13旅の途中で最強の軍隊を手に入れる
「何事だ!」
警戒しながら馬車の扉を開け、外に出るレン王子。
「マギサーチ エネミー!」
わたしはそう叫ぶと、追いかけるように馬車の外に飛び出す。そしてレン王子の前に仁王立ちになって、索敵を馬車を中心に同心円状に展開した。
「申し訳ありません、馬が足をやられまして…。年老いた馬が悪路に耐えられなかったようで」
平伏して申し訳なさそうに答える御者の男。そこへ背後から伝令役の兵士が走ってくる。
「大変です王子! 後続のほうで動けなくなった民が大勢でています」
わたしが想像していた以上に、旅の隊列が崩壊するのは早かった。しかも旅が中断したすぐ近くには森があり、場所としては最悪だった。
「うわっ! 森から魔物が!?」と叫ぶ兵士の声が聞こえた。
「もうレン王子には内職はバレたし、隠す必要ないよね」
そう呟くと、わたしは足先から髪の先まで魔力をたぎらせフル充填した。長い髪が荒野を吹き付ける強風になびく。体中からキラキラとした光の粒子が立ち上り、髪と服が巻き上がり大きく旗めいた。
イメージは全自動射撃能力を持つ自動小銃の弾丸だ。わたしは右手を前に出し、左から右へと薙ぎ払うように動かした。すると炎と雷をまとった光の弾丸が、鋭い音を立てて魔物の群れに命中した。
『心眼』の索敵画面で照準を合わせているので、大げさではなく百発百中だった。気を良くしたわたしは、安全のために360度四方に攻撃魔法をぶっ放しまくった。
「ふぅ、これでしばらくはもつかな。『心眼』…役に立つけど、恐ろしい子」
『心眼回答:お褒め頂き光栄です。次はもっと虐殺がんばります』
わたしがやり切った顔で呟くと、『心眼』が返事をしてきた。なんだか、『心眼』の受け答えが日に日に人間っぽくなってきてない…?
視線を感じ振り返ると、兵士と民はまるで声を失ったように誰も言葉を発っせずに、呆然とわたしを見ていた。
「あらやだ、もしかしてドン引きされてる?。聖女らしくない能力でごめんなさい、おほほほほっ」
「ありがとう、ユノ」
わたしが笑って誤魔化していると、背後からぎゅうっと両手を回して、レン王子が腰のあたりに抱きついてきた。そして頭をわたしの背中にこつんと当て、「私のユノがかっこよすきる」と小声で呟いた。
なにこれ可愛い! 背後だから顔は見えないけど、レン王子の仕草が可愛いすぎるんですけど!
わたしは萌え萌えして、レン王子を抱きしめ返したい衝動に駆られる。だが兵士や民がいる前なので思い留まった。レン王子もすぐにキリッとした表情に戻ると、部下に指示を出しに行った。
◇◇◇
「ペースを落としてでも、全員を北の砦まで安全に連れていこう」
御者や伝令の兵士に文句一つ言わずに、レン王子は毅然とした顔でそう言った。そして隊列の最後尾にいる民たちのもとへ自ら赴いた。
民たちは行軍を遅らせたことで、叱咤されるのではと怯えた顔になっていた。だが、そんな民たちを休ませ、飲み物と食料を配っていくレン王子。
「誰も貧しい北の砦になど行きたくなかったはずだ。ハズレを引いたと思われても仕方がない…、ここで旅をやめて去っても咎めはしない」
レン王子の言葉を聞いた民に動揺が走る。だが彼らは半信半疑の面持ちでオドオドしていた。構わず言葉を続けるレン王子。
「だが、いつかここにいる皆に、共に来てよかった、そう言ってもらえるような領地を築く。だから、それまで付き合ってはもらえないだろうか」
レン王子はそう言うと、綺麗な所作で深々と頭を下げた。すると怯えてオドオドしていた民が次々に顔を上げていった。
「王子様に頭を下げられちゃな…」「ああ、だよなぁ」
喜色をあらわにした民たちから声があがる。
民に頭を下げるのはきっと王族らしくはないのだろう。だが頭を下げるレン王子は、どこから見ても立派な統治者の顔だった。
「全員、治しましょう!」
レン王子をみていたら、自然と言葉がでていた。
そうよ! 全員治療して、一刻も早くこの危険な場所から離れればいいんだわ!
