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独立行政法人人物価値選定所  作者: レイジー
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【番外編2】ロベリアとエヴァンゲリオン

 この日、元義賊のバーオーナーであるロベリは店の閉店時間に合わせ表の看板を”Closed”にひっくり返すと店内で後片付けを始めた。

洗い物をする最中、突然出入り口のドアが開く。


「閉店だよ。出直してくんな…!」


 ロベリはそう言って来客を追い返そうとしたが、その姿を見て洗い物の手を止めた。


「やぁ。時間外にすまないね。少しだけいいかな?」

「…」


 ロベリは水に濡れた手を拭き、何も言わないままカウンターの上にコースターを置くことでその男の入店を許した。


「すまないね」


 その男はドアを閉めコースターの置かれた席に腰を下ろすと真っ直ぐとロベリを見た。

ロベリはその男に対し視線を合わせようとはせず、徐にタバコを取り出し先端に火を点けた。


「わざと閉店時間を見計らって来たんだろ?どうせまた面倒そうな話でも持って来ただろうからな」

「ふふふ。お見通しか。流石だね」

「何にする?」

「そうだね。何かノンアルコールでカクテルを作ってもらえるかな?」

「ほう?下戸だとは知らなかったな」

「酒は大昔に止めたんだ。つまらない理由でね」


 そう注文を受けたロベリはそれ以上何も聞こうとはせず言われた通りにお洒落なグラスに入ったライトブルーのカクテルを差し出した。

男はそれを愛でるとひと口を注ぐ。

するとロベリは大きく煙を吐きながら男に対し用件を尋ねた。


「それで?選定所のお偉いさんが一体何の用だ?」

「ははは。覚えていてくれたみたいで光栄だよ」

「その堅苦しい制服姿は印象に強かったよ。あぁあとそのダンディなヒゲが好みだってこともあるけどね」


 突然閉店時間に現れたその男は独立行政法人人物価値選定所8聖人の一角を担い”命”の称号を持つサコミズだった。

顔見知りを漂わせる2人は言葉少なく会話を交わす。


「元気だったかい?」

「変わらず」

「会わせたい人がいるんだ」

「?」


 するとサコミズは携帯端末を取り出し誰かに連絡を取り始めた。


「異常無い。いいぞ」


 その2言を告げると端末を切りポケットにしまうサコミズ。

間も無くして再び入口のドアが開いた。


「!」


 そこに現れたのは数人のSPに周囲を守れた1人の老人だった。

70代程と思われるその老人はサコミズと同じデザインの制服に身を包んでいるが、シルバーを纏うサコミズとは打って変わってその色は漆黒を染み込ませていた。

周囲のSPが店内の様子をあちこち見まわすと、その老人を残しドアの外へと戻って行った。

やがてその老人はサコミズが座る隣の席に腰を下ろすと、小さな声でロベリに離し掛ける。


「いやぁ、すまないねぇ無理を言ってしまった様で。とりあえず何かこの店のオリジナルなものを頂けるかな?」


 老人が纏う制服、風格、物腰から只者ではないことを悟っているロベリは言われるがままカクテルを用意し出す。


「”オススメ”じゃなくて”オリジナル”がお望みで?」

「あぁ。頼むよ」


 ロベリはカウンターの下からグラスを取り出し球体型の大きな氷を入れると、その上からいくつからの酒とシェイクした液体を注ぎ込んだ。

コースターと共にその老人の前に差し出す。


「当店オリジナルカクテル、”エゴ・モーン”です」


 その老人は差し出されたカクテルをひと口飲むと意味深なことを放った。


「ふむ。いい味じゃ。作り手の歴史が滲んだなんとも言えない味じゃ」

「ははは。そりゃさぞかし苦いだろうねぇ」


 暫く2人のやり取りを静観していた8聖人のサコミズは、その老人の正体をロベリに紹介した。


「ロベリ、こちら我が選定所の最高意思決定機関、エヴァンゲリオンの1人である”ヨハネ”氏だ」

「!!」


 普段冷静沈着を見せるロベリもその言葉には驚きを見せていた。

手に挟むタバコの灰が落ちてもそれに気付くことなく、その老人を凝視していた。


「こりゃまた…とんだ大物がいらしたもんだねぇ…」


 ”ヨハネ”と紹介されたその老人は静かにカクテルを味わっている。

そしてグラスを置くと両手をテーブルの上で組み再び口を開き始めた。


「まぁ、用件はおおよそご理解下さってますかな?」

「…勧誘だろ?数年前にそのこチョビ髭にだいぶ口説かれたけどねぇ。見た目ほどは女のエスコートが上手くなかったみたいだよ」

「ホッホッホ。これは失礼致しました。彼もまだまだ若いものでね。まぁ女性の扱いっていうのはどんな仕事よりも難しいものですて」

「め、面目無い…」


 ひと呼吸置いたヨハネは核心を話し始める。


「貴女が培われた義賊としての経験と能力、そして人脈、我々選定所としてはやはりあきらめ難いものがありましてな。今一度考え直していただけないかとこうしてお邪魔した次第でしてね」


