歓喜して大声で褒め叫んでいる。
狩りをするレン王子たちを尻目に、わたしは腐葉土を大量に空間収納にしまっていく。「魔の森」は手付かずの自然の恵みに溢れていた。薬草や山の果実などを、木と土ごと次々と収納していく。
山菜などはすぐ食べる用だが、果樹や薬草は領地に植えるためだ。種から育てる時間がないせいもあるが、豊穣スキルがないのでその苦肉の策だ。
どうせ木を植えるなら、実がなり食べられるほうがいいからね
そういえば、空間収納のスキルが増えてたよ!
気がついたのは、旅の途中の野営地を出発するときだ。老兵団が狩りすぎた魔物が荷馬車に積みきれず、「空間収納があったらよかったのに…」と悔しがってわたしが叫んだ。すると『心眼』が「空間収納」を使用しますか?』と答えたのだ。
「聞いてないことに答えたりするのに、そんな大事なことなんで黙ってたんだよ~!」
わたしがそう文句を言ったら、王子の治療で魔力切れしたときに、「空間」と「闇」が増えたのだと、『心眼』が教えてくれた。
「闇」…より、「治癒」か「豊穣」がよかったけど、でも空間収納は便利だね!
◇◇◇
「肥沃な穀倉地帯に、海まであるですって!?」
「ああ。ハルト兄上は、聖女を連れて、南の領地に視察旅行に出かけたそうだ」
北の砦に戻ると、王都からの手紙が届いていた。その内容をレン王子から聞いたわたしは、堪らず叫んだ。
王都にいるアメリの兄が、情報を逸早く知らせてくれるのだ。アメリだけじゃなく、アメリ兄も有能だね
「王位ランク戦の領地が、南の領地が第一王子、東の砦が第二王子、西の砦が第四王子に確定した」
「想定通りでしたね…」
顔を見合わせ苦笑する、レン王子と侍女のアメリ。
「何それ、ずるい!」
昼食を取っていたわたしの手が、思わず止まった。海でキャッキャウフフする第一王子と聖女アイカの姿が浮かんで、一瞬イラッとした。
「材料も揃ったし、すぐ整地を始めましょうレン王子!」
「ああ、そうしよう」
元々、自重する気はなかったが、わたしはさらに自重を放り投げることにした
◇◇◇
「マギサーチ!」
北の砦の前に仁王立ちになり、眼下に広がる領地を見下ろすと、わたしは呪文を唱えた。
『心眼』で領地全体を一気にサーチする。領地視察のときにざっくりと視たが、今回は見つけたいものがあるからね。
探すのは地層の中の地下水の流れ。いろいろヒットするが、水脈以外の細かいサーチは後回しだ。
しばらくすると水脈がヒットした。かなり深くて硬い地盤だが掘れないほどではない。
「ユノ、民の避難が完了したぞ!」
「はい! うん、まずは平地が欲しいよね」
一鍬一鍬、開墾してたら王位ランク戦が終わっちゃうから、高速でいくよ!
わたしは全身に魔力を一気にフル充填し、両手を前に出した。身体から立ち上る金色の光のはらんだ粒子の波が、長い黒髪と服の裾をブワッと巻き上げた。
まずは雷魔法と風魔法を練り上げ、巨大な刃の形を作った。そして刃を高速回転させ、地面表面を薙ぎ払うように動かす。すると、起伏があり岩や石だらけの荒野がゴリゴリ削られ、みるみるうちに平らになっていく。
同時に、余分な砕いた岩や石は空間収納にしまっておく、後で使い道があるからね。ゴゴゴゴッと工事現場並みの騒音がしてるけど、ちょっと我慢してね
安全のために砦に避難してもらったのだが、地形整地の大騒音に、何が始まるのかと見に来た野次馬な民が、いつの間にか背後に大勢いた。
北の砦は山の上にあり、背後の魔の森が隣国との境になっている。なので砦を中心にして、扇状に整地していくことにした。もちろん、北側が高くなるように、なだらかな平地にだ。
「よし! 次は用水路を掘るよ」
マギサーチでマッピングした画面をガイドにして、平地の中央に、北から南に向けて、一気に溝を掘っていった。そして溝の左右には、耕作地を区画して作っていく。
耕作地は1区画は広くしすぎずに、碁盤の目のように縦横に道を作っていく。これはレン王子のアイディアだ。
一気に耕そうと言ったら止められた。日本のように2トントラックとかあるわけじゃないからね、できた作物の運搬の問題があるそうだ
水魔法と雷魔法のダブルで刃を作り出し、高速回転させ、耕作地を耕していく。イメージは祖母の農家の、耕運機の鋭い刃先だ。さらに耕すついでに、魔の森から空間収納で持ってきた腐葉土を混ぜて、土をシャッフルした。
これでふかふかの土の出来上がりだ。耕す深さは、ゴボウがすくすく根を張れるぐらい。土が浅くその下が砂利だと作物がストレスを感じるからね、畑は意外に深さがいるのだ
「レン王子、準備ができたので、用水路の錬金をお願いします」
「わかった、打ち合わせ通り、砦側から繋いでいくぞ」
