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独立行政法人人物価値選定所  作者: レイジー
41/41

【番外編3】アウトロの恋

 トクシュウの事件が解決した後も選定所はいつもと変わらぬ騒々しさを見せていた。

ザキルとカレンもその波にのまれ右へ左へと慌ただしさをみせている。


「ひいぃぃ~、もう死にそうですぅ~。片付けても片付けても終わらないぃぃ~」

「どでかい事件ひとつ片づけたら終わりじゃねぇんだ。あのジジイに時間割いてた分、反動来るのは当たり前だろうが」


 誰もが目を回しながら何とか日中の業務を終え定時を迎えると、カレンは自席に寝そべるようにして天を仰ぐ。


「ふひぃぃぃ~っ。疲れたあぁぁ。もうダメェェェ…」


 そんなカレンをよそにザキルは若干の疲れを見せながらも自席で黙々と残業に励んでいる。


「あれ?ザキルさん、残業ですか?」

「あぁ。休み前に半端なヤマ残して帰るのは寝覚めが悪ぃんだよ」

「あぁ~、なるほどぉ~。それじゃ私、お先に失礼しますね。あ、そうだ!今日ロベリさんのお店に行くんで、よかったら後から合流して下さいよー」

「知るか。さっさと行け」

「それじゃお疲れ様ですぅ~」


 カレンが上着とカバンを取り退所する中、ザキルは黙々とキーボードを叩き続ける。

やがて時間は流れ、選定所内にはほんの数人しか残っていない午後23時、ザキルは大きく欠伸をしながら伸びをした。


「っかぁぁぁぁぁ~~ったく、やってられねぇぜ…。ん!?」


 するとザキルはパソコンの画面に1通の新着メッセージを知らせるポップアップに気付く。

どのメールを開くとザキルの眠気は一気に吹き飛んだ。


「何ぃ!!?」


 ザキルは閉じかかっていた目を見開きその内容を熟読する。

そしてしばらく何かを考えた様子を見せた後、ザキルもまた選定所を後にするのだった。


 その頃、カレンは元義賊であるロベリが経営する地下のバーにてカクテルを飲みながらほろ酔い気分を味わっていた。

カウンターの向かいには店主であるロベリが立っており、自身の隣にはザキルの裏仲間であるアウトロが座っていた。


「いやぁ~、本当疲れましたぁ~。やっと週末ですぅ~、嬉しいぃぃ~」

「ふふふ。随分とご機嫌だな?週末は何か嬉しい予定でもあるのか?」

「いえいえ、なーんも。でもあの大事件が解決したばっかりなんでゆっくり休みたいなーって感じです」

「なるほどな。かなりのお手柄だったんだろ?さぞ鼻が高いんじゃないか?」

「えへへへ。頑張りました~」


 隣に座るアウトロが会話に加入する。


「な~んだよ、カレンちゃん。年頃の乙女がちょっと疲れたくらいで週末に予定を入れないなんてもったいなさ過ぎるぜぇ。どうよ、この俺様とオーシャンビューのレストランでディナーってのは?」

「えー?でもアウトロさんってロベリさん一筋なんでしょ?本人いるのによくそんなこと言いますねー」

「なーに言っちゃってんの?別にカレンちゃんに乗り換えるなんてひと言も言ってないだろぉ?真の男を知らないいたいけなお嬢様にデートの見本ってやつを伝授してやろうってだけじゃないかぁ~」

「っは。誰が真の男だって?2杯目からビールなんかで酒の数ごまかす様なせせこましい奴は男なんかじゃないよ」

「相変わらず手厳しいなぁ、ロベリちゃん。これはもし今夜ロベリちゃんとベッドを共にするかも分からないことを考えて準備をしてるだけだってぇ。流石の俺様もラムをそうガブガブ飲んでちゃムスコちゃんはフルパワーを発揮出来ないからよ」

