17. 女子会的調理実習
最近、私は教室でも秋津さんといることが多くなった。もともと、秋津さんはいろんな人と仲が良かったけれど、ずっと一緒にいるような女の子はクラスにいなかったとのことなので、自然と二人で行動するようになったのだ。こういうと、不本意みたいに聞こえるかもしれないけれど……実は結構嬉しかったりする。
一年生のときは、部活に入りそびれてしまったし、クラスにも特別仲が良い子はいなかった。それなりにクラスメイトと話はしたし、遊びに行ったりもしたけれど、ずっと一緒にいられるような友達はできなかった。
だから、こうして秋津さんが一緒にいてくれるのはうれしい。お昼ご飯を食べたり、休み時間一緒にお話できることも、うれしいのだ。
ただ、クラスの人からしてみれば、私たちがなぜ仲が良いのか疑問なようで。しばしば、『どうして秋津さんとそんなに仲良くなったの?』と聞かれることが増えてきた。どうして、と言われても、その場の流れとしか言いようがないんですが。
そんな感じで、いまだに、クラスに私がなじめているかと問われれば、否という状況である。秋津さんや進藤君のおかげで、馴染んでいるように見えてはいるかもしれない。
けれど、そんな私にも、クラスメイトと話さなければならない瞬間がある。座学ではない授業の時間、今がまさしくそうだ。
「鈴木さん、よろしくね」
そう言って私に笑いかけてくれたのは、瀬川佳苗さんだ。出席番号が私の後ろであり、当然席も私の後ろ。いつも何かしらヘアアレンジをしている、おしゃれで明るい女の子だ。今日の髪型は、両サイドを編み込んで、ハーフアップに組み込んでいる。……複雑すぎて私には説明ができない。
そんな瀬川さんの笑顔に、私もへらっと笑い返す。
そんな私たちは今、エプロンをして、頭に三角巾をかぶっている。お察しの通り、調理実習の授業だ。
エプロンと三角巾は、それぞれが自宅から持ってきたものを使用している。瀬川さんが身に着けているのは、デニムのシンプルなエプロンと三角巾だけれど、それが逆におしゃれな気がする。というか、たぶんおしゃれなんだと思う。
ちなみに私はお母さんのお下がりの、赤色のエプロンです、はい。おしゃれのおの字もないです、えぇ。
瀬川さんは、見ての通り、めちゃくちゃ陽キャだ。なんというか、性格がすごく明るい。そして、すごくいい子だと思う。
席が前後というだけの私に、愛想よく話しかけてくれる。クラスで、秋津さんの次に私が話すのは瀬川さんなんじゃないか、というくらいだ。
といっても、瀬川さんはコミュ力が鬼なので、私以外の色んな人と等しく仲が良い。グループとしては陽キャの集まるグループに所属していても、いろんなグループの輪に入って行けちゃうような女の子だ。
「瀬川さん、エプロン可愛いね」
「え、そう? 嬉しい、ありがとう」
私が率直にほめると、照れ臭そうに笑う瀬川さん。……可愛い。
私たち二人がほのぼのと会話をしていると、横から騒がしい声が聞こえてきた。
「進藤君、おうちで料理とかするの? っていうかめっちゃ似合ってるね、エプロン姿! 写真撮ってもいい?」
「料理? あんまりしないかなー。あと、写真撮るならみんなで撮ろうよ」
「へー、そうなんだ! え、撮る撮る! はい、こっち向いてー」
「えっ、俺と二人で撮るの!?」
「そうに決まってるじゃん、ほら、早くー」
調理実習は、出席番号順で四人グループで行う。私の班は、瀬川さんと、進藤君と、進藤君にぐいぐい迫る島崎美香さんの四人だ。
島崎さんは、瀬川さんと仲が良い。けど、瀬川さんとはまた違ったタイプの明るい人だ。瀬川さんが誰にでも優しくにこやかなのに対して、島崎さんは誰にでも気を使わない。というか、誰にでもぐいぐい行く。こちらが驚くくらい、積極的なのだ。
そんな島崎さんは、イケメン好きを公言している。ので、進藤君はしょっちゅう絡まれている。今も、エプロン姿の進藤君とのツーショットを携帯に収めていた。すごい、肉食女子。
「美香ってば、進藤君困ってるよー」
瀬川さんの女神のような言葉にも、島崎さんは笑っている。なんというか、サバサバした人だ。
そんな三人を観察している、私こと陰キャ。明らかに、班で浮いている。先生、こんな眩しい班に入れないでください、全然平等じゃないです。
そんなことを考えていると、先生が今日の実習についての説明をはじめた。今日は、お味噌汁と生姜焼きをつくるとのこと。
こう見えて私は、多少家でも料理する。なので、そのくらいの献立ならばメニューを見なくてもある程度つくれる。でも、ここで重要なのは協調性なのだ。誰が何をするか、見極めて、自分の最適なポジションを見つけなければ。
陰キャなりに班に溶け込むぞ、と意気込んでいると、前に座っていた進藤君が、突然振り向いた。
「鈴木は、料理とかするの?」
「しなくはないけど、そんなにしないかな」
「ってことはするんだな、すごいなー。俺、ほんとに何もできないから」
そう言って恥ずかしそうに笑う進藤君。一般的には「きゃー料理できない進藤君かわいいー」なのかもしれないが、私としては、是非このまま料理に興味を持たず成長してほしいと思う。
