12旅の始まりと心眼治療
「通常よりも、北の砦までの旅程がかかっているな…」
「老兵と働けなくなった民の一団ですもの、無理もありませんわ…」
走る馬車の窓から身を乗り出して、旅の隊列を心配そうに振り返るレン王子。悔しそうな顔で溜息をつく侍女のアメリ。
レン王子に与えられた人員と物資は驚くほど少なかった。怪我や病気で働けなくなった者や年寄りで、生気のない沈んだ目をしていた。総勢こそ100名だが、これでは体のいい厄介払いだ。
魔物が出る荒野を旅するのに…これじゃレン王子の護衛すら足りてないわ!
二人の会話を耳で聴きながら、わたしはこっそりと内職に励んでいた。馬車の窓から顔と右手を出し、遥か遠方に向けて攻撃魔法を放つ、という内職に。『心眼』に聞いたら、なんと索敵魔法が使えたのだ。
魔物が近づく前に殺る!、囲まれて倒すには戦力が足りないからね!。一騎当千には及ばないけど10人分ぐらいは働くよ!。
誰であろうと、もう二度とレン王子を傷つけさせないわ!
こうしてわたしは、レン王子の旅の隊列に近づく魔物を八つ裂きの消し炭にしていった。
「索敵をパッシブ…常時発動にできたら楽なんだけど?」
『心眼回答:常時発動にするにはレベルが足りません』
「うっ…」
質問すれば『心眼』が回答をくれる、すごく便利だ。でも脳内に機械音声で聞こえるから、独り言を言っているようにしか見えないのよね。
早くレン王子を治療したいけど、野営地に着くまでは無理そうね。せめてもう少し護衛がいれば…
「また『心眼』と会話しているのか? 私もユノと話がしたいんだが」
「あっ…」
馬車の隣の席に座っているレン王子が、わたしの顔を覗き込んできた。狭くて揺れる馬車の中で、触れそうなぐらい顔が近づいてきて、少しドキッとした。
「ユノにばかり無理をさせてすまない。魔物狩りは少し休むといい」
「…バレてましたか? えへへ」
「気づいてないと思ったのか」
そう言うと、レン王子の小さな手がわたしの頬に触れた。その仕草が自然で様になっていて、『ああ、レン王子はやっぱり王子様なんだなぁ』と妙に納得できた。
レン王子が子供でよかった…、元デブスは免疫ないからね…男性にこんなことされたらドキドキ死しちゃうわ。
笑って誤魔化すわたしに、菓子を手渡してくれるレン王子。向かいの席では、侍女のアメリがお茶とおやつを用意してくれていた。
「レン王子もちゃんと食べてくださいね」
わたしは王子の手にも菓子をポンと置いた。
「ああ、約束したからな。それに、また一晩中叱られては堪らん」
そう言って笑って菓子を食べるレン王子。アメリから王子の食事事情を聞いてから、レン王子と一緒に食事を取るようにした。剣の鍛錬をするときも四六時中一緒にいるので、わたしに隠れて拒食はもう出来ないはずだ。
「レン王子、王位ランク戦とはどのようなものなんですか?」
わたしは気になっていた王位ランク戦について質問した。
「4人の王子に別の領地に向かわせ、どれだけ領地を豊かにしたかの采配を競う。それと魔力武術試合、この二つの成績で王太子が決まる、それが王位ランク戦だ」
「でもそれだと北の砦は不利なんじゃ? 南の穀倉地帯のほうが断然有利よ、こんなの出来レースだわ」
「どの領地かは国王陛下が決めることだからな…」
わたしが不満顔でプンプンしてると、レン王子は困ったような顔になった。
「クソ王子たちを公にフルボッコにできる大会」ぐらいに考えていたが、実はとても重要なものだったらしい。でも魔力武術試合なんて嫌な予感しかしないわ…
クソ王子達がレン王子をいたぶる姿が浮かんで、わたしは頭を抱えて青ざめた。
「それって聖女も戦ってもいいのかしら?」
「聖女は主に支援だな。戦うのがダメという規則はないが…」
「よっしゃー!」
わたしは嬉しさに雄叫びをあげた。でもなぜかレン王子は心配そうな浮かない顔になった。
「ユノ、目をどうかしたのか?」
馬車の窓から、遠くの景色を眺めていたわたしが目をこするのを見て、心配そうに顔を覗き込むレン王子。
「眼鏡なしで遠くを見たら、目が疲れちゃって…」