 黙って聞き入るロベリ。


「貴女の希望は最大限努力させていただきます。現場3年後にエスカレーター式でレベル2への昇進も確約してもいい」

「ほう。そりゃ随分な破格条件なんじゃないか?鼻が高いよ。…だが悪いね、お断りさせてもらう」


 サコミズとヨハネは無言のままロベリの次の言葉を待っていた。


「いい話だとは思うがね。だがそもそも私が求めるものとは真逆なんだ、何もかもがさ」

「求めるものとは、なんですかな?」

「”自由”さ。点数に縛られた人生は義務教育早々で卒業したもんでね。組織ってやつに縛られるのも真っ平だ。アンタ等選定所の活動を邪魔するつもりもないが、応援するつもりもない。そうすることで本当の自由を手に収めてるのさ」

「”自由”ですか…」


 ヨハネは少しの間を置いた後、意外なことを言い始めた。


「もし、貴女が我々に協力していただけるのであれば、追加の条件を申し出ますぞ」

「追加の条件?」

「貴女の首に懸かってる国際指名手配を抹消させていただきます」

「!!」


 ロベリは表情を固めた。

それは自身がお尋ね者であることが認知されていることに対してではなく、選定所が持つ権力に対してだった。


「…へぇ。アンタ等みたいないち小国の独立機関が、外交にまで影響を及ぼすほどになっているとはねぇ」

「抹消する力があるということは、逆もまた然り。意味はお分かりになられますね…?」

「…」


 間接的な脅しをかけられたロベリは無表情のままヨハネを見つめていた。

やがて短くなったタバコをカウンター下にある灰皿に押し付けながら最後の煙を吐き語り始める。


「昔好きな映画があってね。サメが出て来るパニック物なんだが、ひょんなことから狂暴なアオザメが人間と等しい知恵を手に入れたんだ。その力と意思を手に入れたサメが最初に欲しがったものは何だと思う?”自由”だったんだ。生物の理っての似通ってるのかもねぇ」

「…」

「邪魔しないでくれよ?いい様に組織のモルモットにされた怒りでアンタ等の腕を食いちぎりたくはないからね…」


 目元に影を落とし迫力を滲ませた表情でヨハネにけん制を投げるロベリ。

それを受けたヨハネは一切呼吸を乱さないままロベリの例え話に被せていく。


「その映画なら私も見ましたよ。主人公の女性が最後に起こした行動は今でも理解に苦しむが、そのサメは確か最後自由を求め飼い主と抗いの末で爆発されてしまうのではなかったかな?」


 店内の空気がピリつく。


「私に飼い主なんていないさ。それにもしあの状況に差し掛かれば、私は残りの3人をキチンと食い殺してからフェンスを破るね。今までだったそうしてきたんだからな。そして、これからも…」

「…」


 ヨハネの言葉が途切れた。言葉に詰まった様子ではないものの、何かを考えている様子を見せている。

やがて残りのカクテルを飲み干すとポケットから1枚の名刺を取り出しロベリに差し出した。


「気が変わったらいつでも連絡を下さい。その番号は口外しないでいただけると有り難いが念のためここの固定番号からしか掛からないよう細工をしてありますので」

「…ご丁寧に」

「それからここにはウチの若い小僧がよく出入りしているでしょ?そいつ伝えでも一向に構いませんので。それでは」


 そう言い残したヨハネは席から立ち上がり店を後にした。

残されたサコミズは財布から数枚の紙幣を取り出しカウンターに置くと、捨てセリフと共にお暇を告げる。


「スカウト活動でエヴァの方を動かしたのは君が初めてだよ」

「そりゃどーも」


 やがてサコミズも店の中から姿を消し店内はロベリ一人の静かな空間が戻って来た。

再びタバコを取り出し火を点けるロベリ。


「ふぅ。あの任侠面を小僧扱いか。流石だねぇ」


 こうしてロベリは2人のグラスを流し台に置き何事も無かったかのように片付けを再開するのだった。

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