第八話 そんなのあったんだ
そんな商品売ってたんだ。
「え?」
流石のゆーちゃんもこの空気に気が付いたらしく、何も無かったかのように窓の外を眺めていた。そんなことで無かったことになるなら俺だってこんな苦労はしない。どうしよう、この場の空気を良い方向にするのが教師であり大人の役目だ。俺がどうにかしないと。
「もうすぐスタバに着くから」
「あ、はい」
一瞬で途切れる会話。そりゃそうだ、だって報告しかしてないんだもん。会話じゃなくて報告なんだもん。なんかさっきよりも空気が重たい気がする。変に会話を繋げようとして途切れたから余計に気まずい。
「夏海も何か買いに行くか?」
「いや、適当に買ってきて」
「適当じゃ分からん」
「立花さんと同じやつで」
どうしてそこで呼び方を変えたんだ。一回そのことを聞かれたからって恥ずかしがることはないじゃないか。そんな状態だと、いつまで経っても特別な関係になんてなれないぞ。俺も人のこと言えないけど。
「ゆーちゃんは?」
「トゥーゴーパーソナルリストレットベンティツーパーセントアドエクストラソイエクストラチョコレートエクストラホワイトモカエクストラバニラエクストラキャラメルエクストラヘーゼルナッツエクストラクラシックエクストラチャイエクストラチョコレートソースエクストラキャラメルソースエクストラパウダーエクストラチョコレートチップエクストラローストエクストラアイスエクストラホイップエクストラトッピングダークモカクリームフラペチーノ」
「うん。一緒に来て自分で注文してね」
そんな長い名前を何も見ずにスラスラというゆーちゃんには恐怖しかなかった。スタバに行くとこれを注文してるってことだよな? 凄くね? ゆーちゃんも凄いしスタバの店員凄くね? ていうか、このトッピングの量だと味なんか分からなくね?
夏海を車に放置して、三人で店に入ることにした。あのメニューの長さでドライブスルーは流石に可哀想だし、そもそも俺が覚えきれない。覚えきれたとしても言いきれない。
「トゥーゴーパーソナルリストレットベンティツーパーセントアドエクストラソイエクストラチョコレートエクストラホワイトモカエクストラバニラエクストラキャラメルエクストラヘーゼルナッツエクストラクラシックエクストラチャイエクストラチョコレートソースエクストラキャラメルソースエクストラパウダーエクストラチョコレートチップエクストラローストエクストラアイスエクストラホイップエクストラトッピングダークモカクリームフラペチーノ一つください」
「トゥーゴーパーソナルリストレットベンティツーパーセントアドエクストラソイエクストラチョコレートエクストラホワイトモカエクストラバニラエクストラキャラメルエクストラヘーゼルナッツエクストラクラシックエクストラチャイエクストラチョコレートソースエクストラキャラメルソースエクストラパウダーエクストラチョコレートチップエクストラローストエクストラアイスエクストラホイップエクストラトッピングダークモカクリームフラペチーノですね。かしこまりました」
噛まずに言うゆーちゃんと、これまた噛まずに注文を繰り返す店員さん。これが日常風景なのか? スタバってそんなに来ないけどこれが日常なのか? 凄いな、俺だったら二日で辞めてる。
「カフェラテ二つとウィンナーコーヒー一つ」
「スターバックスラテ二つとカフェモカ一つでよろしいでしょうか?」
「……じゃあそれで」
得体の知れない恥ずかしさに襲われた。今度来るときはメニューを覚えてから来た方が良さそうだ。いや、コーヒー飲むなら普通の喫茶店で良いや。メニューの名前が難しいし、何よりおしゃれ過ぎて俺には合わない。
商品を受け取った俺は何かから逃げるように足早に車へ向かった。
「お待たせ」
「うん。エアコン切られてたから死ぬかと思った」
「ガソリンが勿体ないから」
俺に怒りの目を向けていた夏海も、凄く嬉しそうにカフェラテを抱えて微笑む立花に目を奪われていた。
「前を見て運転に集中してね」
「分かってるよ」
少しでもゆーちゃんの方を向こうとするとすぐに注意されてしまう。目的地までは我慢しておこう。