「ほざいてな」


 2人の会話にカレンが優しく微笑んでいると、突如店にザキルが現れた。


「あ!ザキルさん!お疲れ様ですー!」


 ザキルは黙ってカレンの横に腰を下ろす。


「いらっしゃい。何にする?」

「ゴッドだ」

「あいよ」


 ロベリはザキルの前にゴッドファーザーを差し出した。何も言わずに飲み干すザキル。

するとカレンを挟んでアウトロが声を掛ける。


「よぉ!俺様のハーレムを邪魔したそこの悪人面。今回の事件で協力した分の貸しはいつ返してくれんだよ?」

「黙ってろ。今はそれどころじゃねぇ」

「んだと?」


 ザキルの様子が気になりカレンが声を掛ける。


「ザキルさん、どうしたんですか?何かあったんですか?」


 するとザキルは徐に口を開いた。


「レベル2の募集がかかった」

「えぇ!?ほ、本当ですか?」


 状況を飲み込めないアウトロが問い質す。


「れべる2?何だそりゃ?勇者にでもなって魔王でも倒しに行こうってのか?」

「ち、違いますよ。選定所で一般大衆を査定する人達のことです。レベル1である私達の1個上のポディションなんです!」

「お?つまり何か?出世の枠がひとつ空いたってことか?」

「そうです!ザキルさん、募集がかかったって本当ですか?」

「あぁ。さっき帰り際に所内メールが流れやがった。1名募集だとよ。多分どいつかが退所しやがる穴埋めだろ」

「おぉぉ!!すごい!それって結構珍しいんですよね?ザキルさん、立候補するんですか?」

「当たり前ぇだろ。ずっと待ってたチャンスだ。逃す手は無ぇ」

「すごいすごいすごい!頑張って下さい!応援してます!あっ、でも、この前のトクシュウの件があるから、もしかして本当にザキルさんがレベル2に選ばれるかも!」


 興奮気味のカレン。

するとロベリが制度について疑問を投げ掛ける。


「そもそもどういった基準で選ばれるんだい?そのレベル2ってやつには」

「俺ら下っ端の普段の仕事っぷりを上が総括して評価しやがる。デケェのはドサ回りだがな」

「ドサ周り?」

「平たく言やぁ現場調査だ。市民共の申告内容に実態が伴ってるか、評価されるべき部分を見落としてねぇかを足で嗅ぎまわる。そうすることで査定の精度を上げるんだとよ」

「なるほどな。骨が折れそうだ」

「トクシュウの野郎のヤマで俺の評価は上がってるはずだが、ここでもうひとヤマだ。デカいのをしのいどく必要がある…」


 するとザキルはロベリが2杯目のカクテルを作る横でカレンをまたぎアウトロに話を持ち掛ける。


「おい、何かデカいヤマは無ぇのか?どんな内容でもいい。トクシュウの野郎と同じかそれ以上のヤマよこしやがれ!」

「おいおい、がめつい男だなぁ。その件で貸した2つの分もまだ返してもらってねぇんだぞ?」

「よく考えやがれ。俺がレベル2になることはテメェにとってもかなりデカい恩恵が渡ることだ。ここで恩を売って損は無ぇだろうが」

「悪ぃな、これ以上のツケはやってないんだよ。俺様が喜ぶ様な土産話が出来たらまた出直しな」

「…っち、クソが」


 ザキルは大きく舌打ちをし、ロベリが差し出した2杯目のカクテルを飲み干した。

それから何気ない会話と酒を楽しんだ3人は深夜2時となると自然と解散の運びとなった。

3人はそれぞれ帰路についたかと思われたが、赤いスーツを纏うアウトロだけは繁華街の中心へと向かって闊歩していた。

やがて辿り着いたのは以前、共犯であるザイゼンを追い詰めるためにザキルと共に訪れた高級クラブの前だった。

アウトロはスーツの襟を正し嬉しそうな表情を浮かべ店の中に入って行く。

出迎えたボーイに声を掛けられる。


「アウトロ様!いらっしゃいませ、お待ちしておりました。ご指名はございますか?」


 アウトロは先日の事件でこの店を訪れて以来、すっかりと常連客になっていた。


「いよぉ!みゆきちゃん宜しく」

「かしこまりました」


 アウトロはボーイの男に席まで案内されるとお絞りで手を拭きながら悠々と指名嬢の到着を待った。

まもなくして水色のドレスに身を包んだ若い女性がアウトロの元へ現れる。


「アウトロさん、こんばんわ。またいらしてくれたんですね!」


