08. プロ天然爆弾
友達の家に行くときって、どんな格好をするのが正解なのかわからない。例えば外で遊ぶならば、動きやすさを重視して、ショートパンツやジーンズで行くべきだろう。例えば買い物に行くならば、カジュアルな格好で大丈夫だろう。
だけど、訪問先が家となると、話は別だ。ある程度きっちりして、でも家の中にいるわけだから、くつろげるような服装――はて、そんな服あったっけ。
悩んで悩んで悩んだ挙句、私に選ばれたのは襟付きのシャツワンピースだった。これなら、ある程度常識がある御嬢さん、らしい格好だと思いたい。ワンピースは春らしいベージュの七分袖なので、羽織りものは特にいらないだろう。この時期はもう十分にあたたかい。
休日なので、いつもは特に結んだり巻いたりしない髪の毛を、ハーフアップにまとめあげる。飾り付きのヘアゴムをつけて、精いっぱいのおしゃれが完成した。
人様の家にお邪魔する身として、靴下は必須だ。白い靴下に合わせて、靴は茶色の革靴を。
私がこんなにも、頑張って身を整えているのには、もちろん理由がある。なんと、今日は、秋津さんの家にお邪魔するのだ。
事の次第は、昨日の保健室での勉強会にさかのぼる。
「このままじゃ絶っ対、赤点だよー! 鈴木さん、一生のお願いだから、土日も勉強教えてくださいぃ」
そう叫んで私に泣きついてきたのは、もちろん天谷さん。言葉通り、泣きついてきているので、目にはうるうる涙がたっぷり。その顔やめなさいって言ってるのに……もしや、私が泣かれたら断れないのを見越しているのか……?
私がべったりと張り付いてきた天谷さんを引きはがして、なんとか断りの言葉を考えていると、横から無邪気な声で進藤君が。
「それいい! 土日も勉強会しよーよ」
爽やかな微笑みは、間に合ってますから!
断りの言葉を伝えなければならない人が二人になって、私はさらに頭を抱える。そんな私をマリちゃんが面白そうに見てるけど、見てるくらいなら助けてください。
どうも私は、この素直な二人に弱いようだ。困ったなあ。
「勉強会といいましても、土日はさすがに保健室閉まってるし、図書館じゃ声出せないし……」
「はーい、小春ちゃんの家でやればいいと思いまーす!」
とんでもない提案をしてきた横峰君を、一睨み。こちとら五人家族の一般家庭で、こんな人数を入れられるような大きな家じゃないんですう。
「私の家なら、やってもいいわよ?」
そんな中、一同の視線を引き付けたのは、秋津さんの言葉だった。にっこりと美女の笑顔付きである。えー、この笑顔、怖いんだよなあ……。と思ったのは内緒。
っていうか、土日くらい、一人にさせてくれよ。溜まった本やドラマを見させてくれよ。
そう思って私は、引きつり笑いを浮かべながら、断る口実を探す。
「や、やー、でも、そんな急に秋津さんのおうちも、迷惑でしょ? それに、たまには一人で勉強する方が捗るだろうしさー、」
「ちょうど土日、親が旅行に出かけてて居ないから、迷惑なんかじゃないわよ。みんなで勉強する方が楽しいもの。ね、鈴木さん、いいでしょ?」
お願いっ、と涙目でこちらを見つめてくる天谷さん。やったな、と爽やかスマイル進藤君。たーのしみだなー、とにやにやする横峰君。
四方八方から攻められて、私に断るすべは残っていないのだった。
そんなわけで現在、私は秋津さんの家に向かっているわけだ。秋津さんの家は、私の家から三十分ほど電車に乗ったところにあるらしい。住所を聞く限り、治安のよい高級住宅地であるので、秋津さんはやっぱりお嬢様なんだと思う。
そんなことを考えながら電車に乗っていると、見覚えのある顔を発見した。休日でもイケメンな横顔と、制服ではないラフな格好。カジュアルなパーカーに、短パンを合わせた服装は、彼が着ているだけで、ファッション雑誌から飛び出てきたかのように見える。
……進藤君、こんなところでも爽やか全快なんですね。
声をかけようか迷って、結局は目的地が同じなのだから、と意思を固める。電車にいる若い女のひと達が、ちらちらと進藤君を見ては「かっこいー」「高校生かな? 声かけちゃいなよー」とうわさしている。……やっぱり声かけるのやめよっかな。
私が逡巡していると、なんと進藤君が先に私に気づいてくれた。「鈴木!」と大きな声を出して、にっこり笑う。車内の視線が、一気に私に集まった気がする……。
「お、おはよー、進藤君」
「おはよ! 同じ電車だったんだな。てか、私服新鮮」
「いや、それはこっちの台詞ですって。爽やか爆裂すぎて目が死にそうだよ」
「はは、なんだよそれ」
冗談じゃないんですけどね。
「鈴木はなんか、私服だと大人っぽく見えるな」
そりゃどーも。イケメンからの褒め言葉に、どう反応していいかわからず、肩をすくめてお礼を言う。
傍から見たら、私たち、どう見えているんだろうか。……カップルには見えないのは、よーく存じております。こんな芋女が爽やかジャニーズの彼女だなんて、滅相もございませんので。
だからこそ、私たち、友達にも見えない気がするんだ。さっきまでうわさをしていた女の子たちの視線も感じるし、きっと、どんな関係? と話されているんだろう、あー、やだやだ。
「えーと、そういえば進藤君って、彼女とかいないの?」
訪れそうな沈黙に耐えられなくなって、全然柄じゃない質問をしてしまう。正直、まったく興味ないですが。
「いないよー、ってか、部活忙しすぎて彼女できても構ってる暇ないかも」
「ふーん」
「っておい、鈴木から聞いてきたのに興味なさすぎだろ」
そういって突っ込んでくれる進藤君は優しいと思う。きっと、彼女ができたら大事にするだろう。部活と恋愛を両立できるタイプだよ君は。
我がクラスの肉食女子たちも、進藤君をがっつり狙ってるもんなあ。休み時間、ここぞとばかりに進藤君に話しかける女子は多い。部活に行く前の「がんばってね」の声かけは、進藤君以外の男子にしているのを見たことがないし。
いやー、いつの世も女子は強いですなあ。
「鈴木は? 彼氏いるの?」
「……いや、いるわけないよ?」
「え、なんで? いそうなのに」
いそうなのに、ときましたか。
それも、本当にきょとんとした顔で。嫌味じゃないのが嫌味です。
自慢じゃないけど、生まれてこの方、彼氏ができたことなんて数日しかない。いわゆる元彼という存在は、中学の時の淡いアレ的なアレで一人だし、それも数日で自然消滅してしまった。
モテモテの爆モテであろうあなたとは違うのですよ……。そう言いたい気持ちはやまやまだったけれど、何とかこらえて飲み込む。
「進藤君こそ、いそうなのに」
「いやいや、俺、付き合ったことないもん」
「またまたー」
「いや、マジマジ」
……嘘ですよね???
目が点になっているであろう私の顔を見て、進藤君がけたけた笑う。そんなに驚かなくても、と言われても、これが驚かないでいられるか。
こんな爆イケ……爆発的イケメンが、今まで、彼女がいたことがない、だと??
そんなことが許されていいの? もしそれが本当なら、国の天然記念物に登録されるべきじゃない?
「……進藤君って、本物だよね……」
「え? 偽物なんている?」
その返しまで、ほんと、プロですね。
そう思ったけれど、それもまた、私の心の中にとどめておいた。