02. だって女の子だもん
保健室の留守番をはじめてから三日が経った。初日は、クラスメイトの進藤君が来て。その日はそれ以外特に訪問者もなく、呆気なく終わった。
次の日は、部活動で怪我をした人が立て続けに二人保健室にやってきて、私はドキドキしながらも、何とか対応できた、と思う。
そして今日。授業が終わって、生徒たちが帰って、一時間くらいたったころ、彼女はやってきた。
「失……礼します……」
聞こえたのが奇跡というくらいの小さな声で、その女の子は保健室の扉を開けた。私はというと、ちょうど読書に勤しんでいたところだったので、少し反応が遅れてしまう。
本の世界から顔を上げて現実世界を見ると、保健室にちょうど入ってきた女の子。その子は私を見ると、少し驚いたように目を見開いた。そうして、室内を見渡す。
不安そうなその顔を見て、私もなんだか不安になった。何か緊急の用事かもしれない。
「えっと、私、梅村先生の留守を任されている者です。どうしましたか?」
「あ……先生、いないんだ。そっか……」
彼女は明らかに体調が悪そうに見える。パッとみたところ、怪我をしている様子じゃない。むしろ、前傾姿勢になってお腹を押さえている姿を見るとーー
「お腹、痛いの?」
私の問いかけに、ぴくりと反応すら女の子。なるほど、やっぱりそうなのか。
「わかったの……?」
「いや、ただの勘です。えっと、とりあえず、こっちまで来て椅子に座ってください。あ、横になった方がいい?」
「うん、できれば寝っ転がりたい……」
「わかった。こっちのベッド使ってください」
保健室にはベッドが三つある。一つは普通のベッドで、もう一つは簡易タイプのベッド。そして最後の一つである、私が彼女に勧めたベッドは、敷き毛布が付いているベッドだ。
お腹が痛いときは、まずは体をあたためることが最重要だ。湯たんぽももちろんあるけれど、どうせ横になるなら、温かいベッドで寝た方が良い。
「このベッド、もう少ししたらあたたかくなるから。それでもまだ寒かったら、湯たんぽ用意するから言ってください」
「えっ、そうなんだ……ありがとう……」
「いえいえ。あ、クラスと名前と出席番号だけ教えてもらえますか?」
「えっと、2年F組の天谷うららです。出席番号は2番」
「あまや、って、天の谷で漢字あってる?」
こくりと頷く天谷さん。栗色のボブヘアーが印象的な、可愛らしい彼女は、同い年らしい。愛らしい見かけによらず、理系クラスだ。
宇相谷高校は、二年生から文理選択があり、完全にクラスが分かれる。ABCD組は文系で、EFGH組は理系である。どうしても、男女比は文系が女子多め、理系は男子多めになってしまう。しかも、文系と理系では棟まで離れてしまうので、一年で同じクラスではなかった理系の人のことは、本当に顔もわからないのだ。
「あなたは何年生なの?」
ベッドの利用記録表に記入して、来室者の記録もまとめて書いていると、天谷さんからそんな質問が。
「私は、2年C組の鈴木小春です。同い年だね」
「えっ、そうなんだ……!すごいしっかりしてるから、てっきり先輩かと思っちゃった」
「そんなことないよ。梅村先生にいろいろ仕込まれてるだけ」
さっきまでは血の気がなかった天谷さんの顔色が、少しずつ良くなっている。よかった、横になって正解だったみたいだ。
でも、困った。今が授業中なら、次の時間まで寝てていいよ、と言えるのだけれど、もう放課後。いつまでだって眠れてしまう。
けれど、彼女も帰りたいだろう。この場合どうすればいいのだろうか。
「鈴木さんは、保健委員なの?」
「ううん。っていうか、まだ委員会決めてないよ、うちのクラス」
「え、そうなんだ。私のクラス、もう決めたよ」
「へえ、早いね。えーと、F組は、先生誰だっけ」