掘った溝に降りて、壁面に片手をかざすレン王子。用水路が一定区画ごとに、次々と錬金されていく。
用水路は水門付きのものをお願いした。両端に溝を作った板、その間の溝に板を入れれば止水できる。シンプル構造の手動式水門扉だ。
「ずいぶん発動が早くなりましたね! 錬金もすごく精密だし」
「先生がいいからな」
わたしが褒めると、レン王子が嬉しそうに微笑んで、褒め返してきた。先生と呼ばれて、照れで頬が熱くなった。
魔法の訓練の初日。「両手の平をパン!と合わせて、地面に両手を付いて「錬成!」って言ってください」とお願いしたら、レン王子がやってくれて、すごい萌えた。
だがしばらくすると、「そのような手順を踏まなくても、錬金できるのだが…」とやんわりと断られてしまった…。今では片手スタイルにすっかり落ち着いている。
「さて、そろそろ水脈を繋ぎますか」
砦の中には、レン王子にあらかじめ貯水槽作っておいてもらった。今繋いでもらっているのは、その貯水槽と領地に作った用水路だ。そしてわたしがこれからやるのが、水脈から貯水槽への水の引き込みだ。
「水脈までの岩盤を、雷魔法で打ち砕くしかないかな、そこに配管をぶっ刺せばいけるはず」
『心眼回答:水害が起こるので、雑な掘削はやめてください!』
右手を水脈のある場所のほうへかざして、わたしがそう呟くと、『心眼』が速攻でダメ出ししてきた。
『心眼回答:マッピングした場所に、空間収納の中身を直接配置する方法をお勧めします』
わたしがムッとしていると、マギサーチでマッピングした場所に、空間収納の中身を出せると、『心眼』が代替え案を教えてくれた。
取水栓の配管は、訓練のときにレン王子にコツコツ錬金しておいてもらい、それを空間収納に入れてある。
わたしはマッピングした画面を出し、水脈の場所を指でタップした。
「直接配置ってことは、質量を置き換えるのよね?」
『心眼回答:はい。配置する配管と同等の岩盤を、同時に空間収納に収めてください』
『心眼』がサラリとまた無理難題を言ってきたが、レン王子の魔力血栓の治療に比べれば怖さはない
わたしは範囲と深さを指定し、緻密に魔力を練る。その瞬間、ごそっと魔力が持っていかれふらついた。だが両足を開き地面に踏ん張り、気合を入れる。
「空間収納の中の配管を、置き換え実行!」
わたしがそう叫ぶと、水脈から砦の貯水槽へと、金色の眩い光が駆け抜け辺りを照らした。どうやら成功したみたいだ。
「通水は、レン王子がどうぞ!」
「いや、それはユノがすべきだろ!」
作業が一段落し、砦の中に戻った。そして貯水槽の前で、互いに譲り合うわたしとレン王子。
「お二人の初めての共同作業でいいのでは?」
わたしたちを見ていたアメリが、楽しそうに笑いながらツッコミを入れてくれた。
「じゃあ、二人で一緒に」
「ああ、」
互いに照れながら、二人で分水栓に手をかけて、開き通水する。
すると砦の貯水槽から、領地の中央を走る用水路へと勢いよく水が流れでた。日の光に当たり、キラキラと水面が波打ち揺れる。
「まだ何もかもが足りないけど、レン王子の領地は、もう不毛の大地なんかじゃないですよ」
わたしが微笑むと、レン王子は一瞬切ない表情になった。
「ユノのおかげだ。ユノに恥じないよう、私も最大限の努力をすることを誓う」
だがすぐに、レン王子はとびきりの笑顔で微笑み返してくれた。そしてわたしの片手を掴んで引き寄せると、頬にキスを落とした。
柔らかい唇が触れ、チュというリップ音が耳に響いた。わたしは不意打ちのキスに、真っ赤になってアワアワする。そんなわたしを、レン王子が満足そうな顔で笑って見ている。
そしてさらに、反対側の頬にもキスを落とした。
「ちょっとアメリ、レン王子がキス魔になってるんだけど~!」
助けを求めるように叫んだが、アメリは素知らぬふりをしている。そして変貌を遂げた領地を見回して、感動したように呆れたように呟いた。
「ユノ様はレン王子以外のことになると、ほんとうに豪快ですよね…」
避難が解除された民が、砦から領地へと駆け出して行く。大地が変わる光景を目の当たりにした民が、「聖女様…」と呟いた。
「心眼の…女神様…」
一人の老人がわなわなと震えながら、そう呟いた。
すると「そうだ、女神様!」という声が、民の間に電波のように広がっていく。
だがリップ音を反芻しているわたしの耳には、北の砦の民の騒ぎは聞こえていなかった。
わたしは頬から引かない赤みを誤魔化すように、次なる欲望を口に出した。
「海なんかちっとも羨ましくないんだからね! でも塩は欲しいかな…」
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