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07. 魔王の思惑


「だっから、これは覚えないとダメだって言ったよね、天谷さん」

「だぁってぇぇ、無理なんだもん……」

「やろうとしてないだけでしょうが」


 うえーんと泣き真似をする天谷さん。もうだまされないぞ。その手は通用しないんだからね。

 私と天谷さんの古典勉強会がはじまってから、何度も泣き寝入りされてきたのだ。最初は単語が覚えられない泣き真似、次は文法が覚えられない泣き真似、次は活用が覚えられない泣き真似である。……いい加減、私も耐性がついてきた。


 勉強会をはじめて、もう三日目なのだ。といっても、一日目はソフトボールの練習があったので、昼休みの時間だけだったけど。昨日は授業が終わってからみっちり三時間、古典漬けしたし、今日だってわざわざ、私の使っているテキストを家から持ってきた。

 なのに、何故いっこうに読める気配がしないのか。


「鈴木、スパルタだなあ」

「鈴木さん、もう少し優しくしてあげたら?」

「そーっすよ、小春ちゃん、もっと優しくしないとー」

「進藤君、秋津さん、横峯君、三人ともちょっと黙ってて」


 ……そうなのだ。

 なぜか、昨日から、進藤君が『鈴木、古典勉強会してるんだって? 保健室でやってるんだろ、俺もいれてよ』と仲間になり、それを見た秋津さんが『私もぜひ、参加したいな』とついてきて、今日に至っては、たまたま遊びに来た横峯君が『なーんか楽しいことしてるー! 俺もいーれてー!』と謎に輪に加わっているのだ。

 ……改めて大人数すぎるし、約一名、勉強する気すらない人いるけど。


 私と天谷さんが勉強場所に選んだのは、保健室だった。ここなら喋っても怒られないし、部活動が休止しているテスト週間中は、怪我をしてくる人も少ない。誰にも邪魔されない場所を選べたと思っていたのに、全然邪魔されている。

 テーブルは、私、天谷さん、進藤君、秋津さん、横峯君、そしてマリちゃんの六人で満員だ。 


 私と天谷さんは古典のテキストを開き、進藤くんはそれを覗き込みながら何やら自分のノートにメモをしている。まあ、それは良しとしても、だ。秋津さん、あなたは数学の勉強するなら家でやればよくないですかね!? そして横峯君は、もはや学年違うし、勉強すらしてないよね!?


「うぅ、鈴木さん、もう一回教えてください……」


 天谷さんは、誰一人として知り合いがいない中……というか、他人に囲まれている状況でも、律儀に学ぼうとしている。気にならないのだろうか。


 私たちのそんな様子を見たマリちゃんが、ふふっと笑って言う。


「ほんと、小春ちゃんって面倒臭がりなくせに面倒見が良いのよねえ。お姉ちゃん気質っていうか」

「あ、それ俺もわかる気がする」


 マリちゃんの言葉に賛同したのは進藤君だ。まあ、進藤君のことはこの二ヶ月で、何回手当てしたか数えられないくらいだからな。別にお世話したくてしてるわけじゃないけど、進藤君はたしかに、何度も面倒を見ている。

 だけどマリちゃん、普通はそういうの、年上がなるもんだと思うけど。そう思って恨みがましい視線を送ると、気づいたマリちゃんがてへっと舌を出した。あんたはペコちゃんか。


「鈴木さん、やっぱりクラスでも頼りにされてるんだね」


 天谷さんがそう言って、きらきらした目で見てくるけど、それは本当に誤解だからやめてほしい。それを言うならクラス委員を務めている秋津さんだろうに。


「もう、いいから。天谷さんは、とりあえず、五分後に昨日覚えた単語のテストするからね」

「えええっ、そんなぁ!」

「進藤君もこの際一緒にテストするから、単語帳ひらいて!」

「え! 俺も!?」


 慌てて単語帳をめくり出す二人。根が素直な二人のことはまあいいのだ。

 問題は、後の二人。秋津さんはいつ魔王になるかわからなくて怖いし、横峯君は何考えてるのかわからなさすぎて怖い。


「ねー、小春ちゃーん、ひまなんだけどー」


 そう言ったのはもちろん横峯君だ。さっきまで対面していたはずなのに、気づけば私の真後ろにいて、ぎゅっと私の首に腕を絡ませてきた。甘えるその姿は弟みたいで、ちょっと可愛いような気もするけど、――セクハラですこれ。


 私がそう思い、注意する前に、その腕の拘束はなくなった。というか、進藤君が立ちあがり、横峯君を私から引っぺがしてくれたようだ。


「横峯っ、お前また鈴木にちょっかいかけて! やめろってば!」

「えー、なんでっすかー。進藤先輩には関係ないじゃないっすかー」


 顔を突き合せればすぐ喧嘩をするこの二人。今も、取っ組み合いを始めてしまった。……進藤君、単語覚えなさいって言ったよね、私。

 もはや呆れてその姿を見ていると、くすっと笑う人が一人。優雅に数学を勉強していた秋津さんだ。ちなみに、天谷さんは必死に単語帳を見ている。けなげである。


「ふふっ、進藤君は鈴木さんのお父さんみたいね」

「……はあ?」


 思わずそう言ってしまったのは、秋津さんがあまりに意味のわからないことを言うから。おとうさんん?

 

「気に入らない彼氏を連れてきたお父さんってそんな感じでしょ? ……それとも、進藤君は鈴木さんのことが好きなのかしら?」


 秋津さんのほほ笑みに、私はなぜか背筋に寒気が走った。こ、こわい。何が怖いのかもよくわからないけど、なんか、怖い!!

 そして、言ってる意味も、またまた全然分からない。突拍子がなさすぎるし、そんなことをクラスで言われた暁には、私は孤立すること間違いなし。ボッチ修学旅行の道が見えた……。

 悲しい未来を想像して引きつり笑いを浮かべた私。そんな私に対して、進藤君はあっけらかんと言葉を投げた。


「え? 鈴木のことは好きだよ。しっかりしてるのに、なんか面白いから」


 あっさりとした言葉に、違う意味で私は肩を落とす。がっかりしたとかじゃなく、心配するまでもなかったな、という気持ちで。

 進藤君にとって、男も女もないのだろう。さわやかイケメンは男女の区別などなく、平等に仲良し、優しく、博愛主義なのだ。……それとも、私が女子として認識されてないだけ……?


「なーんだ、そうなのね。じゃあ、横峯君は? そんなに鈴木さんにかまうなんて、鈴木さんのこと、好きだったりするの?」


 秋津さんがくるっと方向を変えて、横峯君に向き合う。秋津さん、あんた一体何がしたいんだ!

 私がいい加減口を挟もうとしたところで、横峯君も明るく笑った。


「小春ちゃん可愛いし面白いから、俺もすきー! ……でも、秋津先輩も、天谷先輩も、すっげー可愛いから、すきだよー」


 ……そういえばこいつ、手に負えないチャラ男だったわ。

 学校内で横峯君を見かけることがたまにあるけれど、いつだって女の子を侍らせて歩いている。しかも、女の子はいつも違う子を連れて。この子、男の子の友達いないんじゃないかしら、と思わざるを得ない。


 横峯君の言葉に、秋津さんは一気に興味を失ったようで、「はいはい」とぞんざいにあしらっていた。天谷さんは、横峯君の言葉なんて耳に入らないくらい集中しているし。

 みんな、天谷さんを見習ってちゃんと勉強してください。

 私がそう思ったのは仕方がないことだと思う。……早くテスト期間終わらないかなあ。



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