黒い夢を叶えませう
あなたは想い人が死を選んだ時、止めますか?もし止めたらあなたは想い人の夢を潰したことになり、もしかしたら追い詰めてしまうかもしれません。しかし、逆に止めなかったら?死にたい人からしたら助かるかもしれません。だけどあなたは?
結局何が正しいかあなたには判別できますか?これはその判断を迫られた高校生のおはなし。
「おはよー由美ちゃーん?」
馬鹿にするかのように挨拶をしているのは同じクラスの鎌田だ。鎌田は力が強く、喧嘩してばかりいるから先生も逆らえない厄介な奴だ。最近は気弱な女子を標的にいじめているみたいだった。そして今回標的になったのが美術部で静かな性格の由美さん。俺には止める勇気なんてなかった。だから今日も見てるだけ。また最悪な月曜日が始まった。
「…はい!じゃあ今日はここまで!」
先生がそう言ったのと同時に鎌田は俺のところまで来た。
「おい、山井ぃ。お前この後旧校舎の音楽室までこいよ?いいことさせてやるからよぉ。」
ニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべて俺の肩をポンと叩く。めんどくさいが行かなければ殴られる、いつものことだ。だが逆らわなければ何事もなく帰れる。ある意味俺はラッキーなのかもしれない。
はぁ、とため息をつくと音楽室に向かうため重い腰をあげた。
音楽室につくとそこには鎌田とその取り巻き二人、そして由美さんもいた。
「遅かったじゃねぇか。本当だったら一発けじめいれるところだが、今日は気分がいいからよ。」
俺に背を向けたまま鎌田は続けて言う。
「おい!押さえ込んどけ!」
取り巻き達は元気よく返事して由美さんを床に押さえ込む。
「いや!やめてよ!」由美さんは必死に抵抗しているが相手は高校3年の男子。か弱い女子じゃ勝てっこない。鎌田は由美さんの服を脱がし始めた。そこからは最悪な時間の始まりだ。由美さんは鎌田とその取り巻き達に回された。俺も鎌田に誘われたが当然やるわけもなく。
そしてみんなが満足して由美さんが解放されたのは5時間目の終わり頃だった。俺は由美さんの近くで慰めることしかできなかった。
「大丈夫…?ごめん、助けられなくて…」
由美さんは謝る僕の方を見ると優しく笑った。
「いいの、私どうせ初めてじゃないし。前も鎌田にやられたの。これで2回目よ。」
由美さんは笑いながら俺に教えてくれた。俺はなんて言えばいいか分からなくなった。
「あなた、山井くんだっけ?ありがと、今日はこのまま帰るから。」
「あ、でもその服じゃ…!」
由美さんの服は鎌田に破られボロボロだった。
「あはは、これじゃ外でれないね」
「これ!俺のだけど…良かったら着てよ。」
俺は自分が着ていたブレザーを渡した。由美さんは一瞬戸惑ったが受け取ってくれた。
「優しいね、山井くんは。ほんと、あいつらとは違う」
そう言うと由美さんは目の前で着替え始めた。
「うわ!ちょっと!」
俺はあわてて目を隠した。
「別に見てもいいよ?だって犯されてるとこ見たんでしょ?裸くらい見られても平気よ。」
由美さんはケラケラと笑いながら俺をみた。由美さんの体には痣が沢山あった。
「それ…」
俺はつい口に出してしまった。
「ああこれ?この痣ね、鎌田にやられたのと親にやられたの。私の親クソだからさ」
由美さんの目は濁っているように見えた。由美さんはパッと笑顔になると俺に顔を近づけて言った。
「私、死ぬの!」
俺は何を言ってるの一瞬わからなかった。唖然とする俺に由美さんは続けた。
「病気とかじゃないよ!自殺しよっかなぁって。もう生きてても楽しくないし!」
由美さんは俺の隣に裸のまま座った。
「ねぇ?山井くんは楽しい?毎日鎌田にいじめられてて。」
「…楽しいわけないよ。でも…」
俺は途中で言葉が詰まった。由美さんを前にして理由を口にだせなかった。
