14. チャラ男による女友達
「小春ちゃんさー、俺のこと誤解してるっしょ?」
「いえそんなことは」
「あっ、まだ怖がってるでしょー? 俺全然やさしーのになー」
「いえそんなことは」
「……そこ否定しちゃだめじゃね?」
私は今、何故か、横峯君と一緒に帰っている。本当になぜなのか。本当にわからない。寧ろだれか、なぜなのか教えてほしい。
先ほどのあの恐ろしい修羅場を見たあとで、横峯君と話すのは、ぶっちゃけ怖い。奥歯がガタガタなっちゃうくらい怖い。
本来私はめちゃくちゃビビりな陰キャらなのです。横峯君のようなスクールカーストの頂点に君臨する王者とは、声を交わすことすら恐れ多いのですよ。
それなのに、どうしてこうなったのかなあ!?
「小春ちゃんさー、ほんと、タイミング悪いよねー」
いや、本当にそれはその通りだと思います。
偶然、修羅場に遭遇した私は、その後、不敵にほほ笑む横峯君に捕まった。……いや、私も逃げようとしたのだ。横峯君から逃げ出した二人のように、すたこらさっさと。走り出そうとしたのだけれど、一歩遅かったようで、がっしり横峯君に腕をつかまれてしまって。
それからは、皆さんのご想像通りです。一緒にかえろーよ、ね? という横峯君の『イエスかハイで答えろ』という視線に負けて、一緒に帰っているわけであります。
しかも。しかもである。
「……横峯君、もう少し左によってくれませんか」
「えー、なんでー。俺の肩濡れちゃうよー」
察しの良い方はお気づきかもしれないが、私たちは一つの傘に二人で入っている。世間でいうところの……ごほん、えー、まあ、そういうことです。(相合傘なんて絶対言わないぞ、絶対に!)
なぜこんな状況になっているかというと、横峯君が傘を持っていなかったからです。ったく傘くらい持っとけよ梅雨なんだから! ……はい、私もこの傘借り物ですけどね!
「ね、小春ちゃんって相合傘するの初めて? もしかして俺、小春ちゃんの初めて奪っちゃったー?」
「黙ってくれません??」
「うわ、図星なんだー、かっわいーい」
う、うっぜええ。
先ほどの冷たい空気からは想像もできないうざさ。なんなんほんと鬱陶しいな!
そんなこんなで、駅に着くころには、私はすっかりいつも通り横峯君に接していた。学校を出たばかりのときは、横峯君に何を話しかけられても「ハイ」「イエ」しか答えなかったので、それを考えるとものすごい進歩だ。ていうか、スーパーコミュ力って感じ。
この時間帯は生徒の数も少なく、二人で一つの傘を使っている姿は、見られていない、と思いたい。そもそも傘の中に誰がいるかなんて見ないよね、きっと!
「じゃあ、駅についたし、私はここで……」
「ね、小春ちゃん、俺とあそぼーよ」
「……はい?」
横峯君の言葉に、思わず立ち止まってしまう。駅はもう目の前で、横峯君とは乗る電車が反対なので、駅でおさらばだとうきうきしていたのに。……あそぶ、とな?
私の頭の中を駆け巡ったのは、横峯君との記憶。保健室で女の子を押し倒していたり、押し倒されたり、いろんな人にちょっかいをかけていたり、修羅場になっていたり。そんな人と、遊ぶ……??