「そういえば、聖女召喚のときは眼鏡をかけていたな」
「前に軟禁されたときに、第一王子に踏まれて壊されちゃったの」
「ハルト兄上が!? なんと酷い…」
「次の休憩時に蒸しタオルでもご用意しましょうか? ユノ様」
話を聞いたレン王子は「第一王子、殺っ!」と言わんばかりの険しい顔で、怒りを露にした。侍女のアメリも心配そうにしている。
「大丈夫よ、まったく見えないわけではないから」
でも遠くが見えないのは旅先では不便ね…。わたしは目の疲れをとるツボを指で押して、マッサージし始めた。
こうみえてもマッサージは得意なのよね、家族によくしてたから。雪姉をマッサージすると「気持ちよくて死んじゃう~ああ~! もっと~」っていつも凄い声だしてたな…。わたしはなつかしい家族をぼんやりと思い出しながら、マッサージを続けていた。
「えっ?」
ハッとして窓から身を乗り出し、わたしはパチパチと目を瞬かせた。
「遠くの山々までくっきり見えるわ!」
「ユノ様、あまり身を乗り出すと危ないですよ」
「どうしたのだ? ユノ」
「視力が急に良くなったの! 何が起こったの!?。っていうか、山に登ってる人間までこの距離で見えるなんて、視力回復おかしいでしょ!」
混乱して自分の手のひらを開いたり閉じたりしていると、頭の中に機械音が鳴った。そして『心眼のレベルが上がりました。マッサージした患部を治す能力が解放されました』とメッセージが流れた。
わたしは窓から身を乗り出して、旅の隊列の人々を見回した。すると呪文を唱えなくても、悪いところが赤い点で視えるようになっていた。
レベルが上がって心眼がパッシブになったのかしら。もしかして、これで魔力血栓を溶かせるんじゃない?
『心眼回答:魔力血栓の治療にはまだレベルが足りません』
「チッ…」
期待を裏切る心眼の返事にがっかりして、わたし項垂れて馬車の椅子に座りなおした。その時、向かいに座るアメリの足首に赤い点が見えた。
「アメリ、その足どうしたの? 診せて」
「うっ…」
ブーツの上から患部に指先が触れただけで、アメリは痛そうに声をもらした。
「捻挫してるわ。でも変ね? 外側だけ腫れが酷い…これじゃまるで何かで殴られたような…」
そこまで言いかけて、わたしはハッとした。レン王子も同じような顔をしていた。
「この怪我、誰にやられたの?」
「この怪我、誰にやられたのだ!」
わたしとレン王子はほぼ同時に、険しい顔でアメリに問い正した。
「あ…、出立の前に第一王子の部下にやられたのです。手が滑ったと、すれ違いざまに剣を足に落とされて…」
「またハルト兄上なのか…」
言いにくそうに言う侍女のアメリ。すまなそうな苦しそうな顔になるレン王子。
アメリは心配かけまいと、我慢していたのだろう。もしかしたら、これまでも嫌がらせに耐えてきたのかもしれない、レン王子には言わずに…。主従そろって健気で似てるわね、だから余計に放っておけなくなるのよ
「『心眼』に新しい力が目覚めたの。人体実験みたいで悪いけど、アメリの怪我を治療させてくれない?」
「そんな、私などに勿体ないですわ…ユノ様」
「ね? お願いアメリ」
わたしが目をうるうるさせてお願いすると、「では、よろしくお願いします」とアメリが折れてくれた。
アメリにブーツや靴下を脱いでもらい、患部に手をかざすが何も変化はなかった。やはりこの力は直接手で触れないと発動しないようだ。
「ごめん、少しだけ痛いの我慢して」
腫れた足首を強くマッサージするわけにはいかない。私は慎重にそうっと、指で包むように患部に触れていった。
「これは一体!? さっきまでは痛みで立つことすら辛かったのに」
しばらくするとアメリが驚いた声を上げた。
「凄いですユノ様! ありがとうございます!」
「いや~大したことしてないし」
キラキラした瞳でアメリに見つめられ照れるわたし。レン王子も驚いた顔で私を見つめている。
ちょうどその時だった、馬車が大きく揺れ急停車した。
「何だ!?」
「何!」
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