04. 肉がはみ出てるロールキャベツ
その後、押し倒されていた名も知らぬ女の子は、大して恥ずかしがるそぶりもなく、「バレちゃったならしょうがないね~かえるわ~ばいばーい」と帰っていった。いや、こいつを残していくなよ。そう思ってしまうのも仕方ない。
残されたのは、はだけた服をゆるゆる着なおす横峯君と、衝撃で動けない私。……えーと、つまり、この保健室でよからぬことをしようとしていた、のだろうか。
チャラそうチャラそうとは思っていたけれど、思っているよりもずっと肉食系だったらしい。今はロールキャベツ系男子とかいう、草食かと思いきや肉食! みたいなのが流行っているらしいけれど、完全に肉がオーバーしている。
仮にもここは学校なんですけど、知ってるかい。
「小春ちゃんのせいで今日の予定パーになっちゃったよ、どーしてくれんのさー」
「いやいや、私のせいじゃないでしょ絶対。学校ですからここ。保健室ですから。そういうことはそういう場所で勝手にやってください」
「えー、お金がない生徒の気持ちと、スリルを楽しみたい俺の気持ちを考えてよー」
「前半はまだかろうじてわかるが後半は意味が全くわからん、よって却下です」
「つーめたーい!」
わーわー言っている横峯君をあしらいながら、これはマリちゃんに報告すべきだろうかと考える。普通に考えたら報告すべきなんだろうけど、未遂に終わったわけだし、私が注意すれば収まる……かなあ。あまり告げ口のようなことは、気が引けるし。
「……横峯君、もう二度とこういうことのために保健室を利用しないって約束してくれたら、マリちゃんには言わないであげる」
私がそう言うと、横峯君はきょとんとして。言っている意味がわかんない、みたいな顔をしている。
……いや何でだ。
「せんせーは俺がこういうことするために保健委員になったの知ってるよ?」
「はあ!?」
「ダメって言われたし、放課後も小春ちゃんがいるし無理っぽかったけど、今日来たらたまたまいなかったからさー、チャンスだ! と思って」
何を言っているんだこの男は。
さも当然、みたいな顔をして笑う横峯君。ここまで話して気づいたのは、彼の常識と私の常識が違い過ぎるということ。彼とは一生分かり合えないだろうということ。
「……でもさー、確かに、せんせーにチクられたらめんどくさいんだよねー。絶対説教されるしさ」
「ならもうやめなさいよ」
「えー、でもさびしーんだもん」
だもんとか言うな、男子高校生にもなって。
「あのねえ、別に横峯君が寂しいのは勝手だし、女の子と遊ぶのは良いけど、学校を使うなって話なの」
「だーって、一番手っ取り早いし、楽しくない? 小春ちゃん、わかんない?」
「わからないしわかりたくもないわ!」
お盛んな二人のせいで乱れたベッドを直す。くっそう、病人が使ったあとのベッドメイキングは何とも思わないのに、今日はなんかむかつく。それも、この軟派な男のせいだ。
そう思いながら、シーツを引っ張って直していると、後ろから横峯君が近づいてきた。そのことには気づいたけれど、相手にするのも面倒で、無視してシーツの皺を伸ばす。……あーあ、アイロンかけた方がよいかもなあ。
「ね、小春ちゃん」
「何よ、今あなたが乱したベッドを直すので忙しいんだけど」
「……小春ちゃんさー、よく、無防備だって言われない?」
「はあ? 言われないし、っていうか、そろそろ敬語使いなさいって――」
シーツをベッドの端まで伸ばし終わったそのとき、背中を軽く押された。前傾姿勢になっていた私は、簡単にベッドに倒れてしまう。背中を押したのが横峯君だと気づいたときには、横峯君は私の背中から覆いかぶさっていた。
状況を理解できないなりに、頭の中で警報は鳴っていた。……なんか、やばい気がする?
「ちょっ、横峯君!?」
「はいはーい、大人しくしてね、小春ちゃん」
慌てて体を起こそうともがいても、横峯君がかぶさっていて、どうにも動けない。何とかうつぶせから仰向けになったけれど、それはそれで、横峯君の顔がすごく近くにある状況で、――もしかして大ピンチ?