「なに?言ってよ!ここには私と山井くんしかいないから!」
「…俺は心のどこかで安心していたんだ…。俺よりひどいいじめを受けてる人がいるから…だから俺はまだマシだって!!」
「へぇ…最低じゃん。だから止めなかったの?」
由美さんは音楽室の窓から見える空をみながら呟いた。
「違う!それは…」
「勇気がなかった?」
「…それもあるけど…」
「じゃあなに?」
「…怖かった。怖かったんだよ。」
ポロポロと涙が出てきた。
「ふぅん。じゃあ山井くんは自分がいじめられたくないから止めなかったのか。」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった俺の顔を由美さんはちらっと見た。
「決めた!山井くんは私のお手伝い係ね!」
由美さんは勢いよく立つと手を伸ばしてきた。
「お手伝い…係?」
「そう!山井くんは私の自殺をお手伝いする係!断ったら今のクラスにばらまいちゃうから!」
俺は由美さんがなにを言ってるのか分からなかった。だけどいつものおとなしい由美さんとは違う、今の由美さんに何故か惹かれていった。
「私は自分勝手に生きて、自分勝手に死にたいの!山井くんも自分勝手な理由で人を助けなかった、でしょ?私はそれを責めないよ。誰だって自分が大好きだもの!」
俺は気づいたら由美さんの手をとっていた。
「改めて…私は原田 由美!よろしく、お手伝いさん。」
「山井 祐太…よろしく、死にたがりの由美さん。」
こうして俺は由美さんの自殺を手伝うことになった。
「…ねぇ!聞いてるの?!」
由美さんの声ではっとする。
「もう!昨日約束したでしょ。君は私のお手伝いさん!ちゃんと手伝って!」
「ごめんって。で、なんだっけ?」
「もー!今日は自殺する場所を決めるって言ったじゃん!」
そうだった。俺は今日、学校をサボって自殺する場所を決めているところだった。だけど…
「ねぇ…違うところで話そうよ…。」
「えーだって私の家は親が暴れてるし、君の家は親が厳しいんでしょ?」
たしかにその通りだ。由美さんの親に殴られるのはごめんだし、俺の親に学校サボったことがバレるのも面倒。
「だからといって公園はないでしょ!誰かに聞かれたら警察とか呼ばれちゃうって!」
「平気、平気!ちゃんと公園の端のほうで会議してるじゃん。」
だけどさっきから子連れのどっかの奥さんや、散歩中のおばあさんにはチラチラと見られている。
「さ!続けるよ?」
お手伝いになったことを少し後悔した。
次の日。朝早くから由美さんに電話で起こされた。
「おはよ!今日も昨日の続きするよー。昨日と同じ場所に7時ね!じゃ。」
一方的に要件を伝えられ切られた。一時的だといっても彼女に惹かれたことが恥ずかしくなってきた。
午前7時2分。公園を覗くと由美さんが一生懸命何かやっていた。
「おはよう、由美さん。」
「2分遅刻だよー!」
「ごめん、ごめん。今なにやってたの?」
チラっと由美さんが地面に書いていた何かを見る。そこにはロープ、○○林道、睡眠薬と書かれていた。
「首吊りにしようと思って!他にいるものとかある?」
「○○林道にするの?」
「うん!あそこは暗くていい感じにバレなさそう。もし人に見つかって自殺出来なかったら面倒じゃん?」
「うん…」
俺は由美さんの顔を見れなかった。
「それで…いつなの?」
「うーん…明日かな」
「…早いね」
「未練ないし!早い方がいいよ。」
俺は顔が熱くなった気がした。
「ねぇ、明日遊園地行かない?最後の思い出的な?」
由美さんはケラケラと笑って俺の方を見た。俺は何も言えなかった。俯いたまま唇を強く噛むことしかできなかった。
「…どうしたの?急に。」
由美さんから笑顔が消えた。俺はそれでも何も言えなかった。
「…今だから言うけどさ。私、山井くんのことが好きだったの。」