 その若い女はアウトロの横にぴったりと寄り添い笑顔で挨拶を交わす。


「もーちろんだよ、ミユキちゃん!今日はまた一段と綺麗だねぇ~。その脚線美には流石の俺様もイチコロよぉ~」

「うふふ。ありがとうございます」


 ミユキと呼ばれた女がアウトロのために酒を作り差し出すとアウトロは嬉しそうにそれを受け取り喉を潤す。


「でもこの前は本当にびっくりしちゃいました。いきなりだったので何事かと思いましたよ~」

「へへへ~。かっこよかっただろぉ~?まさに勧善懲悪、あんなシーンは映画くらいでしか中々見れないぜ~」

「うっふふ、本当ですね。でもあの事件がなければこうしてアウトロさんともお知り合いになれなかったので、ある意味感謝ですね」

「くぅぅ~!本当にこの子猫ちゃんはカワイイこと言ってくれちゃうぜぇ~。よーし、こうなったらミユキちゃんのためにシャンパン入れちゃうぜぇ~」

「ありがとうございま~す」


 注文された高級シャンパンを2人で乾杯しながら会話に花が咲く2人。

不意にアウトロはミユキの素性を聞き出す。


「そういえばミユキちゃん、今はこの仕事1本だっけか?」

「いえ、あちこちバイト掛け持ちしてますよ」

「マジ?お金貯めてるのかい?よく聞く留学資金のためとか?」

「いえ。実は私ある美術学校に入りたいと思ってるんです。その為には結構お金も必要なもんで」

「な~んだよ!そういうことは早く言ってくれなきゃ~。この俺様が援助してやろうじゃないのぉ~!いくら必要なんだ?」

「あ、いえいえ。お金は何とかなりそうなんです。こうしてアウトロさんにもすごくお世話になってるし。問題は”人物価値”の方で…」

「点数?どうしてだい?」

「実はその美大、人物価値が60点以上が入学資格なんです。今私45しかなくて。15点はかなり遠い数字なんでよね…」


 ミユキという女性は少し神妙な面持ちを見せる。


「遊ばず頑張って働いて自分の力でお金貯めて、ボランティア活動とかもして申請出すんですけど、中々厳しくて…」

「…そうだったのか。でもどうしてその美大に入りたいんだい?」

「まぁベタな話なんですけど、実は高校時代の親友との約束で。一緒の美術部だったんですけど、将来一緒に個展やろうねって約束してたんです。でもその子、突然事故で亡くなっちゃって…」


 アウトロは言葉を失った。


「その美大っていわば画家の登竜門的な学校なんです。だからどうしても入りたくて」

「…そうだったのか」

「あっ!ごめんなさい!こんな暗い話。せっかく来てくれたのに」

「いやぁ、いいんだよ。全然平気さ。よーし、今日はとことんいこう!シフト終了時間までこの席から動かさないよぉ~」

「うっふふふ。よく言いますよ。アウトロさん、意外とお酒弱いじゃないですかぁ~」


 アウトロは宣言通りミユキのシフト終了時間まで指名と注文を続け一晩で50万程をミユキにつぎ込んだ。

店を出たアウトロの表情には大きな満足感が宿っていたが、やがて彼女の話を思い出す。


「人物価値…か」


 アウトロは朝日が降り注ぐ人気の無い繁華街を1人、自身の思慮にのめり込んだままゆっくりと歩き去って行った。


 次の日の夜、アウトロはロベリの地下バーにザキルを呼び出していた。

やがて到着したザキルに声を掛けられるアウトロ。


「何の用だ?俺ぁドサ周りで忙しいんだ」

「まぁ座れよ。この前の貸しの件だ」

「あぁ?」


 アウトロは隣に座ったザキルに対し自身の携帯端末の画面を見せた。

そこにはアウトロが熱を上げるミユキの姿が映っていた。


「あぁ?何だこの女は?」

「彼女の点数を10点上げてやってくれ。それでこの前の貸し2つ分はチャラだ」

「はぁ?何だとぉ?」


 アウトロは事の真相をザキルに話て聞かせた。


「っは。夜の女に熱上げるたぁ、相変わらずテメェは間が抜けてやがるな。どうせいい様にカモられて時が来ればおさらばだぜ?」

「なぁ聞けよ。彼女の話が本当だとしたらそもそも45点ってのぁ低すぎるんじゃねぇか?俺にはどうも彼女が嘘言ってる様には見えないんだよ。まずは彼女の言ってることが本当なのか、本当だとしたらどうしてそんな査定なのかを調べてくれ」

