17.5. 瀬川さん語りき
2年C組には、イケメンがいる。
サッカー部なのにあまり日焼けしていない肌は、きっと大丈夫何のお手入れもしていないだろうに、驚くくらい綺麗で。黒髪を清潔にセットして、女子が羨む美しい二重を所持する男。身長はそこまで高くないけれど、そんなの顔が良いだけでチャラだ。
名前を、進藤航という。名前もイケメンだよね、わかる。それに何より、ものすっごく性格が良いのだ。これには、クラスの男子もお手上げという感じ。
あ、自己紹介が遅れました。あたし、瀬川佳苗といいます。
進藤君と同じ、C組です。とは言っても、件の進藤君とはあまり話したことがない。出席番号も教室の席も結構近いし、あたし自身、人見知りはしないほうなんだけれど。
なぜ進藤君とそんなに話したことがないのかというと、彼があまり女子に話しかけないからだ。もちろん、進藤君ほどのイケメンは、いろんな女の子に絡まれる。それに対しては優しく、フレンドリーに接しているけれど、自分から積極的に女子に絡みに行く、ということはしない。
だからこそ、人気が出るのも頷けるし、誰にでも優しいチャラ男よりも、進藤君のような人の方が好感が持てる。けれど最近、進藤君が自分から話しかけに行く女の子が現れた。
「鈴木、洗い物ほかにある?」
エプロン姿の進藤君が話しかけに行ったのは、あたしの隣で豚肉を切っていた鈴木さんである。話しかけられた本人は、きょとんとしてから、「今はないよ」と声を返している。これ自体は、何でもないことなのだけれど。鈴木さんの隣には、あたしや美香もいるのに、進藤君はわざわざ名指しで鈴木さんに声をかけにきた。これがどういうことかわからなかったら、女子をやめた方がいいと思う。
鈴木さんは、正直、ものすごい美少女……ではない。なんというか、普通だ。これと言って特徴がないのが特徴というくらい。
身長は、あたしと同じくらいなので、高くも低くもない。体型は、一見して痩せ型に見えるけれど、たぶん胸や腰まわりの肉付きはちゃんとある気がする。でも、めちゃくちゃ胸が大きいとか、お尻が大きいとかではない。
髪型は、一度も染めたことがなさそうな黒色で、胸上くらいまでのストレート。校則の緩いうちの学校では珍しく、メイクもヘアアレンジもしていない。すっぴんだけど、肌はすごくきれいで、どんな手入れをしているのか聞きたい。でも、目が大きいとか、ぱっちり二重とかではなく、横幅の広い奥二重だ。もしかしたら、化粧で化けるかもしれない……一度いじらせてほしいなあ。
とにかく。鈴木さんは、いたって普通の女の子なのだ。
進藤君とは、保健室で手当てをしているから仲が良くなったと、さっきは言っていたけれど。きっと、それだけじゃ、進藤君が自分から女の子に話しかけに行くことはない……と思う。
「進藤君、鈴木ちゃんだけじゃなくてうちらにも洗い物ないか聞いてくれてもいいんじゃないのー?」
横からそう野次を飛ばしたのは、ピンクの花柄のエプロンを身に着けた美香だ。こういうことを直球で言えるのは、美香の良いところであり、あたしにはない個性だと思っている。
美香に言葉をぶつけられた進藤君はというと、さっきの鈴木さんみたいに、きょとんとした顔をしている。何を言っているかわからない、というような。
あ、無自覚なんですね。鈴木さんにしか話しかけていないということが、自覚がないんですね。
なるほどこれは、鈴木さんが困るわけだ。あたしたち二人に質問攻めにあっている鈴木さんは、ひたすら、進藤君との仲を否定していたけれど。確かに、進藤君にそんな気はないのだろう……まだ。
横目で鈴木さんのことも確認すると、鈴木さんは目に見えて顔を青くしていた。美香がストレートで聞いたことに慌てているのだろう。
鈴木さんって、しっかりしていて大人びていると思っていたけれど、結構思ってることが顔に出ている。可愛いから、助けに入ってあげよう。
「美香ってば、進藤君また困ってるよー。進藤君、もう後はお肉を焼くだけだから、洗い物は一旦大丈夫だよ」