「話す機会とかなかったけどさ。なんだろうなー優しい雰囲気かな。一目惚れってやつ?」
「恋は叶わなかったけどさー」
由美さんのケラケラと笑う声が二人しかいない公園に響き渡った。
「…まぁいいや。遊園地行かないなら明日決行だ!」
「まって!」
俺は声を無理やり絞り出した。
「…わかった。遊園地行こう…?」
由美さんはクスリと笑った。
「じゃあ明日の10時にクマノコパークに集合ね!」
そう言うと由美さんはさっさと帰ってしまった。
俺は誰もいない公園でうずくまることしかできなかった。
約束の午前10時、由美さんは入り口近くに立っていた。
「42秒遅刻〜」楽しそうに由美さんが俺を小突く。
「行こ!まずはジェットコースター!」
由美さんは俺の手をとると、どんどん引っ張って進んでいく。周りを見渡しても客は俺たちだけだった。
それから由美さんはジェットコースターやお化け屋敷、メリーゴーランドなど…色んな乗り物に乗っては楽しそうに笑っていた。俺はそんな由美さんを見て手を強く握った。
「さてと…いつのまにか4時だよ〜」
ケラケラと笑って俺の腕にくっついてくる。俺が動揺していると由美さんはスッと真顔になって言った。
「次は○○林道だよ。さ、行こう。」
俺は本来の目的をすっかり忘れていた。いや、忘れていたかった。返事は返せなかった。
バスで10分くらい揺られただろうか。○○林道についた。俺はバス停から動かなかった。そんな俺を由美さんが引っ張って連れていった。
普通の散歩ルートから外れ、鬱蒼とした林の中に入っていった。
「ちゃんと君が帰れるように願ってるよ」なんて冗談をケラケラと笑って言う。俺はうまく笑えなかった。しばらくして由美さんが足を止めた。
「うん、ここにしようかな。準備も手伝ってね?」
俺はどうやって準備を手伝ったか、どんな会話をしたか覚えていない。ただ唯一覚えているのは、由美さんが笑いながら準備していたことだった。
「さてと…」
由美さんが可愛らしいバックから水と睡眠薬を出した。俺は座り込んで俯いていた。
「そろそろお別れだね。今までお手伝いありがとう。私は本当に君が…山井くんが好きだった。それだけ最後に伝えたかった。」
そう言うと由美さんは首を縄にかけた。睡眠薬が効いてきているのだろうか、フラフラとしている。
「君の最後の仕事…頼んだよ?」
由美さんが優しく微笑む。夕日が俺と由美さんの影を綺麗に映し出している。
「俺も…俺も好きだった!!だから死んで欲しくない!頼む…生きててくれないか…?」
俺は土下座で懇願した。顔は泥や涙、鼻水でぐちゃぐちゃだった。
由美さんはケラケラと笑った。
「だめ。君は私を殺すの。お手伝いするの。もう決めたこと。」
「なんでっ!自分勝手でいいって言ったじゃないか!俺の自分勝手をもう一度許してくれよ!…頼む……頼むよ…」
返事は返ってこなかった。
あの日から何年経ったか。俺は今サラリーマンとしてがむしゃらに働いている。まだまだ新米だ。
ある日の休日。俺は車をある場所に走らせた。
「ふぅ、着いた。ここ遠いんだよなぁ。さてと…」
「また来たよ。今は午前7時14分。14分遅刻って怒られちゃうなぁ。」
由美さんはこの墓石に眠っている。毎年花を添えにくる。俺は由美さんを殺した事を後悔していない。警察にも自殺として処理された。鎌田も取り巻きも堀の向こう。俺は何が正しかったか分からない。
俺は墓石の前でうずくまって、ケラケラ笑った。
さて、この主人公は想い人の自殺を手伝ったことを後悔していないようです。もし私だったら一生悩まされてしまうかもしれません。
好きな人には何でもやってあげたくなりますが、好きな人を手にかけるのは躊躇います。そこであなたがどうするか、この選択が簡単だと思うか思わないか…正解はないと私は思います。
ここまで読んでくださりありがとうございました。