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09. 魔王の城にて


 最寄駅で、道に迷いそうになっていた天谷さんとも合流して、私たちは無事に秋津さんの家に到着した。想像通りの大きな家――というか、めっちゃ新しそうな家で、おののく私と天谷さん。

 そんな私たち一般庶民を意にも介さず、さらっとインターホンを鳴らす進藤君は、きっとお坊ちゃんなのだろう。そんな気がする。このプロ天然イケメンめ。


 それにしても、横峰君とは駅では会えなかったけれど、本当に来るのだろうか。全然すっぽかしてほかの女の子と遊んでいてもおかしくない。というかそんな気しかしない。

 

 私がそんなことを考えていると、ガチャッとドアが開く音がした。扉の奥から出てきたのは、綺麗目のブラウスと花柄のスカートを身にまとった秋津さんである。制服を着ていなくてもとんでもない美女っぷり……なんなら制服のときより美女感強い。

 ちなみに、天谷さんは明るいクリーム色のカーディガンを羽織り、シンプルなTシャツとデニムのスカートを合わせている、目に良い恰好だ。なんというか、この子は本当に庶民な感じで良いです、目に優しいです。いやもちろん、とてもかわいらしいのですが。


「いらっしゃい、みんな。遠いところまでようこそ」

「あっ、先輩たちみんな遅いっすよー! 俺もう先にごろごろしてるっすー」


 ひょこっと秋津さんの背中から顔を出したのは、横峰君だった。あれ、まさか、もう来てたとは。意外な事実に驚いていると、にやっと笑う横峰君。

 あ、なんか、いやーな予感……。


「でも、もうすこーし遅く来てくれたら、俺、秋津先輩といろんなこと、できたのになぁー」


 おいこら悪がき。何言ってるんだ。

 またそんな適当なことを言うと、進藤君に怒られるぞ。私にちょっかいをかけては、進藤君とバトルを繰り広げていた様子を思い出す。進藤君はきっと、こういうちゃらんぽらんな男が許せないんだ。

 けれど、予想に反して進藤君は怒っていなかった。またお前はー、と呆れてはいるものの、いつものように突っかかりはしない。意外だ。


 私がそんなことを観察しているのがバレたのか、秋津さんと目があった。彼女は、横峯君の言葉は総スルーで、私に向かってニコッと笑った。

 ……なんか背筋に寒気が。


「進藤君、私のことは横峯君から助けてくれないのね」


 秋津さんの言葉に、きょとんとする進藤君。何を言っているのかわからない様子だ。

 ……しかし残念ながら、私はわかってしまった。秋津さんが、必要以上に私に話しかけてきた理由も、今日の勉強会を主催した理由も。


 秋津さん、進藤君のこと好きなんだ。よく考えれば、それはそうか。2人で仲良く委員長で、美男美女で、2人とも性格も良くて。これ以上お似合いの2人なんていないってくらいお似合いだ。

 つまり私は、秋津さんにとって、好きな人が変に仲良くしてる女というわけで……恨まれてたりしますかね……?


 もちろん、私と進藤君の間には、やましいことも色恋沙汰も1ミリも存在していない。それは、この前の勉強会での会話からも明白だ。けれど、恋する乙女は盲目なのだと言う。きっと秋津さんからしてみれば、私は恋の邪魔ものであり、排除したい存在なのではないか。

 だから、最近たくさん話しかけてきたんだと思われる。好きな人に近づく女を警戒したんだな、うん。この間から、やたら進藤君に私とのことを聞いていたのも、嫉妬によるものだろう。

 

 私としては、まったく、まーったく進藤君と「そういうこと」がないので。ただの救助相手であって、私も彼も、なんの気持ちも抱いていないので。誤解だよ、無罪だよと言いたいところだけれど。

 それを言うのは火に油を注ぐことかもしれない。そう思い、口をつぐむ。っていうか、さっきから進藤君何も言葉を発していないけれど――

 そう思っていると、進藤君がバカみたいに爽やかな顔をして言った。


「秋津はちゃんと分かってるだろ? 鈴木はなー、なんか、しっかりしてるようで無防備だから、心配になるんだよなあ」


 こらこらこらこら??

 恋する乙女になんてことを言うんだ。


 もちろん、私はわかっていますとも。進藤君が「心配になる」というのは、ほんとうに、恋愛感情など一切ないことで、私のことをシンプルに心配してくれているだけということを。無防備とか言われるのは心外だけれど、まあ、そこはさておき。

 でもね、けどね。あなたのことを好き……であろう秋津さんに、そんなこと言うもんじゃありません!


