14旅の終わりに美ショタ王子爆誕!
「何これ!? むむむ~っコントロールが乱れる…!」
野営のテントの中で、わたしは大声をあげた。マッサージしようと、レン王子の足に指を触れた途端に、魔力が反発したのだ。王子の身体に溜まった魔力と、わたしの魔力が反発しコントロールが捻じれそうになり、びっくりして手を放した。
『心眼回答:一気に溶かすのは体に負担です、一か所だけ溶かしすぎてもダメ。魔力血栓は均一に精密に溶かしてください』
わたしの呟きに『心眼』が答えてくれた。だが言ってる内容が無理難題だ。
「ねぇ、治療ナビのようなものはないの?」
『心眼回答:現状、そんな機能は搭載されていません。魔力器官を損傷しないように治療してください』
期待を込めて『心眼』に助けを求めたら、バッサリと心を折られた。わたしは思わず治療の手を止めて、考えこんでしまった。
「レン王子、治療しやすいように全部脱いでもらえますか?」
「なっ!? 全部だと!」
即席の治療台の上に、うつ伏せになっているレン王子。緊張し強張った表情になっていたレン王子が声をあげた。
「ほんとは血行が良くなるように、お風呂で行いたいんですけど。野営中なので我慢してくださいね」
「風呂だと!!」
シャツとズボン姿になってもらったけど、装飾が多くて、この上からではマッサージしにくいのだ
「し、下は断固拒否するぞ!」
モジモジ照れるレン王子が可愛いくて、わたしはだんだん悪代官のような気分になってきた。
「まあ、よいではないか、よいではないか!」
「ユノ! やめ…脱ぐなら自分で脱ぐ…」
わたしは悪代官のお決まりのフレーズを口にしながら、照れる王子を壁ドンし、無理矢理にシャツをひん剥いていく。
乙女のように赤面し、半裸で抵抗しているレン王子が可愛い、ぐふふっ
「ユノ様! お戯れはそこまでですよ」
野営のテントに入ってくるアメリ。手にはエステで着るようなガウンを持っている。
「レン王子、こちらに着替えてくださいませ。ユノ様に頼まれていた、着脱しやすい衣服が出来上がりましたので」
「ごねんね…アメリ、レン王子の緊張をほぐそうとして…」
「ほぐれているようには、見えませんが?」
顔が怖いアメリに、泣きそうになりながら、調子に乗ったのを言い訳するわたし。呆れた顔で溜息をつくアメリに、わたしは閃いた顔で切り出した。
「じゃ、何か小話でも!」
そうだ! せっかくレン王子の先生になれたのだから、せっかくだから雑学にしよう!
「まずデブ学の歴史と分類についてですが、日本にはデブキャラという芸を売りにする者たちがいます。知的デブ、運動できるデブ、体を張ってキャラで押していく系のデブ。中でも知的デブ様のラジオ番組は、わたしの癒しでした」
ぽかーんとしたハニワのような顔で、話を聞いているレン王子と侍女のアメリ。
やばい二人の心を掴めていないわ、話題のチョイスを間違えたかしら?
「さらに昔の戦隊モノにはデブは必要不可欠で、イエローには大食いでカレー好きなデブが一人は入ります。わたしのポジション的には、ここだと思っています。間違ってもピンクって柄じゃないです、ピンクは美少女枠なので」
「ちなみにわたしは運動できる系デブで、反復横跳びは異常に素早いです。異世界にきたとき嘲笑されたけど、これでもデブ界の横綱から幕の内ぐらいには、痩せた後だったんですよ」
「このようにニッチ層ですが、デブは大衆に愛される必要枠なのです! レン王子はどのデブがお好きですか?」
わたしは今度は別の方向に調子にのってしまい、キラキラした顔で質問した。するとレン王子はすまなそうな声で答えた。
「そもそも、どのデブも目指していないのだが…どちらかというと痩せたいのだが」
全てのデブを否定され、わたしは思わずガーンと残念そうな顔になってしまった。
「そうですよね…。デブ界からお去りになりたい、それが望みですよね、承知致しました。レン王子はデブ界でいったら未熟児、すぐに脱デブできますよ。元デブの私が保証します!」
「ぷっ、ふははっ、そうか未熟児か」
堪えきれなくなり可笑しそうに笑いだすレン王子。
「皆が腫れものに触るように私の容姿について口を閉ざすか、嘲るかのどちらかだ。だがユノは心から私のことを本当に醜いと思っていないのだろう。そうでなければこのような話題を選ばないはずだ」
「すみません!? 話題のチョイスを間違えました…」
ジャンピング土下座しそうな勢いで謝ると、不意にレン王子がわたしの手を握った。
「すまない…、本当はユノのほうが緊張しているのだろ?」
「レン王子には隠し事ができませんね…」
実を言うとすごく緊張してる。魔力血栓のような珍しい症状は、老兵にも民にもいなかった。この治療を施すのはレン王子が最初になってしまったのだ…。情けなく震える指を隠そうと、話を始めたわたしに、レン王子は気づいていたのだろう。
いっそ、わたしに魔力血栓があったら、自分を練習台にできるのに…
「失敗してもかまわない。私がユノを恨らむことは絶対にない」
そんな風に考えていたら、レン王子が握った私の手を引き寄せ、キスを落とした。指先からレン王子の体温が伝わってきてドキドキする。すると、さっきまで震えていた指先が、ようやく止まった。
「痛かったり違和感を感じたら、すぐ言ってくださいね」
「ああ、わかった」