「…」


 ザキルはいつになく真剣な表情を見せるアウトロを見て真剣に考え始めた。

そしてグラスを口に運んだあと、静かに受諾を告げる。


「女の本名と申請番号を送れ」


 アウトロは笑顔を見せ指示通りザキルの端末に情報を送る。

そんな様子を見た店主のロベリはひと言呟く。


「やれやれ。いつの時代も女が男を狂わせるねぇ~」


 翌日、選定所に出所したザキルはカレンを連れレベル2の職員達のフロアを訪れていた。


「えぇ!?選定情報を盗み見るんですかぁ??」

「おうよ」

「で、でもでも、バレたらまずいですよぉ~」

「だからテメェが表見張ってろって言ってんだよ!」

「そんなぁ~。巻き添えなんてイヤですよぉ~」

「手下なら親分の出世手伝え」

「誰が手下ですか!先輩後輩ってだけで形式上は同僚じゃないですか!それに、それってアウトロさんがその子に騙されてるだけかもしれないじゃないですかぁ~」

「いや、恐らくだがそれは無ぇ」

「え?」

「あの野郎はああ見えても裏の世界じゃやり手だ。何も持ってなかったあの野郎が今の地位に就けてんのは持ち前の処世術と人たらしがあったからだ。あの野郎が人を見誤るとは思えねぇ」

「へー。見かけによらずすごい人なんですね~」

「もしその女の申告が全部本当だとしたら確かに45ってのあぁ低すぎる。何かにおいやがるぜぇ…」


 やがて2人は国民から提出された申請書類をまとめる資料室へとたどり着いた。

カレンを表に立たせてザキルは中で目的の資料を探し回る。


「ザキルさぁ~ん、早くして下さぁ~い…」


 ザキルは膨大な資料の中から名前の頭文字を頼りに大急ぎで資料を探し漁る。


「っち…多すぎるぜ、クソが」


 ザキルが苛立ちを見せながら大急ぎで資料を漁っていると、表で見張るカレンに緊張が走る。


「だっ、誰か来た!!」


 カレンはザキルに合図を送るため、ドアを5回ノックした。


「っちぃ!!」


 どんどんと近付いて来る足音、カレンは資料室の中を何度も覗き込みザキルの帰還を今か今かと待ち望んだ。


「ザキルさぁぁん!早くぅぅぅぅ!!!」


 その瞬間に遭遇してしまうかと思われたその時、


「ザキルさん!!」

「行くぞ!!」


 間一髪、資料室から出てきたザキルがカレンの腕を引っ張りその場から颯爽と連れ去って行った。


 同じ日の夜、ザキル、カレン、アウトロは同じくロベリの地下バーに集まっていた。

ザキルが話を切り出す。


「テメェの目はまだ腐っちゃいなかったみてぇだな。その女が言ってたことは全部本当だ」


 ザキルは自身の携帯端末に撮影したミユキの申請書類の内容を見せた。


「裏も取れてる。夜の女にしちゃぁ珍しくクリーンな女だ。確かにこの経歴で45たぁちっとばかし低い気がするがな」

「やっぱりそうか?で、普通ならミユキちゃんは60点に相当する子なのか?そうなんだろ?絶対そうだよな?な?な?」

「…まぁな」


 アウトロは気合が入った表情で立ち上がり、水を得た魚の表に雄弁を発す。


「ほーらみろ!言った通りだ!あんな清らかな女性が45点なんてありえないと思ったんだ!ったくお前等選定所は一体何やってんだよ?ぬるい仕事に甘んじてひと一人の人生を台無しにしようってのかぁ?もし俺様がお前等を査定するとしたら全員赤点落第だ!今すぐ彼女の点数を修正しろ!」

「お、落ち着いて下さい、アウトロさん」

「こーれが落ち着いていられるかっての!亡き親友との約束を果たそうって女性に平均以下の点数をつけてその夢を妨害するなんて鬼畜の所業もいいとこだ!お前等の前世はキリストを張り付けにしたユダヤとローマのイカれ幹部か?彼女に何の恨みがあるってんだ?」


 アウトロが言葉の限りを尽くし選定所の所業にいちゃもんをつける横でカレンはアウトロをなだめようと言葉を掛ける。


「お、お気持ちはわかりますけど、実際に選定するのはレベル2の方々なんです。色んな状況を講じないとダメみたいですし、はっきりとした線引きがある訳でもないので多少の誤差が出るのは仕方ないことで…」

