06. お勉強しましょう
球技大会が二週間後に迫る中、同じくして中間テストも近づいていた。この時期は、テスト勉強のための
とテスト期間であり、球技大会の練習も同時進行で行わなければならないという、スーパーハードな時間である。何って、球技大会が中間テストが終わった次の日にあるのだ。おちおち勉強だけしてるわけにもいかない。
まあ私は、誰かさんの策略のおかげで、ソフトボールの補欠要員なもので。練習そのものにはあまり参加しないけれど、顔を出さないわけにもいかない。クラスではこれといって親しい友達はいないけど、あまり孤立したくもない。……なぜなら、高校二年生は修学旅行があるからね!
というわけで、このテスト週間中は、放課後のお留守番はお休みしている。まあ、テスト週間は部活も休止なので、マリちゃんも基本的に保健室にいることが多いから、ちょうどいいってわけである。
だから、私としては、早く家に帰ってゲームや漫画を読みた……じゃなくて、勉強したり、ソフトボールの練習に顔を出したりしたいんですが。
今、私の目の前にいるのは、いつぞや生理痛で保健室にきた天谷さん。可愛い目に涙をためて、今にも泣きそうなのをこらえている様子。……何で?
「あのー、天谷さん? ど、どうしたの?」
「うっ、うぅ、鈴木さぁん……!」
私が声をかけた途端、こらえていた涙腺が決壊したらしい。天谷さんの目から、ぶわーっと涙が滝のように出てきて、私に抱き着いて泣き始めた。それはいいんだけど、ここ、廊下なんですけど。今まさに下校中で、ものすごく人口密度も高くて、まあ要するに、目立っているのですけれど。
「勉強っ、教えてくださぁぁぁい」
天谷さんに抱き着かれながら、また面倒なことに捕まったなあ、と、私は遠くを見つめた。
*** *
「――つまり、この中間テストで赤点を取ると、塾に行かなきゃいけなくなり、部活に参加できない、と」
「そうなの……」
「それが分かってたなら、何でもっと前から準備しておかなかったの? あと一週間しかないよ」
「ううっ、それはそうなんだけど……忙しかったし……」
「言い訳だよねそれは」
「鈴木さんが厳しいぃ」
いまだに涙目の天谷さんを、一旦連れて行ったのは、もはや安定の保健室。マリちゃんが紅茶をいれてくれたので、それを飲みながら話す。ちなみに、お茶菓子はマリちゃんが男の先生から『もらった』という高級そうなクッキーです。絶対、その先生マリちゃんに気があると思うぞ。
高級クッキーをむさぼりつつ、天谷さんをちらと見つめる。天谷さんって、なんだかマリちゃんに似てるんだよなあ。だから何となく、むげにできないというか。
「そもそも天谷さんって何部なの?」
「吹奏楽部だよー。すっごい練習きついし、厳しいけど、結構強いんだよ」
吹奏楽部は確かに、文化部の中でも練習がきついことで有名だ。噂によると、走り込みなんかもあるらしい。根っからのインドアである私からしてみれば、そんな恐ろしいことはない。
「でもさ、同じクラスの人に勉強教えてもらえばいいんじゃないの? それか、先輩とか」
「理系クラスだから、文系科目はみんな苦手なんだよー……。先輩は今年受験生だし、申し訳なくて……」
天谷さんの赤点常連科目は、主に古典らしい。まあ確かに、古典は最初に躓くと結構大変だよね。
それに、理系の人って比較的国語が苦手な傾向にあると思う。もちろん逆もしかりで、私は数学が苦手中苦手なんだけれども。
だからって、なぜ私なのかはわからないけど。
私が疑問に思っているのを察したのか、天谷さんが捨てられた子犬のような目をしてすがってきた。
「あのね、私が知ってる文系の人の中で、鈴木さんが一番頼れるっていうか、しっかりしてそうっていうか……とにかく、お願い……! 鈴木さんしかいないの!」
……ここまで言われて、断れる人なんているのだろうか。
というか、この春気づいたことだけれど、私って案外押しに弱い。というか、断れない。というか、ちょろい?
マリちゃんのことも、天谷さんのことも。自分が思っているよりも、おせっかいなのかもしれない。
「……私は、やるって決めたらスパルタだからね。あと、マックで一回奢ってもらうから」
「え、やってくれるってこと!?」
「それを読解するのが国語力だよ、天谷さん。あ、あと、月曜と水曜は球技大会の練習あるからパスね」
「っ鈴木さん……!!!」
ありがとうう、と叫びながら、また抱き着いてくる天谷さん。なんか憎めないというか、この調子のよさ、マリちゃんにそっくりだ。
それを見たマリちゃんは、にやっと笑っているけど。……他人事みたいに見てますが、あなたも同じですよ。
「ほんとはね、もっと鈴木さんと仲良くなりたいなっていうのも、理由の一つなんだよ」
そうやって私の耳元でささやいた天谷さんは、なかなかの策士だと思う。
くそう、可愛いじゃないか、おい。