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03. 後輩は敬語を使うべき


 保健委員の仕事をご存知だろうか。宇相谷高校の保健委員は、主に養護教諭のアシスタントが仕事である。例えば、休み時間。来室者が最も多い時間といえる。養護教諭一人では、手当や処置をするだけで手いっぱいになるので、来室者の記録簿は保健委員が書くことが多い。

 保健委員は、各クラスから男女一人ずつが選抜されているので、全学年で五十人近く。クラスごとにペアになって、シフト制で休み時間ごとに仕事が振り分けられているわけだ。


 しかし、保健委員に立候補する人は少ない。まあ、二週間に一回ほど、休み時間が失われるのである。図書委員の次に人気がないといっても過言ではないだろう。

 美化委員は委員会のある日にしか仕事はないし、放送委員は、好きな曲を流したい人に需要があったりする。クラス委員は正義感やら責任感が強い人が立候補するし、風紀委員は一部の層に人気がある。運動委員はもちろん、運動部の人が多い。

 保健委員は、全委員会の中で最も微妙な立場といえるだろう。


 そんな保健委員になる人の理由は、主に二つに分けられると思う。一つ、委員会に入ることで内申点を稼ぎたい。まあこれはね、健全な高校生として立派な理由の一つである。さてもう一つは、――押し付けられた、という理由である。


「ってなわけでねー、今年の保健委員はみんなサボり癖がすごいのよぉ」

「ふーん」


 と、以上のことをだらだら説明していたのはもちろんマリちゃんである。今は昼休み。私は、保健委員でもなんでもないけれど、マリちゃんとお弁当を食べるべく保健室に来ている。

 食事時に保健室に来る人は、実は少ない。なぜならみんなご飯が食べたいから。

 昼休みでもないただの休み時間に、人口が集中しているのだ。だから絶対、その時間には保健室に行かないと私は決めている。……だってこき使われるのが目に見えているからね!


「前任の養護教諭の人が、割と年配の女性だったでしょ? その人のときは、みんな怒られるのが怖くて真面目に仕事してたらしいんだけど、わたしになってから、サボる子が増えたの! なんでなの!?」

「……そういうマリちゃんの性格とかが、なめられているからじゃない?」

「なんですってええ」


 ぷんすか怒っているマリちゃんだけど、怒っていても全然怖くない。そりゃね、みんなサボるわけだよ。

 私はお弁当の卵焼きをもぐもぐしながら考える。でもさ、マリちゃんはすでに生徒から人気が出つつあるんだよな。童顔と、主張の激しい胸。男子からはシンプルに好かれているし、女子からも「優しい」「話しやすい」という理由で、じわじわと人気が広まっている。

 うーん、これで、マリちゃんのことを休み時間に手伝ってくれる人が増えればいいけど。あ、私は手伝いませんよ、給料発生しないですし。


「あ、でもね、小春ちゃん。一人だけ、さらに例外がいるの」

「例外?」

「そう。あのね、あの子は――」


「せんせーっ、遊びに来たよー!」


 保健室の扉を勢いよく開けて、突然入ってきたのは、見覚えのない男の子だった。大人しい校風の宇相谷高校では珍しい、明るい髪色。明らかに脱色しているだろうその髪は、ふわふわとおしゃれにセットされている。この距離からでもわかるくらい、ピアスがじゃらじゃらついていて……怖い。

 明らかに自分と違う人種の登場に、声も出せないでいる私。その横で、マリちゃんは、大きくため息をついた。


「横峯君、扉は静かに開けてちょうだいって、いつも言ってるでしょ」

「えー、せんせー、怒ってんの? 怒った顔も可愛いねー」


 な、なんだこいつは。

 見るからに軟派な、というか、そう、軽い。言葉もだけれど、態度も、表情も、すべてが。

 マリちゃんをちらっと見ると、珍しく眉間にしわを寄せている。マリちゃんがこんな顔するなんて、かなりレアだ。……一体こいつ、マリちゃんに何をしたんだ。


「あれ、っつーか誰かいるじゃん。初めましてー?」


 ばちっと目が合ってしまった。軽い彼が、にっこり笑う。その笑顔だけ切り取れば、可愛いと言えなくもないのに。顔以外の全て――髪色だとかピアスだとか制服の着崩し方だとか、すべてが、台無しにしている。

 というか、これは挨拶を返すべき、なんだろうな。


「初めまして、?」

「小春ちゃん、彼は保健委員の、横峯裕也よこみねゆうや君。一年生だから、後輩ね」


 保健委員。驚きを隠せない。

 この人、保健委員なの!? 正直、全然保健委員っぽくない。私のイメージする保健委員は、クラスで目立つこともなく、地味すぎることもなく、というポジションの人がなるものだ。

 こんな、軽そうな人が、保健委員!?


