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プロローグ:今日
夕陽は、もう沈みかけている。
赤茶けた空は紺色に塗り変わり、往来の人波は徐々に濃さを増していた。
「もうこんなに暗い…」
静かに、彼女が呟く。
2月の空は、未だ春の暖かみを取り戻せず、日の長さを必死に思い出している最中だ。
「あ、何日かぶりに息が白い」
街灯に、息が照らされる。街路樹に残る露が、ちらりと光った。
「まだ春は先だね」
となりの彼女が微笑んだ。
「そうだね。…日も沈んだし、遅くならないうちに帰ろう」
まだ厳しい寒さの中、そんな小さな光を見つけながら、僕達は今までを、今日を、明日を、日常と共に生きている。