だって、絶対怪我するんだもん! この人、ただ歩いたり走るだけで転んでるのに、包丁なんか持たせたら、人を殺しかけない、本当に。進藤君がキッチンに立つところを想像しただけで、おそろしい。
そう思って、進藤君に伝えると、彼はけたけた笑っていた。結構失礼なことを言ってしまったので、怒ってもいいと思う。あと、まだ先生説明してるから、もう少し声は抑えてくれ。
「確かに俺、すげー怪我しそう! 包丁とか持つのいつぶりって感じだし」
「……絶対に、包丁は持たないでね。火にも近づかないで。お願いだから」
「わかった、そうする。でも、もし怪我したら、鈴木が手当してよ」
「いや、絆創膏くらいしか持ってないですって」
先生の説明を邪魔しない程度に、こそこそと二人で話す。エプロンを身に着けた進藤君は、いつにもましてキラキラしている。料理ができるイケメンだったらさらにモテていただろう……いや、イケメンだから料理んてできなくてもモテるか、ずるいなおい。
そんな私たちを、じっと見つめる視線が一つ。――島崎さんである。
ものすごく、分かりやすく凝視している。隠す様子のないガン見だ。もはや潔い。
島崎さんの熱視線に気が付かない進藤君が、にこにこと笑いかけてくるけれど、私はもうそれどころじゃなかった。ヤバい、クラスの有力人物ににらまれている。絶対、あんたなんかがイケメンと喋んなって思われている。
好きでしゃべってるわけじゃない……とも言えないし、進藤君と話すことは嫌いじゃない。人目がなければの話だけれど!!
悶々と思考を巡らせながら、島崎さんの視線に耐えていると、先生の説明が終わった。少しほっとしつつ、席を立つ。調理器具や材料はテーブルの上にそろっているので、あとは料理するだけだ。
えーと、何からやるべきか。そう思って眺めていると、島崎さんがずんずんと私に向かって来た。長いつけまつげが、バサバサと瞬きをして。その迫力にびびっている私に、島崎さんが口を開く。
「ねえ、鈴木ちゃんって進藤君と付き合ってるの!?」
ど直球……!!
オブラートに包むとか、気をつかうとか、そういう行為は島崎さんの辞書にはないらしい。いや、別に付き合ってないから直球でありがたいんですけども!
そう思いながら、私はぶんぶんと首を振って否定した。付き合ってるわけないです、と言うと、島崎さんがまたもや凝視してくる。その目力、かなり怖いです。
「でもさ、鈴木ちゃんと進藤君ってすごい仲良くない!?」
「あ、それはあたしも思ってた」
私を追い詰める島崎さんの声に重ねて話しかけてきたのは、なんと瀬川さんだった。ほほ笑みながら、興味津々という目で私を見て。
っていうか、隣に進藤君、いるから! 気まずいから、やめてくれ!
思わず、隣にいる進藤君をチラ見してしまう。すると、何を思ったのか、進藤君は私にむかって爽やか100%で笑った。いや、なんでやねん。
「女子はなんか、楽しそうだな。俺、洗い物とか雑用はやるからさ、三人で話しながら料理作ってよ」
それ、助け舟のつもりなの!? ほんと、天然すぎて怖いわ!
進藤君の余計な一言により、私は島崎さんと瀬川さんに囲まれながら調理実習をする羽目になった。美女に囲まれてうれしいという気持ちが一割、二人からの質問攻めで気が重たいのが九割である。
瀬川さんは、料理しながら話してくれるけど、島崎さんなんて手が完全に止まっている。私に向き合って、口だけ動かしている状態だ。とことん潔いな、全然いいけどさ!
「ね、本っ当にそれだけなの!? 保健室で、手当してるだけ? 鈴木ちゃんも進藤君も、なんか親密すぎるんですけど!」
「いや、本当にそれだけだし、進藤君なんてみんなと仲良いよね?」
私の左側から食い気味で質問攻めしてくる島崎さんに、げんなりしながらそう返す。そうなのだ、二人がここまで騒ぐほど、私たちは「親しく」ないはず。そもそも、進藤君がフレンドリーの塊なだけであって、たまたま私が男子とあまり話さないだけ。だから、本当に、これっぽっちも甘い理由なんてないのに。
そう思っていると、右側で味噌を溶かしている瀬川さんも、にこにこと参戦してきた。
「でも、進藤君が自分から話しかけに行く女の子って、あんまりいないよね。鈴木さんには、よく話してるように見えるよ」
「いや、それは……出席番号近いから、話しかけやすいんじゃ」
「ちょっと待ってよ、うちも進藤君と前後なんですけど! 進藤君から話しかけてくれたことなんてほとんどないんですけどー!」
二人は、進藤君が少し離れたところで洗い物をしてくれているから、もう止まることを知らない。進藤君、あんたほんと余計なことを……!
私がこうして進藤君を恨む間にも、両隣の二人は騒がしく質問をし続けてくれたのだった。
「じゃ、もし付き合ったら教えてね、全力で広めるから!」
「美香、広めちゃだめでしょー」
「いや、付き合わないからね!? ねえ、聞いてる、二人とも!?」
小春に新しい友達ができたみたいです。