「15点の差が多少の誤差だってのかぁ?どう考えたって悪意のある査定だろ?こうなったらこの俺様が選定所に乗り込んで査定した奴を叩きのめしてやる!」


 アウトロの温度が収束を見せない横でザキルは冷静な面持ちのまま何かを考えている様子だった。


「頭冷やしやがれ。テメェ如きチンピラが一人暴れたところで何の解決にもなりゃしねぇんだよ」

「何だと?」

「まぁ聞け。このヤマぁもう終わりが見えてんだよ」

「何だって?」

「テメェの言う通りあ”ある野郎”が”悪意”を以って査定したとしたら、俺達にとってこんな都合のいい状況は無ぇ。クックックック…」


 一同は不敵に笑うザキルの思惑を掴めず、ただ不思議そうに眺めていたが、やがてザキルは一人店を出て行った。

残された3人は唖然した表情を浮かべる。


「何なんだ?気でもふれたのか?アイツ」

「な、なんなんですかね?」

「ふふふ、また面白いことになりそうだねぇ」


 その頃ザキルは1人、夜の繁華街を堂々と歩いていた。

辿り着いたのはミユキが務める高級クラブ。

入口に入ると、ボーイの男が驚嘆を発す。


「っは!あっ、あなたはこの前の!?」


 ザキルの迫力、そしてその正体に怯えを見せるボーイの男。

ザキルはそんな様子はお構いなしに用件を告げる。


「ミユキって女を出せ」

「はっ、ミユキちゃんですか?はっ、はい!今すぐ呼んできます!」


 ボーイの男は慌てて店内に駆け入り渦中の女性ミユキを入口まで連れて来た。


「よし、テメェは失せろ」

「はっ、はいぃ!!」


 その場に2人っきりとなったザキルとミユキ。

ミユキはザキルの登場に大きく驚いた様子は無かったが、突然選定所の人間に呼び出されたことに少々戸惑いを見せていた。


「あっ、あの、ミユキと申します。えと、ザキルさん、でしたよね?この前アウトロさんと一緒にいらっしゃって」

「シノギの最中悪ぃな。ちぃとばかし聞きてぇことがある」


 するとザキルは携帯端末を取り出し画面をミユキに向かって突き付けた。


「この野郎を知ってるか?」

「あ!は、はい…」

「詳しく聞かせろ」


 それから約5分、ミユキはその人物に関し知っていることをザキルに伝える。

また会話の中でザキルから受けた質問には?偽りなく答えた。


「…やっぱりなぁ」


 ザキルはミユキの話を聞き終わると眉間に影を寄せどこか怒りを感じさせる表情を見せた。

そして徐にポケットから数枚の紙幣を取り出すと、ミユキのドレス胸元にそれを突っ込んだ。


「指名料だ。取っとけ」

「へっ!?」


 そしてザキルはその広い背中を見せながら店を後にした。

外から様子を探っていたボーイの男はザキルが帰ったことを感じ取るとゆっくりとミユキの元へと現れた。


「ミユキちゃん、大丈夫?何があったの?」

「えっ?さ、さぁ…?」


 あっけにとられる2人はザキルの思惑を知る由もなく、大きく見開いた目を互いに合わせ合うのだった。


 翌日の早朝、選定所に出所したザキルは自席に荷物を置くと一目散へとレベル2職員がいるフロアへと上がって行った。

目的が決まっている足取りは早く、あっという間にその人物が座るデスクへと辿り着くと開口一番ドスの利いた声を発す。


「おう、ちょっとツラ貸せやぁ」

「あ~?…っひ!!」


 顔を上げ目の前にそびえ立つザキルの存在に恐怖を見せたのは、以前カレンに悪質なちょっかいを出していたレベル2職員のイロヨクだった。


「なっ、なっ、なんだよ?一体何の用だ?」

「そこの会議室に来やがれぇ。サシで話がある」

「なっ、何だって?イヤだ!お前また俺のこと殴る気か?絶対に行かないぞ!要件があるならここで言え!」

「ほぉ~、そうか。んじゃこの場で大声でぶちまけていいってんだなぁ?」


 するとザキルはポケットから携帯端末を取り出し画面に映るある人物を突き付けた。


「なっ!!!?」


 画面を見たイロヨクは一瞬にして顔から血の気を引かし言葉を失った。

その様子を見たザキルは確信を得て改めてイロヨクに詰め寄る。


「いいだろう、テメェのご要望通りこの場でカタつけさせてもらうぜ。テメェはこの女にぃ…」

「あーーーー!!!待った、待ってくれ!分かった、分かったからぁ!かっ、会議室に行こう!そこで話をぉぉぉ!!!」