 なんて、進藤君に言っても無駄なのだろう。自分がモテる自覚すらなさそうだもんなこの人。

 今もなお、さわやかな笑顔で秋津さんと話している。秋津さんも、進藤君の言葉に何かを感じたのか、感じていないのかはわからないけれど、一旦ふつうに話しているようだ。

 とりあえずは、いつも通り接していればよさそうだ。なるべく、進藤君とは話さないように、気をつじぇる必要はあるけれど。まあ、何とかなるだろう。

 内心ほっとしつつ、私はそっと口を開いた。


「……とりあえず、家の中入らない?」


   *** *


 秋津さんの家の中にお邪魔して、すぐ。飲み物が欲しい、お菓子が欲しい! という横峯君のわがまま……もとい意見により、男性陣は近くのコンビニに出かけて行った。

 残された私たちは、通されたリビングにて、さっそく教科書を開く。根が真面目な天谷さんは、私が与えた宿題をちゃんとやってきたようで、そこの採点からはじめる。


「……うん、最初よりはだいぶわかってきたね」

「ほんと!? わたしも、ちょっとだけ読めるようになってきた気がしてたの!」

「すごいわね、天谷さん。きっと赤点も回避できるわ」


 採点し終わった私の言葉に、ぱああっと花が咲いたように笑う天谷さん。彼女にしたい子ってこういう子のことを言うのだろう。対する秋津さんは、大人のほほ笑み。遊びでもいいから付き合ってほしい子は、こういう子なんだろう。

 ちなみに、秋津さんは古典はそこまで苦手じゃないようで、前回と変わらず数学のテキストを解いている。確か、秋津さんは学年でも上位に入るほどの秀才だったはず。うーん、ほんとに、欠点がない人だ。


「じゃあ、解釈を間違えた文章のわからなかった単語を調べて復習しようか。天谷さん、辞書は持ってきた?」


 私の言葉に、天谷さんは笑顔のまま固まった。……うん、忘れたんだね。言わなくてもわかるよ、はい。


「ごっ、ごめんなさいぃ……! わたし、すっかり辞書なんて、忘れてて……」

「あら、辞書なら私の部屋にあるから、取ってくるわ」

「ええっ! 秋津さん、いいの……!?」

「えぇ、もちろん。ちょっと待っててね」


 そう言って、秋津さんはすたすたとリビングを出て行ってしまった。どうやら、秋津さんのお部屋は二階にあるらしい。そのきれいな後ろ姿を目で追っていると、私の隣で、あっと声を出す人が。

 その声につられて天谷さんを見ると、引きつった笑い顔で、電子辞書を手にしている姿が。……なるほど、紙の辞書はなかったけど、電子辞書は入っていた、と。


「……天谷さんは、それで単語を調べてて。私、秋津さんに、辞書あったって伝えてくる」

「ご、ごめんね鈴木さん……」

「いいよ、大丈夫」


 天谷さんって本当に、なんというか、目が離せない人だ。そう思いながら、私は秋津さんを追ってリビングを出る。えーと、階段をのぼる足音が聞こえたから、とりあえず上に。

 さて、どこが秋津さんの部屋だろうか。秋津さんのおうちは、全体的に新築の香りがしていて、更にすごくきれいだ。しっかり掃除しているんだろうな、というのが分かる。

 

 観察しながら二階までのぼると、扉が四つほどあり、そこから部屋が分かれているようだった。……うーん、どうしよう。声をかけるべき、かな。

 考えている私の目に、一つの扉が映った。その扉だけ、半開きになっている。ってことは、秋津さんが開けた扉なのではないか?


「秋津さーん、いる?」


 ノックをして入ろうとしたら、ノックが強すぎて、扉を開けてしまった。しまった、と思ったときにはもう遅い。開けるつもりはなかった扉が、開いてしまって、そして――


「っ鈴木さん!?!?」


 私が、思わず部屋の中を覗き込もうとした瞬間、私と扉の間に滑り込んできたのは秋津さんだった。それも、ひどく慌てた様子で。

 私は私で、そんなつもりはなかったというものの、結果として人様の家の部屋を勝手に見ていたので、顔から血の気が引いていく。やばい、ただでさえ恋の邪魔者として悪印象なのに、これ以上株を落としてしまったらどうしよう。


「ご、ごめんなさい、辞書が見つかったから、電子辞書で、えっと、もう大丈夫って言いに来て、ノックしようとしたら扉が開いちゃって、えっと、」

「――中、見た?」


 早口で弁解する私に、冷たい秋津さんの声。中、とは。部屋の中のこと、だよね、きっと。

 美人の真顔は、こわい。秋津さんの真顔は、ものすごく怖い。何が何だかわからないけれど、何か、部屋を見られたくなかったということだけはわかる。

 自分の心拍数が早くなるのを感じながら、秋津さんの言葉に首を振る。


「見えてない、です」

「……本当に?」

「ほんと、ほんとです!」

「そう。なら、いいの。辞書、見つかったのね」

「う、うん」


 秋津さんは少しの間考えこんでいたけれど、ふいに表情をゆるめた。本当に私の言葉を信じてもらえたのかは定かでないけれど、とりあえず信じることにしたらしい。

 リビングに戻ろうか、という秋津さんの言葉は、さっきよりは柔らかくなっていた、と思う。……たぶん。



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