「――結構です」
「えええ、あそぼーよ!」
いかがわしい香りしかしないので、大丈夫です。
横峯君と少し仲良くなって、気づいたのだけれど、こいつは本当に節操がない。なんというか、来るもの拒まず去る者追わず、更に自分から行くよかまって! という感じなのだ。生粋の女好きで、ずっとそばに女の子を置いておきたいタイプなのだと思う。
そんな彼と、一か月程度ではあるけれど、程よい関係でいられたのは、私が彼の「女友達」の枠に入らなかったからだと思う。横峯君は、女友達がたくさんいる。ただ遊ぶだけじゃなくて、男女の関係があるであろう女友達。彼は、彼女を作らないけれど、それはわざとなのだと思う。
だから、私は彼とそういう関係にはなりたくない。……いや、自意識過剰でしょって思われるかもしれないけれど。違うのだ、私ですら、彼の射程距離に入るほど、女ならば誰でもよいのだと思う。
これでも、私は彼と、友達のような関係になったと思っているので。
「私は、横峯君と友達でいたいんで、遊ばないです」
私がそういうと、彼はぽかんと口を開けて驚いて。私の言ってる意味が分かったのか、分からなかったのか、定かではないけれど。開いた口がふさがったと思ったら、口角をふわっと緩めて、へへっと照れたように笑った。
そんな横峯君を横目で見ながら、私は傘をたたむ。意識してなかったけれど、私の肩は全く濡れていない。……これだからチャラ男は。
「俺、小春ちゃんのこと、だーいすき」
「おわっ、ちょっと!?」
突然私の首にしがみついてきた横峯君。私と彼の身長差はそこそこあるので、よろめいてしまう。……なんというか、ひねくれているなりに、素直なんだろうなあ。
今日は彼を止める人がいないので、仕方なくそのままにする。というか、私の力では抜け出せないのだ。
「ね、小春ちゃん、やっぱあそぼーよ」
「……私の話聞いてた?」
懲りない横峯君の言葉に、私が呆れながらそう返す。すると、横峯君はいたずらっ子のようににやっと笑って。
「うん、聞いてた。だからさ、――」
私の耳元でささやかれた言葉に、仕方ないなぁと頷いてあげた。だって、一応、可愛い後輩なので。
*** *
目の前で揺れるアーム。ドキドキしながら、その行方を待つ。アームに導かれたぬいぐるみが落ちた先は、所謂ゴールで、落とし穴で……
「っやっったー!! すごい、すごい横峯君!!」
「へへ、俺こーゆーの得意なの」
そうです、ユーフォ―キャッチャーです。
そうです、ゲーセンです。
横峯君と遊びに来たのは、駅の近くのゲームセンター。結構老舗で、入っているプリクラ機やユーフォ―キャッチャーの機種、品ぞろえがあまりよくないこともあり、宇相谷高校の生徒はもっと街中の大きなゲームセンターへ足を運ぶ。というわけで、学校から一番近いゲームセンターなのに、ここにはあまり若い人の姿は見えなかった。
これ幸いにと、私たちはさっそくユーフォ―キャッチャーを楽しんでいたわけだけど。驚いたことに、横峯君はユーフォ―キャッチャーがすごく上手だった。何でこんなに上手なの? と聞くと、女の子とゲーセンに行くうちに覚えた、という答えが照れ臭そうに帰ってきた。……いや、照れながら言うことじゃないよ?
それはさておき、気づけば私が抱えたぬいぐるみは五体にもなっていた。なんと、全部くれるというのだ。女の子だからね、私も意外と、こういうのは好きなので、嬉しい。
ありがとう、とお礼を言うと、すごくうれしそうな顔で横峯君がにこにこ笑うので。私もなんだかうれしくなりまして。
「お礼に何か、奢るよ」
全部一度で取ったとはいえ、五百円も消費させてしまった。ここは先輩として奢らせてほしい。
そう思って提案すると、横峯君は少し悩んでから、あっと声をあげた。
「じゃーさ、小春ちゃん、プリ撮ろうよ」
「えっ」
プリクラ。それも男の子と。
……恥ずかしながら、私にはそんな経験ございません。そう思って、「それはちょっと」と断ろうとした私を見透かして、横峯君は腕をぐいぐい引っ張ってプリクラ機の中に入ってしまう。人工的な白に囲まれた場所で、私は逃げ場が見つからず、ため息をつく。
わかりました、わかりましたよ、撮ればいいんでしょ。
やけくそになって、四百円を機械に入れて。カメラから、明るい声が聞こえてきて、私はあわててピースサイン。隣の横峯君が手慣れた様子でウィンクしているのを画面ごしに見て、そんな高度な技があるのかとびっくりしてしまう。
シャッター音が鳴り響いていって、だんだん恥ずかしくなる。彼氏でも何でもない男の子と、いったい私は何をしているのか。そう思って、カメラから目をそらした、そのとき。
「小春ちゃん」
横峯君が、私の名前を呼んで。それに気を取られて、視線を上げると。画面に映る私の頬に、横峯君の顔が近づいてきていた。
え、と驚く間もなく、頬に柔らかい感触。ちゅ、という軽いリップ音とともに、その感触は離れて行って。
驚いて声も出せない私の目に映っているのは、しっかりと撮影された問題のシーン。私の頬に、横峯君の唇がくっついていた。……え???
私がゆっくり首を動かし、横峯君を見つめると、彼はいたずらそうに笑って。
「ちゃんと、意識してね?」
女友達にはならないで、俺だけの一人になってよ。
そう言った横峯君は、ほんっと……――チャラ男だな、くそう。