 イロヨクは慌てて席から立ちあがりザキルの背中を押しながら共に無人の会議室へと向かって行った。

部屋に入りカギを占めたイロヨクは暗い無人の部屋でザキルと対峙する。

それはまるで孤立無援の状態で丸腰ながら金棒を持った鬼を相手にするかの様な恐怖を感じさせるものだった。

震える声で会話を切り出すイロヨク。


「おっ、おい…。その女、一体どういうことだよ??」

「テメェって野郎は、どこまでもクズ野郎だな」


 そしてザキルの口から真相が語られ始める。


「この女に熱上げてたテメェはしつこくつけまとった挙句、見限られた腹いせに不当なやり方で点数差っ引きやがったな?」

「うぅっ…、そ、それは…」

「本来この女の査定はテメェの担当じゃねぇのに関わらずだ。どうせ小汚ねぇ小細工で担当も操作しやがったんだろうが、あぁ??」

「うぅっ…。あっ、あの女が悪いんだ!思わせぶりな態度取りやがって!俺から金を絞るだけ絞ったらメールの返信もよこさないしアフターだって店外だって連続で断りやがった!あんな詐欺女、点数引かれて当然だろうが!」


 逆切れとも言えるイロヨクの言い分に呆れと怒りを混ぜた表情を見せるザキル。


「私情もいいとこじゃねぇか、あぁ?んな個人的な恨みを査定に差し込んでいいと思ってんのか?大体店の女のリップサービス真に受けるテメェが間抜けなだけだろうが!」

「だって、だってだってだってぇ!!!」

「黙って聞きやがれぇ!いいか?あの女ぁ亡くしたダチとの約束守るために美大目指してやがる。金と点数稼ぐために全部の時間を注いでやがんだ。テメェなんかよりよっぽど男気があらぁ!!」

「だっ、だけどぉ…」


”ドゴオォッ”


「っがぁぁ!!!」


 イロヨクの弁を遮る様にしてザキルの拳がイロヨクのどてっ腹にめり込んだ。

呼吸困難に悶えるイロヨク。

そんなイロヨクの胸倉を掴み上げザキルは至近距離で恫喝を刻む。


「いいか?このまま形が無くなるまで殴ってやりてぇところだが、ここはひとつスマートに取り引きといこうじゃねぇか」

「…ッッッ!」


 声を出せないイロヨクはそのままザキルの申し出に耳を傾ける。


「何より先にこの女の査定修正を申請しろ。理由は何でもいい、一刻も早く60に引き上げやがれ。この女の経歴からして不思議じゃねぇ査定だろ」

「ぐぐぅぅっ…。わ、わがったぁ…」

「それからもう一つ…」


 続けてザキルは驚愕の条件を叩き付けた。


「ココから足洗えや」

「!!!」


 イロヨクは未だ完全には戻らない呼吸機能のままで必死に抗い始める。


「そっ、そんなぁ!!」


 イロヨク反論の隙を与えないかの様にザキルが続ける。


「よーく考えやがれ。これが表沙汰に出りゃテメェは間違い無くブタ箱行きだ。このまま黙って辞表出してレベル2の席ひとつ空けるならこのことは黙っておいてやる」

「うぅぅぅぅっっっ!」


 絶対権力の一角を担う役職を失うことは絶対に避けたいイロヨクであったが、悪行の秘密を握った相手が閻魔ザキルであるという最悪の事態に選択の余地を削がれていた。

力なく首を縦に振ったイロヨクを見てザキルは全てを勝ち取ったかの様に笑い上げ、会議室を出て行くのだった。


 それから数日後、ザキルとイロヨクはミユキが働く店の前に来ていた。

閉店時間となった店から一人の女性が姿を現す。


「ミユキちゃん!」

「え!?アウトロさん?」


 私服に身を包んだミユキに歩み寄るアウトロ。

そして何を言うこともなくある封筒をミユキに差し出した。


「え?何ですかコレ?」

「いいから開けてみな」

「?」


 言われるがままに封を開け中身の書類を確認するミユキ。

その内容に目を通したミユキはその表情を驚きに広げた。


「えぇ!!?査定修正??わっ、私、60点になったんですかぁ??」


 驚くミユキを見て嬉しそうにニヤけるアウトロ。


「いやぁ~、おかしいと思ったんだよぉ~。ミユキちゃんみたいな聖母マリア様の生まれ変わりを象徴する女性が45点だなんてさぁ。そこでお友達のツテを頼って色々と調べさせたところ案の定さ。査定にミスがあったんだと。全くあるまじき事態だよなぁ?今後こんなことが無い様に俺様からもキツーく言っとくよ、あそこに突っ立ってる任侠面にさ」