治療をすると伝えたら、老兵や民が集まってきた。だが不完全な力に、過度な期待をさせては申し訳ない。わたしはきちんと前置きをして頭を下げることにした。
「期待させてしまったならごめんなさい。王都にいる聖女様のように欠損を治すような凄い力はないの、出来るのはささやかな治療だけ。それでもいいなら、どうぞわたしに治療させてください」
戸惑っているのか、民はすぐには出てこなかった。そんな中、杖をついた老兵が前に進み出てきた。
「聖女様こそ、このような老いた体に触るのはご不快でしょうに」
老兵は堂々たる偉丈夫だが、どうやら足が悪いようだった。
「いいえ、どこまで古傷を治せるのか腕が鳴ります!」
「ふぉふぉ、変わった聖女様じゃな。このような老骨でよろしければお願いします」
グレイル・バルザーと名乗った老兵は、そう言うと豪快に笑った。
旅を共にする彼らを治したい、それは本当だ。でもどうしても心眼の力をコントロールできるようになりたかった、レン王子のために。ごめん、こっちが本音だ。
聖女アイカのような高い治癒能力はない。もしレン王子が大怪我でもしたら、今のわたしには救う手立てはない。そのことが物凄く怖かった…
努力だろうと無理だろうといくらでもしてやる、だから早く、早くレベル上がって!、そう思わずにいられなかった。
「バッチコイや~!オラオラオラァ!」
疲れた体に掛け声で気合を入れ、わたしは老兵たちの古傷を次々に治していった。大した力はないけど、ド根性で全員治してみせるよ!
本当は光とかパアッと出ると聖女っぽく見えるんだろうな。でもそんなゲームみたいなエフェクト出すより、治療の精度をあげるのに必死だった。
わたしは身体に悪いところが視えた老兵たちと民を、寝る間も惜しんで治療していった。
えっ自重しないのかって? 自重なにそれ美味しいの? そんなもの出立の日に捨てたわよ!
◇◇◇
「はっはっはっ、軽い! 身体が軽いぞ!」
「まるで若い頃に戻ったようじゃ! 力が漲ってるわ」
「いやいやワシは、現役の頃よりも身体が動くぞ!」
嬉々として魔物を屠っている数十人の老兵。中でも老兵グレイル・バルザーは一騎当千の働きだった。杖がなければ満足に歩くこともできなかったのが、今では馬を駆り剣を片手に魔物を薙ぎ払っている。
早く離脱したかった魔物の多い危険な場所が、元気になりすぎた老兵たちの絶好の狩場になっていた。
「うん、ちょっとマッサージやりすぎちゃったみたい」
最初は怪我だけ治すつもりだったのだ。だが老人たちから、「腰も痛い、目も見えずらい、膝関節が~!」と強請られ、気づけば全身マッサージすることに。
そして現在、元気になりすぎた老兵たちが大暴れしているというわけだ
「でも助かりますわ、魔物肉に毛皮に魔石が手に入りますもの。ユノ様は消し炭にしてしまうので、使える部分がありませんでしたから」
「あはは…」
ホクホク顔でそう言って肉を焼くアメリに、わたしは苦笑するしかなかった。
「たくさん食べて皆でふくよかになろう!」をスローガンに、民に精をつけるために焼肉バーベキュー中なのだ。
うん、老兵たちに感謝だね、おかげで長閑にお肉が食べれるよ、モグモグ
そしてわたしというと、大量に手に入った魔物肉でジャーキーを作っている。風魔法で乾燥、火魔法の応用で燻し、日持ちのするソフトジャーキーとハードジャーキーを高速で量産中だ。
ここでもまた『心眼』のお世話になった。「干し肉よりジャーキーが食べたいな」とわたしが呟いたら、『心眼』が時短の調理法を教えてくれたのだ。
時短ってクックパッドかよ! とツッコミたくなった。まさか異世界でもジャーキーを作るとは思わなかった。家族で行ったキャンプ以来だよ。
あのケチな王が砦に余分な物資を置くとは思えない。物資は集めながら砦に向かわないと…
◇◇◇
治療してから飛躍的に旅の速度が上がった。怪我で現役を退いた老兵たちが息を吹き返し、魔物も盗賊も蹴散らしてくれるからだ。
あっ、盗賊が持っていた物資は、もちろん有難く頂いておいたよ
「ユノ! グレイル・バルザーは凄いのだ、隣国まで名を轟かせる歴戦の英雄だったのだぞ」
「ふぉふぉ、レン王子、老骨を持ち上げても何もでませんぞ」
グレイル・バルザー率いる老兵隊は、自らレン王子の護衛を買って出てくれた。今は野営の空いた時間を利用して、レン王子に剣術の指導をしてくれている。レン王子とまるで祖父と孫のようで、見ていて微笑ましかった。
嬉しい誤算は他にもあった。怪我で働けなくなった民には、鍛冶師や職人など手に職を持つ者が大勢いたのだ。
老兵も民も元気になり目がギラギラしている。さらに馬も治療したせいか、もはや「どこの軍隊だよ!」とツッコミたくなるほどの進軍速度で、北の砦に向かっていた。
うん、結果オーライだよね、深く気にしないでおこう
老兵たちの活躍のおかげで安全に旅と野営ができるようになり、ようやくレン王子の治療に専念できる環境が整った。そして、待ちに待った瞬間がきた。
頭の中に機械音が鳴る。そして『心眼のレベルが上がりました。患部を治す能力がバージョンアップしました』とメッセージが流れた。
「お待たせしました!レン王子、今夜この力を王子の体で試させて下さい」
わたしはキリっとした自信に満ちた顔で、そう告げた。両手の指をワキワキしながら。
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