15北の砦と自重を捨てた聖女
「砦に赴任するのが太った聖女と無能豚王子かよ…ああ俺、やる気なくなった…」
「王都で人気の治癒や浄化の聖女様に会いたいよなぁ…」
北の砦の騎士団の食堂。とっくに昼は過ぎているのに、カードゲームをしてだらけている団員たち。元々高くない士気は、史上最低に低下していた。
「大変です騎士団長! 王子の一団が到着しました!」
そこに慌てた様子で、一人の若い騎士が駆け込んでくる。
「はぁ!? 王都からどれだけ離れていると思ってんだ、こんな早く着くわけねぇだろ」
報告にきた部下の頭をはたく騎士団長。昼間から飲んだくれ酒臭い息を、ふぅと部下に吹きかけた。
「騎士団長を呼んでいるので、とにかく来てくださいよ~」
「どうせ来たのは先遣隊で、俺らに途中まで迎えにこいとか言うんだろ…」
面倒くさそうに長椅子に寝転んだまま、尻をかきながらぼやく騎士団長。
◇◇◇
「砦に着けば安全…というわけではなさそうね」
「どうやら…歓迎はされていないようだな」
砦に到着したが、騎士団は出迎えにもこなかった。わたしとレン王子は顔を見合わせ苦笑した。
ライゼバルト王国は隣国と面している東西北に砦がある。レン王子が開拓を命じられた領地は、最も魔物が多く危険で貧しい北の砦だった。
わたしは砦に着いてすぐに、レン王子に常に護衛をつけるように、グレイル・バルザーに頼んだ。グレイル・バルザー率いる老兵隊は、旅の途中でレン王子に忠誠を誓ってくれたので、今では立派な臣下だ。
しかも王都から一緒に来た民たちまで、全員がレン王子に忠誠を誓ってくれた、ありがたいね
最初に忠誠を誓ってくれた彼らを、各指揮系統のトップに据えた。だがレン王子の下に、有能な人材がまだまだ必要だ。
1人が10人を使い、その10人がまた100人を使う、そういう指揮系統を育てていかなければ、大きな事業は成せないからね
待たされること随分たってから、ようやく上官らしき男がやってきた。何かを探しているのかキョロキョロしている。そして、ギラギラした瞳の屈強な老兵の一団を見ると、ポカーンとして動かなくなってしまった。
「あなたがこの北の砦の騎士団長か?」
老兵の人垣が割れ、レン王子が前に進みでて声をかけた。
「王子…様? いや第四王子は西の砦のはず…」
レン王子を上から下まで見て、美しい少年王子の登場に、混乱した様子で呟く上官らしき男。
そうでしょう、見とれちゃうでしょう! レン王子の可愛さに!
うんうんと頷いて、わたしはドヤ顔になった。侍女のアメリもすぐ後ろで、同じようにドヤ顔で頷いている。
砦に着く頃には、レン王子は驚くぐらいの美ショタ少年王子へと変貌をとげていた。魔力血栓はまだあるが、治療の成果が出て、かなり魔力の流れは改善した。身長も少し伸び、弟のクソ毒王子よりも、もう背は高いはずだ。
「第三王子のレン・ライゼバルトだ、こちらは聖女ユノ。今日からこの砦で世話になる、よろしく頼む」
「はっ! 私はこの北の砦の騎士団長のステファン・ソーマと申します」
レン王子が挨拶すると、男は慌てて頭を下げた。騎士団長と名乗った男は、だらしなく着崩した騎士服に、伸びた髪と不精髭を生やした中年男性だった。
騎士団長の視線がレン王子の頭の高さから、隣に立つ私へと上がっていく。するとフリーズしたように、またポカーンとして動かなくなってしまった。
このやる気のない人が騎士団長で大丈夫なのかしら? わたしは北の砦の騎士団が急に心配になった…
◇◇◇
領地に来た王子が生活する場所は領館なのだが、準備が出来てないと言われ、入れなかった。
キレたアメリが、スパルタで陣頭指揮を取ってくれているので、直になんとかなるだろう。
レン王子の今日の治療をしたかったのだが、わたしとレン王子は、予定を変更して先に領地を見て回ることにした。
「痩せた赤い土だな…、これでは種をまいても、出た芽がすぐ立ち消えてしまう」
「川も湖もない慢性的な水不足、肥料とか名産品作るとか、そんなレベルじゃないですね…」
レン王子が地面の土をひと掬いし、手を開く。すると乾いた赤い土がサラサラと手からこぼれ落ちた。岩山ばかりの荒れた土地に、僅かに開墾された畑。その作物も日照りで瀕死状態だった。
領地に着いたらアレもしようコレもしようと、旅の途中でワクワクしながら構想を練ってきたわたしとレン王子。だが実際に見た不毛の大地を前に愕然とした。
わたしは擦れ違いざまに、『心眼』で民の健康状態を調べる。王都から来た民たちよりも、ずっと酷い状態だ。民の目からはハイライトが消えていて、その大多数は老人と子供と女性だった。
『心眼回答:栄養失調、極めて危険な状態。炊き出しのメニューはバーベキューではなく、変更を推奨します』
「たくさん食べて皆でふくよかになろう!」をスローガンに、北の砦でもバーベキューをする予定だったが、さりげなく『心眼』にダメ出しされたよ!