「高槻先生だよ。もう、すっごく頭堅いの」
そんなたわいもない話をしていると、だんだん天谷さんの表情にも余裕が出て来た。そのことに安心しつつ、天谷さんに白湯を出してあげる。体の内からあたたまるのが一番だ。
そこで私は一つ気づく。天谷さん、もしかして、もしかするとーー
「天谷さん、もしかして生理痛?」
私の突然の言葉に、天谷さんはまじまじと私を見つめ返して来た。大きな目をこれでもかと見開いている。
「どうしてわかるの……!?」
「いや、これこそ何となく、勘です」
「ええっ、鈴木さんって、すごいんだね……!」
天谷さんはずっと同じ姿勢で寝ているようだった。背中を丸め込むような姿勢で私と話す姿を見ると、腹痛を横になって対処する一定の方法があるように見えただけ。
生理痛って、女の子には毎月訪れるものなので。それぞれ、自分流の乗り越え方があるのだと思う。
ちなみに私の場合、痛みはそこまで酷くはないけれど、やたらめったらニキビができる。あとは暴飲暴食。こればっかりはどうしようもできない。
「私、生理がすっごい重たいの。もう、何か産まれるのかな?ってくらい痛くて。毎月のことだし、いつもは乗り越えれるんだけど……」
「今回は突然きたんだ?」
「そうっ、そうなの!」
これでもかと頷く天谷さんに、おもわず笑ってしまった。でも、それならきっと、いつもは薬を飲んで乗り越えていたのだろう。
でも、保健室では基本的に、内服薬をあげられない決まりとなっている。怪我などには対応できても、腹痛だったり頭痛だったりは、ベッドで横になってもらうくらいしかできない。
うーん、でも……。
私は天谷さんをちらっと見た。きっと本当に重たい症状なのだろう。歩くのも辛そうだった。
……よし。
「天谷さん、これ、よかったら飲んで」
私が天谷さんに差し出したのは、私が持っていた市販の鎮痛剤だ。いつ生理がきてま大丈夫なように、日頃から持っているのだ。
「え、でも、これ……いいの?」
「うーん、厳密に言うと、保健室ではお薬は出せないよ。でも、これは、私から天谷さんに個人的なプレゼントってことで。内緒ね」
マリちゃんにも秘密にしておこう。悪いことをしたとは思わないけど、特別扱いしてるのと同じことだし。
そう思っていると、気づいたら天谷さんが泣きそうな目で私を見ていて、ぎょっとする。な、なに!?
「鈴木さんって、めちゃめちゃいい人……ほんとにほんとにありがとう……!」
そんな大袈裟な。とは思ったものの、どういたしまきてと言っておく。
「私、鈴木さんと同じクラスになりたかったなあ。鈴木さん、友達たくさんいるでしょ」
「え、全然そんなことないよ。クラスでそんなに話さないし」
「ええー、もったいない。話したらみんな、鈴木さんのこときっと好きになるよ。こんなに優しくて話しやすくて……!」
美化しすぎでは?
なんだか天谷さんの中で、私の印象が爆上がりしてるみたいで、気恥ずかしい。本当に、友達は多くなんてないので、余計に。
クラスでは、地味な子として通っている。この前から、進藤君はなにかと話しかけてくれるし、話しかけられたら返すけど。普段の生活で、自分から話しかけることって本当に少ないのだ。
「天谷さんこそ」
「へ?」
「すごく明るくて話しやすいよ」
私がそう言うと、天谷さんの目は点になって。そこから、すごく嬉しそうに笑ってくれた。
女の子は、毎月厄介なものを背負っていて。身だしなみにも気を使わなきゃって気持ちが強いし、縄張り争いみたいな、女子のグループもあって。面倒なことも多いですが。
それを楽しめちゃうのもまた、女の子だからなんだよな。
「鈴木さん、もうちょっとだけお話しててもいい?鎮痛剤の効き目が出てくるまで」
「もちろん」
私たち女子はいつだって、強く生きてるのだ。