返答の危機
「ここから見る月はきれいなんだよなあ」
彼は自分を悟るかのようにゆっくりと話し始めた。
なるほど。だからさっきあの窓から月を見ていたのか。そして何度もそれをしているかのような語り口。
「まさか」と思い、ふと思ったことを聞いてみる。
「何回もここで見てるの?」
彼はハッと何かに気付き、私の手を引いて口元を抑える。すごく息苦しい。
この一瞬、私は何が起こっているのかは分からなかった。
その時、廊下から懐中電灯の光がドアのガラスに映ったのが見えた。大きな影も見える。この光が何かも気になるが、それ以上に私は「何回もこの場所に来ているのか」という疑問の返答を聞いてみたい。
警備員が通り過ぎていったのを見て彼は私の口から手を放す。
「すいません」
彼は警備員のほかにもう一つ気づいたことがあるらしい。私が一応先輩だということに。私は彼よりも一つ上だが私の学年でも彼のうわさは広まっている。ということは実質、彼は学校での人気を勝ち得ている。そんな人間と一緒に居てもいいのだろうか。
そして彼は私に話し始めた。
「週に一回はこの場所にいます。でも今日は結構長くいました。後ろからついてきたあなたに気付いていたので」
それを聞いた時私の顔が熱を持ったのを感じた。そして彼の話は続いた。
「本当は今日、学校であなたに訊こうと思っていたことがあったのです。それは何故いつも僕を付け回しているんですか、ということです。学校でもいつも付け回していますよね。僕が話している時もあなたは廊下の角に隠れて手帳に何か書いていますよね。それが気になっていたんです。何が目的でそんな、メモ帳を持ち歩いて僕の周りにいるんですか」
確かに今も、手帳は持っている。彼の目はいかにも真剣だった。月明かりで反射して輝く目が私の方に向いている。私は言わなければいけないのだろうか。付け回している理由を。
私は少し時間をおこうと思った。さすがにすぐに決められることでも、心の準備がいらないことでもない。だからこそ時間が必要だった。
彼の目に威圧されながらも私は目を瞑って考えた。これが今できる私の時間稼ぎであり、情けない自分の行動だった。