横峯君を見上げる形で、というか、彼に押し倒されている形で、しばらく無言の時間。まじまじと横峯君の顔を見ると、思っていたよりも端正なことに気がついた。髪色だったりピアスだったりで派手なイメージがまず残るけど、顔立ち自体はすごく、シンプルで整っている。
今はやりの塩顔というやつだろうか。我がクラス一のイケメンである進藤君がジャニーズ顔だとしたら、横峯君はモデルさんみたいな顔だ。うーん、これは女子に人気が出るのもわかるかも。
そんなことをのんきに考えていると、真上の横峯君が、なんだか変な顔をしていた。
「小春ちゃんさ、ほんとに大人しくなっちゃってどーすんのー」
「いや、どうもしないけど」
「今俺に押し倒されててヤバイ状況なの、わかってる?」
「わかってるならどいてくんない?」
「やーだ」
くっそ、なんだこいつ。ちっと舌打ちしたくなる衝動をこらえて、横峯君をにらんでみる。そのにこにこ笑顔は崩れない。こんなときでもその顔か。
「ねー、小春ちゃんが相手してくれるなら、俺、保健室でこーゆーことすんのやめるよ?」
「そんな手に引っかかると思ってるの?」
「やーだなー、素直じゃない子はめんどくさくて」
面倒だと思うならさっさと開放してくれませんかねぇ。
そろそろ急所でも蹴って逃げ出そうか。最終手段を考え始めたとき、保健室の外向きの扉が開く音がした。
「失礼します! 鈴木か先生いま――……え?」
面倒なことというのは重なるもので。その声は、まぎれもなく、うちのクラスのナンバーワンイケメンの進藤君だろう。
そして、私が倒れている……というか押し倒されているベッドは、カーテンが開かれている今、進藤君のいる扉から丸見えだった。私からは上に乗っている横峯君のせいでわからないけれど、おそらく私のことも見えているはず。
「あーあ、また邪魔が入っちゃった」
ちぇっと肩をすくめた横峯君を、ぐいっと押しのける。さすがに進藤君がいる状況でこのままというのも、立場がない。横峯君は、思ったよりもスムーズにどいてくれた。
そのことに安堵しつつ立ち上がり、進藤君を見ると、口をぽかんと開けて固まっている。
「えー、と、進藤君。また怪我?」
「あ、うん、足ひねって……じゃなくて!! な、なにそいつ、鈴木の彼氏!? っていうかここ保健室だよな!? 何してんの!?」
目を白黒させて質問攻めする進藤君。本当に厄介な人に見られてしまった。進藤君は、一度きになったことは解消するまで付きまとうタイプだ、たぶん。
なんて説明しようか私が悩んでいると、ベッドに腰かけたままの横峯君が、「はいはーい」と声を出した。
「どーもー、小春ちゃんの彼氏でーす」
「って違うから。保健委員の一年生で、彼氏でも何でもないし、さっきのは横峯君がふざけただけで」
「えー、ふざけてないのにー。この人来なかったら、小春ちゃんは俺の腕の中にいたのにー」
「横峯君、一回黙って」
話が進まないし、進藤君は足をひねっているなら早急に治療が必要だと思う。そう思って進藤君を見たら、なぜか急いで靴を脱いで保健室に入ってきて。え、捻った足でそんなに急いで大丈夫なのか。
そう思ったのも一瞬で、私はぐいっと進藤君に腕を引っ張られた。その衝撃で足場がふらついて、転びそうになったところを進藤君が支えてくれた。感謝するべきなのかもしれないけど、あなたが引っ張ったから転びかけたんですが!?
そう思って抗議しようとしたところ、気づいたら進藤君の背が前にあって。バリケードのように、私と横峯君の間に進藤君が立つ。……いやどんな状況!?
「一年、鈴木に変なことするなよ!」
一連の流れに驚いていた横峯君が、進藤君のその言葉に反応した。笑顔はそのままなはずなのに、目が笑っていないように見える横峯君。笑ったまま、口を開いて。
「えー、先輩こそ、小春ちゃんの彼氏じゃないっすよね? 口出す権利ないと思うんすけどー」
「うるさい、黙れ! とにかく鈴木に手出すな!」
「俺が手出したいなって思ったら手出しますよー、止められても止めないっす」
にこにこした横峯君と、怒っている進藤君。そんな二人を見ながら、私は思う。
進藤君はさっさと治療させてくれないかな、あと横峯君は私にも敬語使えよ、と。