あたしの言葉に、おっけーと頷く進藤君。と、あからさまにほっとしている鈴木さん。
……面白い二人だなあ。
「俺にも何かできることあるかな?」
「……って、進藤君は火に近づかないでって言ったよね。あと、包丁も洗うのは私がやるから、進藤君は怪我しないことだけ考えてください」
「えー、鈴木、厳しいなあ。大丈夫だよ、気を付けるから」
「進藤君はいつも気を付けてるのに転んだり捻挫したりするでしょーが! 絶対駄目です、進藤君は一生料理しないでください」
「えええ、一生!?」
進藤君と鈴木さんのやり取りを見ていると、確かに恋人同士には見えない。仲の良い友達、という言葉がぴったりくる。……でもねぇ、進藤君、ほかの女の子とはもっと距離が遠いよね。
そんなことを考えながら、ちらっと美香を見ると、何かを言いたくて仕方がないという風に口元をうずうずさせていた。目が合ったので、アイコンタクトをする。いいよ、言っちゃえ。
アイコンタクトが通じたのか、美香がずいずいっと進藤君と鈴木さんの間に割り込んで、口を開く。
「ねえ、進藤君って鈴木ちゃんのこと、好きなの!?」
目を輝かせてそう聞く美香に対して、進藤君はこれまた、目を丸くして。鈴木さんはというと、もはや青さを通り越して顔色が悪くなっている。んー、ちょっと可哀そうなことしちゃったかな。
フォローに入ろうか考えていると、進藤君が美香に向かって少し笑った。
「なんか最近、よく聞かれるけど、鈴木のことは好きだよ。話しやすくて面白いし、良い友達!」
……完璧な天然なんですね。あたしも美香も、もう呆れてしまって声が出せない。
だってね。洗い場から、あたし達が料理をしている机までは、結構距離があるのに。進藤君の視線は、ちらちらと感じていたくらいだ。
もちろんそれは、あたしや美香を見ていたわけではなく、――鈴木さんを見ていたに決まっている。今だって、進藤君の言葉に照れている鈴木さんを、にこにこと見つめているし。
これはどう見ても、そういうことなんじゃないのかな。それとも、本当にただの友達なのか。
あたし達が、彼の言葉になんて返せばいいのかわからなくなっていると、後ろから声がかけられた。
「でも、進藤君にとって、鈴木さんは他の女の子とは違うんじゃない?」
そう言ったのは、最近鈴木さんと仲が良い秋津さんだった。美しい黒色の巻き髪をポニーテールにして、白いエプロンを纏った秋津さんは、天使のようだ。
あたし達の隣のテーブルで作業をしていたようだけど、どうやら会話をしっかり聞いていたらしい。
「秋津さん、余計なこと言わなくていいから」
会話に入ってきた秋津さんに、顔を引きつらせながらそう言う鈴木さん。秋津さんは、あたし達にとって、高嶺の花のマドンナなので、こんなに親しく言葉を交わしたことがない。だけど、鈴木さんにとっては、秋津さんはただの友達なんだなあ。
そんな鈴木さんの言葉に、秋津さんはくすっと笑って返した。
「あら、どうして? ほかの女の子とは違って、話しやすい友達なんじゃないかしらって、思っただけよ」
「あー、それはあるかもなあ。なんか鈴木って、見てて面白くて飽きないし」
秋津さんに重ねた進藤君の言葉に、あたし達はもう何も言えなかった。
なんというか、これは……ねぇ?
「鈴木ちゃんって、もしかしてモテ女……!?」
「ちょっ、島崎さん、何言ってるの!?」
「うふふ、鈴木さんと進藤君のこと見てたら、そう思うわよねぇ」
「え、俺と鈴木? なんで?」
「秋津さんも、余計なこと言わないでってば!」
あたふたする鈴木さんは、確かに見ていて飽きない。でもね、見ていて飽きないから、ずっと見ていたいって思うのは……きっと、そういうことなんじゃないの?
2年C組のイケメンが好きになるのは、とんでもない美少女でもなく、マドンナでもなく、ギャルでもなく……保健室で手当てをする女の子なのかもしれない。ね、そうでしょう?