わたしは治療を再開した。奪われそうになるコントロールを渾身の力で奪い返す、すると今度は魔力がごっそり持っていかれる。集中して緻密に治療を施していくわたしの頬を、玉のような汗が伝っては落ちていく。魔力血栓を溶かすときに熱が発生するようで、レン王子も汗だくだった。
初めての治療の晩は、わたしもレン王子も想像以上に疲労して、気が付くと二人で折り重なるように寝落ちしてしまった。
そして、翌朝起こしにきたアメリに物凄く驚かれた。
◇◇◇
その頃、王都にいる聖女は今日も不機嫌だった。
「アイカが治療してやったのに、文句を言うなんてけしからん! 気に病むことはないぞ、あの騎士には罰を与え、辺境送りにしておいたからな」
堂々とした自信のある態度で、そう言い切る第一王子。
「ありがとうございます、ハルト王子。気分が優れないので、聖女の仕事を今日も休んでいいでしょうか?」
腹立たしいのを飲み込んで、悲しげな顔を作り、涙を浮かべる聖女アイカ。
「もちろんだ、体調が回復するまでしばらく休むといい」
第一王子が部屋から出て行ったのを確認すると、ホッとしたように溜息をつく聖女アイカ。
「ふふっ、病弱設定が効いてるわ。第一王子はわたしの味方だからちょろいわね」
聖女に与えられた部屋。その豪奢なベットでごろごろしている聖女アイカ。
「治療を受けた後に容体が急変したから、もう一度友人を診て欲しい、ですって!? あの第一王子付きの騎士にはムカついてたのよね」
「どいつもこいつも文句ばっかり言ってないで、もっと私を崇めろよ!」
聖女アイカは到底聖女には見えないような意地の悪い顔で、悪態をついた。
◇◇◇
夜の野営地には煌々と篝火が焚かれていた。元気な老兵たちが嬉々として見張り番をしてくれているので、今夜も野営地は長閑だった。
今日で数度めの治療になる。これまで魔力血栓を少しずつ徐々に溶かしてきた。
「レン王子、今夜はいつもより少しだけ多めに、魔力血栓を溶かしてみましょうか」
「ああ、頼む」
やはり物凄く魔力を持っていかれる!? でも、もう少し深くまで…
両手を心臓のあたりに当て、指先に力を込める。全身に魔力が薄い膜のようにいきわたるように、意識を研ぎ澄ませる。
「レン王子、もう一段回、力を込めても耐えられますか?」
「ああ大丈夫だ、気にせずやってくれ」
わたしは汗だくになった上着を脱ぎ捨て、薄着になった。そしてもう一度、深く集中した。反発し荒ぶる魔力で乱れそうになるコントロールを奪い返し、均一に緻密に治療を施していく。吹き出すように汗が頬を伝っていく。すると、不意にガクンと身体から力が抜けた。
◇◇◇
「まぁ、治療で疲れて二人とも眠ってしまったんですね」
レン王子を起こしにやってきたアメリが、野営用のテントの入り口を開け呟く。
「もう少し寝かせてあげましょうか」
疲れ果ててうつ伏せで寝ているレン王子とユノを見て、声をひそめて呟く。ブランケットをかけようとレン王子に近づき、ハッとした顔になり目を見開くアメリ。
「レン王子…そのお姿は!?」
「う…ん、アメリ? もう朝なの?」
アメリの声で目を覚まし、わたしは目を擦りながら起き上った。
「アメリ?」
レン王子を見たアメリが感極まって泣いている。可愛い顔が台無しになるくらい号泣して、鼻水まで垂れてる。わたしがかけた声は、耳には届いていないのだろう。
昨夜は魔力切れまでマッサージして、また二人で寝落ちしてしまった。わたしは何度か目を覚まし、成果が出たことはわかった。だが魔力切れで、指一本動かせなくて…起き上がることが出来なかったのだ。
女神様ありがとうございます。これでもうレン王子は大丈夫ですよね
「ユノ…?」
わたしが心の中で、女神様へ感謝の祈りを捧げていると、レン王子が目を開けた。まだ治療の疲労感が抜けないのか、ぼんやりとしている。
「おはようございます、レン王子。身体の調子はどうですか? 辛いところはないですか?」
「ユノのおかげで、とてもスッキリして体が軽い、それになんだか…」
そう言いかけて、ハッとした顔になるレン王子。
アメリは声を出すことも出来ずに、レン王子を見て、ひたすら涙をながしている。
わかるよアメリ、泣きたくなるぐらい嬉しいよね。うん、わたしも同じ気持ちだよ
「身体の中で何かが流れるような感覚がある、これは…」
「魔力です。少しですが循環を始めたんです、治療を続ければもっとよくなりますよ」
そう言って、わたしはレン王子に手鏡を渡した。
「これが…本当に…私なのか? まるで魔道具でも見てるみたいだ」
「ふふ、魔道具じゃありませんよ」
自分と同じような反応をするレン王子に、思わず笑みがこぼれた。わたしは確かめるように王子の頬に手を伸ばして、両手で包み込んだ。
部屋の隅に用意していた全身が映る姿見。そこにかけてあった布を、アメリが取ってくれた。大きな姿見に映る自分の姿を見て、驚いて目を見張るレン王子。そこに映し出されているのは、美しい少年王子の姿で、無能豚王子と蔑まれた姿はもう欠片もなかった。
「ユノ…!?」
わたしを見つめる青い瞳が潤む。豪奢な金髪に、宝石のような大きな青い瞳。その顔に喜色が浮かび、感極まった表情になるレン王子。
「やっとレン王子の心と外見が、同じ姿になりましたね」
わたしは心の底から嬉しくて、満面の笑みで微笑んだ。
いっぺんに伝えたら混乱するわよね、スキルのことは砦に着いてから説明しよう
このとき、わたしたちはようやく、北の砦まであと数日の地点まで来ていた。
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