 アウトロは背後で見守るザキルに対し親指を指した。

ミユキは何が何だか分からないといった表情を浮かべていたが、それは次第に歓喜へと染まって行った。

そしてそのままアウトロに体重をかけ抱き着く。


「おぉぉっと!」

「アウトロさん!本当にありがとうございます!本当に、本当にありがとうございます!!」


 アウトロは優しくミユキに腕を回し彼女の柔らかい身体を抱き締めたまま嬉しさに浸る。


「いいってことよぉ。必要な人物が正しく評価されることで実現する査定国家だろ?俺様は正しいことをしただけさぁ。この俺様が本気になれば選定所だって頭を垂れちゃうからねぇ~」


 そしてミユキは身体を離し満面の笑みでお礼を重ねる。


「ありがとうございます!本当に嬉しいです!私、頑張ります!絶対合格して個展を開きますから、その時は絶対に来て下さいね!」

「もーちろんさぁ!だけどそりゃ最短でも4年は先の話だろ?もうちっと早くミユキちゃんと素敵な時間を過ごせないかなぁ?」

「あ!それなら今度一緒にパスタ屋さんに行きません?すっごく美味しい処があるんです!是非ご馳走させて下さい!」

「い~ねぇ!それノッたよ!パスタは大好物なんだ!」

「了解です!それじゃそろそろ帰りますね。またお店にも来て下さい!それじゃ」


 幸福のオーラを振りまきながらスキップの様にその場を去って行くミユキ。

そんなミユキの後ろ姿をアウトロは嬉しそうに眺めている。

その姿が見えなくなるまで見送ると、アウトロはザキルの元へと戻って行く。

車に乗り込んだ2人、ザキル運転の元で車は走り出して行った。


「見てられねぇぜ。その伸び切った鼻の下、刻んで元の長さに戻してやろうか?」

「へへ。愛を知らねぇお前にゃ分からない幸せだろうなぁ」

「あぁ?」

「っへへ。まぁ今回はよくやってくれたとしておくよ。トクシュウん時の貸しもこれでチャラだ」

「っは。当然だろうが」

「よーし!次のデートで決めるぜぇ。俺様の女になってもらって店も辞めてもらう。勉強に集中してもらうんだ」

「あの女ぁカタギだろ。裏社会に引きずりこんでやるんじゃねぇ」

「だーいじょぶだって。そこは上手いことやるさぁ。なんなら俺様が足を洗って将来2人で世界的な個展を営むってのも悪くねぇしなぁ」

「っか。ロベリの奴が言ってたことは違ぇねぇなぁ」


 そして車が赤信号で止まると、アウトロは窓の外に信じ難い光景を目撃した。


「…おい」

「あぁ?…!」


 そこに居たのは先程まで自分に抱き付き心の底から感謝を告げていたミユキの姿。

しかし大きく違っていたのはその隣にしっかいと寄り添い腕を組む若い男の存在。

仲睦まじい姿を見せる2人は人気の無い場所であることを地の利とする様に熱い口づけを交わした。

その様子をまるで魂が抜かれたかの様に見つめるアウトロ。

その横でザキルは高らかに笑い声をあげる。


「っかーっはははははは。こいつらぁとんだハッピーエンドだぜぇ」

「…それ以上笑いやがったら殺すぞ」

「そう滾るな。ロベリんとこの店の前で下ろしてやらぁ」

「…あぁ。そうだよな。俺にはロベリちゃんがいるもんな…」


 青に変わる信号、車はゆっくりと走り出して行った。

アウトロに目撃されているとはつゆ知らず彼氏と思われる男といちゃつき続けるミユキ。

そんなミユキの様子に後髪を引かれながらもザキルの運転する車は暗い夜道の中へと消えて行くのだった。

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