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00. 厄介な頼まれごと


 鈴木小春すずきこはる、十六歳。

 名前には堂々と、出会いと別れの季節の名称が入っているが、残念ながら春は嫌いだ。

 別れがつらいからじゃない。出会いが、面倒だからだ。


「小春ちゃーんん!! やだやだ、まさか本当にウサ高にいるなんて!」

「マリちゃ……じゃなくて、梅村先生、うっとうしいから離れてくれない? っていうか、通行の邪魔だから」


 始業式が終わってすぐに体育館を後にしたつもりだったのに、それを目ざとく見つけて追いかけてきたのは、梅村茉莉うめむらまり先生だ。今年から我が宇相谷うさがや高校の養護教諭になったダイナマイトボディが眩しいお姉さんであり、――私の家のご近所さんでもある。


 偶然、今年から私の高校への赴任が決定したらしい。もともとご近所でも交流のある家だったこともあり、マリちゃんはそのことをとても喜んでくれた。しかし、私にとっては面倒の一言に尽きる。

 先生に身内ができる……しかもマリちゃんである。雑用やらなにやらを、あーだこーだ言って押し付けられるのは目に見えているわけで。

 ただただ平穏な毎日を過ごしたいだけの私としては、この偶然を恨みたい気持ちになってしまうわけだ。


 私はため息を一つついて、抱き着かれている腕を無理やり外す。マリちゃんの大きな大きな胸が圧迫して苦しいし、ここは廊下なので、ほかの生徒からの視線も痛い。目立ちたくないんだってば。


「えーん、小春ちゃんが冷たい……」

「冷たくないです、梅村先生、来たばっかりで不安なのはわかるけど、一生徒にあまり話しかけちゃだめでしょ」

「マリちゃんって呼んでくれればいいのにぃ」

「そんなわけにいきますか」


 始業式が終わって、みんなはぞろぞろと教室へ戻っていく。私も早くその列に混ざって帰りたいのだけれど。

 マリちゃんは未だ嘘泣きを続けて私を帰そうとしない。……先が思いやられる。


「もう、マリちゃん!! いい加減にしてください!!」


 しびれを切らして私がそう言うと、ぱあっと顔を明るくするマリちゃん。そんなに名前で呼んでほしかったのか。本当に子どもみたいな人だな。

 でもその顔は、身内ながらに可愛い。まあ本当に身内ってわけじゃないけど、そのくらい昔から、仲良くしていたお姉さんなのだ。私だって、多少嬉しい気持ちがなくはない。

 

「小春ちゃんってば、ツンデレなんだからあ」

「はいはい。……じゃ、そろそろ私、本当に行かなきゃだから、」

「あっ待って待って! 小春ちゃんに頼みたいことがあって来たの!」

「……はい?」


 立ち去ろうとして、さらに引き留められて。マリちゃんのその言葉に、なんだかすごく、嫌な予感がした。


「あのね、小春ちゃんに、保健室の留守番してほしいの」


 にこにこと、人懐こい笑顔を浮かべてそう言ったマリちゃん。

 保健室の、留守番??

 言われたことの意味が分からず、首をかしげる私。


「何それ。面倒だし、嫌だよ」

「わ――っ、待って、話を聞いて! わたしね、合唱部の顧問やることになっちゃって、授業中はいいんだけど、放課後保健室を留守にすることが多くなるかもしれないの! で、そこで、留守番をお願いしたいわけ!」

「お断りします」

「小春ちゃんんん」


 やけにベタベタしてくると思ったら、そんな魂胆があったのか。マリちゃんのこの「お願いごと」は、本当に昔から変わらない。私よりも一回りくらい年上なのに、「小春ちゃんお願い」と、何度泣きつかれたことか。

 お母さんたちには、どっちが年上かわからないわねぇとよく言われたものだ。……それって今思えばどうなんだろう。


 きゃーきゃー騒いでいるマリちゃんは放って、教室へ歩き出そうとしたとき。それまでは表情豊かにしていたマリちゃんが、すっと真顔になった。


「――お給料、出すわ」


 ピシッ。効果音がつくとしたらそんなものだろう。私はマリちゃんの言葉に、足を止めて停止する。

 お給料……? それはすなわち、マネーのこと……?


「よくないんだけどね、小春ちゃんは身内だし、面倒ごとを頼んでるわけだから。もちろん、表面上は『近所のお姉さんからのお小遣い』ということで」

「…………ほほう」

「放課後、保健室にいてくれるだけでいいの。あとは、怪我した生徒の簡単な手当てと、来室者の記録用紙の記入、あとはベッドの管理ね。もちろん、対応できないような人が来たら私を呼んでくれればいいし、困ったときは電話してくれればすぐ行くわ」

「………………なるほど?」


 それってつまり、結構な割の良いバイト、なのではないだろうか。

 もともと、二年生になったらバイトをするつもりだったのだ。今のお小遣い事情では、好きなだけ本を買うには少し懐が心もとない。

 でも、保健室にいるだけでいいバイトなんて。暇なときは本を読んでいればいいし、それでお金がたまるということか。


「保健室には給湯器もあるし、紅茶のセットも完備してるし、お菓子も多少あるわ」

「よし乗ったその話」


 こんなおいしい話、乗らないほうがおかしい。

 私は方向転換して、マリちゃんと向き合った。ありがとう小春ちゃーんっと言って抱き着いてきたマリちゃんのことは、容赦なく引きはがしたけど。


「小春ちゃんならやってくれると思ってたわー! ほんとにありがとーう!」

「お給料、しっかりもらうからね。あと、一個聞いていい?」

「ん?なーに?」


 可愛らしく、頭にはてなマークを浮かべるマリちゃん。そんなマリちゃんに、私は一つの疑問をぶつけた。


「もともと私に頼むつもりだったの?」


 きっとマリちゃんなら、お給料なんて支払わなくても、保健委員を捕まえて留守番させることはできたはず。ほわほわしていても、養護教諭なのだ。むしろ、そうすることが理にかなっているともいえる。

 そこを、お金を出してまで私に頼んだのは、何でなんだ。


「そうよー。だって小春ちゃんって、面倒くさがりだけど、一度引き受けたことは責任もってやり遂げてくれるでしょ?」


 だから、安心できるもの。

 そういったマリちゃんには、なんだかんだ私の性格もお見通しなようで。……そんな風に言われてしまったら、ちゃんと引き受けるしかあるまいよ。そう思って、私は肩をすくめたのだった。


 こうして、私のお留守番生活がスタートした。




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