「その顔、俺が保健委員で意外って顔してるでしょ。失礼しちゃうぜ、まったくよー」

「……ほんとに、保健委員なの……?」

「そーだよー」

「……っていうか、私、一応先輩なんですけど……」


 まったく敬語を使う様子がない横峯君に、そっと苦情を申し出てみるものの、けたけた笑ってスルーされる。おいこら一年、話を聞かんかい。


「横峯君はね、保健委員の仕事はサボらないの。……ただ、保健室に来ても、仕事はしてくれないのよねぇ」


 マリちゃんが困ったように言う。どうやら、先ほど口走っていた「例外」は横峯君のことらしい。……規格外すぎる一年生だなあ。

 そんなマリちゃんの言葉に、何も感じないのか、にこにこしたままの横峯君。人懐っこいその笑顔は、周りの人に好かれることだろう。しかし、仕事をしないなら委員会に入らなくてもよかったのでは。


「俺、せんせーと話しに来てるだけなんで!」

「と言いつつ、授業中もただサボりに来てたりするの。たちが悪い子なのよ」

「やだなー、そんな褒められても困るなー」

「……マリちゃんは褒めてないと思うけど」


 なんだかよくわからないけど、変わったやつだな。というのが、そのときの横峯君の第一印象。

 決して良いわけじゃないけど、悪いわけじゃなかった。――そのときまでは。


   *** *


 その日の放課後は、留守番を頼まれていた……のだけれど。クラスの掃除当番があることをすっかり忘れていて、予定の時間よりも二十分ほどおそくなってしまった。

 マリちゃんには先に連絡して、「先生不在です」の看板をかけて、部活に出かけたらしい。少しの時間ならいいけれど、あまりに長い時間、不在にするのはよろしくない。放課後は、意外と人が来るのだ。

 廊下を全力で走りながら(良い子は真似しちゃいけません)保健室に向かう。私のクラスがある文系棟と、保健室のある本館は少し距離が離れているから、軽い運動だ。


 保健室についたときには、私は肩で息をするようになっていた。ひいひい言いながら、保健室を見る。マリちゃんがかけた看板は、同じようにかかっていて。ほっとして、扉を開けた。

 

 室内には、誰もいないようだ。間に合った、よかった。お金をもらっている以上は、ちゃんとしたい気持ちがあるわけで。

 一息つこうと、荷物を机の上に置いた、そのとき。

 

「んっ……」


 ベッドが設置されている保健室の奥から、声が聞こえてきた。視線をやると、いつもならば開けてあるはずのベッドのカーテンが、閉じている。ベッドの使用表には、何も記載がない。

 私がいない間に、気分の悪い人が来て、ベッドを使ってるのか?

 申し訳ないことをしてしまった。この前の天谷さんみたいに、お腹が痛い人だったら、違うベッドの方があたたかい。湯たんぽも用意できるし、声をかけてみよう。


 そう思って、ベッドに近づいて。


「あのー、こんにちは。保健室の留守を任されてる者ですが、具合悪かったら、よければ教えてほしくて……」


 カーテンを開けた。


 ――最初に目についたのは、見覚えのある明るい髪色。それと、妙に面積の多い肌色。……あれ、制服ってこんなに露出してるものだっけ。そんな風に考えたのもつかの間、続いて、女の子の驚いた顔が目についた。

 私の脳が、男の子が女の子を押し倒している構図だと理解するのには、数秒かかった。制服は見事にはだけていて、今のところドラマや漫画でしか見たことないような、恋愛シーンが、目の前に。

  

 ……いやあの、どういう、状況でしょうか。


「……あっれー、えーと、誰だっけ。確か……こはる、ちゃん?」


 男の方の声に、聞き覚えがあった。確か、今日の昼休み、同じ声を聴いた。

 チャラくて、軽くて、適当な、やけに伸びた声。名前は、確か――


「横峯君……何してるんですか」

「えー、見てわかんない?」


 規格外すぎる後輩は、見かけ以上に肉食らしい。



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