わたしが代わりのメニューに頭を悩ませていると、知的な表情で思案していたレン王子が口を開いた。
「兵役や開拓のノルマを止め、民をしばらく休養させたいのだが、甘いだろうか?」
「レン王子らしくて、いいと思う」
わたしが間髪入れずに即答すると、レン王子はホッとしたような顔になった。
焼肉が食べれられないぐらい弱っている人を、放っては置けない!。健康!元気!ご飯! それが十分じゃないのに義務を強いたら、レン王子が反感を買ってしまう。騎士団のやる気なさ問題は後回しだね
う~ん、この領地を普通の方法で豊かにするのは難しいわね。そもそもこの不毛の大地じゃ作物が育たないもの、いっそ地形ごと変えちゃうとか…?
「大掛かりなことは後日やるとして、まずは今日の分の水がすぐ必要よね」
こんなとき物語の聖女なら、雨を降らせたり、草木を生やしたりするんだろうけど…。残念ながら、豊穣のスキルはわたしにはなかった。なので、あるものを組み合わせ工夫することにした。
わたしは真上に右手を伸ばし、水の攻撃魔法を上空高くに放つ。それを層状にして広域に広げ、さらに風の攻撃魔法を重ねダブルにする。すると金色のキラキラした魔法陣が回転し、スプリンクラーのように水が散布されていった。ついでに枯れた井戸の上空にも同じ魔法を展開しておいたよ。
「いいカンジじゃない! 自然な雨っぽいよね?」
「いや、すごく神々しいんだが…。民が喜んでいるし、いいと思う」
そうレン王子に同意を求めると、感動したように空を見上げて苦笑した。そして、わたしのほうを見て、とびきりの笑顔をみせた。
「レン王子の笑顔のほうが、ずっと神々しいんですけど…」
笑顔にキュンとしたわたしは、思わず小声で呟いた。だが民たちが歓喜して空を見上げる大騒ぎに、掻き消されてしまい、レン王子の耳には届かなかったようだ。
◇◇◇
領地の視察の後は、炊き出しを開始した。バーベキューの予定だったが、ジャーキーと穀物の雑炊にメニューは変更したよ。
料理部門のトップには、怪我から回復した元宮廷料理人を抜擢。料理人の指示のもとに、共に旅をした民たちが率先して手伝ってくれている。なので『心眼』のレシピだけ渡して、丸投げさせてもらった。
炊き出しの隣に、臨時の治療所を作り、北の砦の住民を『心眼』で健康診断する。手早くマッサージして回復させ、今日は60%回復を目指し、とにかく人数をこなしていく。
そして治療しながらスキルを記録し、住民名簿を作る、これ大事。
しかも、なぜかレン王子が手伝ってくれている。「他にやる事いっぱいですよね? 先に休んでください」と言ったのだが断わられ、ずっと傍にいるのだ。
うん、事務仕事を任せられる人材も探さないとね
◇◇◇
夜になってようやく領館に入ることができた。広い浴場に丁度いい台座があったので、日課の魔力血栓を溶かす治療を行った。レン王子がお疲れ気味なので、今日は軽めのマッサージと健康診断に留めておく。
「マッサージで汗かいたし、ついでにお風呂に入っちゃいましょう!」
「はぁ!?」
風呂でマッサージした後に、髪と身体を洗われそうになり、驚き戸惑うレン王子。
「自分でやる!? もしくはアメリを呼んで…」
「アメリなら用事を頼んだので、いませんよ。ほらほら、子供が遠慮しないの」
子供扱いされ、少しむぅとした顔になる王子。
ムッとした顔も可愛いね、ぐへへ
腰にタオルを巻いて、渋々、洗い場の椅子に腰かける、赤面しているレン王子。
「痒いところはありませんか?」
「ああ。なんだか楽しそうだなユノ」
髪と身体を洗わせてくれるレン王子。
「ふふっ。はい、楽しいですよ」
わたしが楽しそうにしているのを見て、レン王子は抵抗する力を抜いた。されるがままになっているレン王子が可愛い。
「はい、バンザイ~してください」
わたしは調子に乗って、脱衣所で風呂から上がった王子のお着替えもさせてもらった。
毎日の健康診断のときに、レン王子の魔力量を確認している。さっき確認したら、訓練を始めても大丈夫な魔力量になっていたので、わたしはレン王子にこう切り出した。
「この間もお話しましたが、レン王子には攻撃魔法と錬金のスキルがあります。攻撃魔法は、火、風、水、土、雷で私と同じです」
「うむ、おそろいだな」
ううっ、相槌まで可愛いわ
「身を守るためには攻撃魔法ですが、王子には先に錬金のスキルを上げて欲しいです」
魔法と聞いて、めちゃくちゃ瞳を輝かせて、期待した表情になるレン王子。
「明日から、わたしと魔法の特訓を開始しましょう!」
「錬金か、わかった。よろしく頼む」
レン王子にスキルを使いこなせるようになってもらって、いずれわたし欲しいのものを作ってもらおう。錬金なんて、大好きな某アニメみたいでワクワクするね!
お読みいただきありがとうございます。
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