10心眼の女神と王子の秘密
「そろそろ泣き止んでくれ、アイカに泣かれると私は弱いのだ……」
第一王子は困りきった顔で、聖女アイカを宥めた。
「一生懸命やったのに酷いわ、治癒した人が亡くなったと枢機卿が責めるんです……」
「アイカのせいじゃない、きっと運ばれてくるのが遅すぎたのだ。今日は聖女の勤めはしなくてよい、ゆっくり休め」
「ありがとうございます、ハルト王子は優しいですね」
目に涙をためて、悲しげに微笑む聖女アイカ。公務に戻るために、部屋から出ていく第一王子。
「手探りで魔法を使っているのよ、失敗ぐらいするわ。何人か死んだぐらいで文句言わないでよね!」
第一王子が部屋からいなくなった途端に、壁を乱暴に蹴り、苛立って悪態をつく聖女アイカ。
「そうだわ、慣れない異世界にきて体調が悪いことにしよう!だから、本来の力を発揮できていない、よし!病弱で可憐な美少女設定に変更よ!」
ふぅ~とため息を吐き、自分のナイスな考えにうっとりする聖女アイカ。
「これでなんとかなるはずよ、レベルだってそのうち上がっていくだろうし。はぁ、あの元デブスはやくリバウンドしないかしら。能力ないくせに、ちょっと痩せたからって生意気なのよ!」
そう言って、聖女アイカは憎々しそうに、殴られた頬に手を当てた。
◇◇◇
神殿に行くと言ったのに、レン王子が向かった先は教会だった。わたしは手に花束と菓子を抱えていた。女神の好きな花を供えるといい、とレン王子に言われたので急いで用意したのだ。
わたしなら花より団子だな、と思ったので、厨房を借りて簡単な菓子を作った。道具もないし簡単なものだけど、花と一緒にクッキーもお供えしよう
教会の中に入ると、歴代の聖女たちの像が煌びやかに祀られていた。
「あっ、この聖女像なんだか聖女アイカに少し似てるな……」
わたしはレン王子の後について、長い回廊を歩いて行った。すると教会の奥に、古い神殿が見えてきた。
「ずいぶん寂れているんですね…」
豪華な神殿をイメージしていたので、少し驚いてわたしは思わずそう言った。
「遥か昔の神話の時代の女神だからな。どうしても近年活躍している聖女たちのほうが、民には人気が高いのだ。教会もそのように仕向けているし……」
そう言うと、レン王子は苦笑した。
姿を見たこともない女神よりも、目の前で傷を治してくれる、わかりやすい聖女様が人気かぁ……。それじゃ……この国を創った女神様は報われないよね
わたしはそんなことを考えながら、神殿の中央にある心眼の女神の石像に、花と菓子を供え手を合わせた。
祈りを終え、帰ろうと一歩足を踏みだした、その時だった。隣にいたレン王子と護衛の人たちが、突然フリーズして動かなくなった。まるでそこだけ、時間が止まってしまったみたいに。
「えっ!何が起こったの!?」
狼狽えて辺りをキョロキョロ見回すと、神殿の中央にあった心眼の女神の石像がユラリと揺らいだ。そして眩い光を放つと、人の姿へと変わった。
「あら、おかしいですね。この世界に召喚されたときにスキルを授けたはずですが、上手く機能していないわ」
目の前に突然現れた女神は、そう言うとわたしを見て、首をかしげた。
黒髪に黒い瞳、確かに色みだけは私と同じだが、女神は色香のあるすごいゴージャスな美人さんだった。うん、私とは似てないね、やっぱり
「心眼の女神…様ですか!?」
さすが異世界!女神様ってホントにいるんだ!?、わたしはテンションが上がった状態で呟いた。
「ええ、そうよ。今期の聖女で私の元へ来たのは聖女ユノ、貴方一人だけですね」
女神はそう言うと、わたしの体に手をかざし、じっと体を視た。
「ああ、わかりました。あふれ波打つ数多の贅肉に阻まれ、私が送った力が真の臓まで届かなかったのが原因ですわ」
何気に失礼なことを女神が言っている…。「つまりデブが原因だとぉ!聖女って体重制限あったの!?なら最初からデブは召喚するなよ」そう言い返したかったがグッと堪えた。召喚したのはこの国の王族で、この女神様ではないからだ。むしろ女神なのに、こんな質素な神殿にひっそりと祀られている……。
わたしの体に女神の手が触れると、触れた部分からパァッと暖かい光が全身へと溢れた。天からキラキラした光と共に、呪文が洪水のように頭に中に流れこんでくる。体の中で魔力と言葉が絡み合い紐づいて、再構成されていくのを、わたしは感じていた。
「さぁ、これで使えるようになりましたよ」
「ありがとうございます女神様!」
「よく我慢して心眼の力を使わずにいましたね。召喚聖女の魔法は、間違った呪文でも威力が低い魔法が発動します。でもそれが稀に、呪いを生んでしまうことがあるのです……」
「間違った呪文でも、使えるってことですか?」
わたしは不思議に思い、女神に質問した。
「ええ、召喚聖女の魂は2つの世界を跨いでいます。言語の自動翻訳はされますが、呪文に齟齬が起こり、元の世界のそれらしい言葉でも発動自体はしてしまうのです…」
何それ怖いよ!よかった……適当な呪文を人に向けて使ったりしないで。それを聞いて、わたしは青ざめた。
「では聖女ユノよ、私は10年ほど昼寝しますので、あとはよろしく」
ふぁ~と欠伸をする女神。
「待ってください女神様、まだ『心眼』の使い方をきいてません!」
「説明と言われても……心眼は心眼ですわ。聖女の心から生まれる魔法ですもの、顕現する力は人によって違いますから」
女神はそう言うと、唇に指を当て、困ったわぁ、という顔になった。
あっ……ダメだこの女神、他人に説明とかするのがめっちゃ苦手なタイプだ。
「ふふ、でも貴方なら、大丈夫ね」
女神は聖女ユノを見て、フッと微笑んだ。そして『心眼のスキルを授かるのは、聖女を超えた存在、つまり女神の代行者』という、一番大事な言葉を飲み込んだ。この聡明な娘なら、力の使い方を誤ることはないだろう、そう確信して。
「ああ、そうだ。そこの美しい青年を視てあげなさい。今のままでは直に死んでしまいますよ。人間界のことに口出しすべきではないのですが、お菓子のお礼ですわ」
女神はすうっと消えながら、最後に一言そう呟いた。
「青年?、少年の言い間違えかしら?」
レン王子を『青年』と言った女神の言葉を、そのときのわたしは言い間違いだと思い、深く考えなかった。それよりもレン王子を、どう治療しようか?という考えで、頭の中がいっぱいだった。
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