【番外編1】ヨウエンの休日
この日、ザキルはいつも通り選定所で書類整理をしていると、先輩職員であるミラージュから声を掛けられた。
「ザキル、ちょっと来い」
「あぁ?今忙しいんだ。後にしろ」
「最優先だ。いいから来い」
「あ?」
ザキルはミラージュの声のトーンに何かを感じ渋々ながら席を立った。
そしてフロアを出てエレベーターに乗り込むと、押された階数ボタンに反応を示すザキル。
「…おい、そこは…」
「あぁ。お呼び出しだ」
やがて目的の階数に止まると扉が開いた。
そこには無人の廊下が広がっており何も言わずに奥の方へ進むミラージュ。
あるドアの前で止まると、入口のセキュリティ装置に手をかざした。
ドアが開錠された音が聞こえるとミラージュはインターフォンに向かってひと言告げる。
「ミラージュです。連れてきました」
<どうぞ>
インターフォン越しに返って来たのは女性の声。
それを聞いたミラージュはザキルに目を移し入室を促す。
「よし、入れ。終わったらエレベーターの前に来い。待ってる」
「…」
ザキルは自身が居るフロアが選定所高度意思決定機関である8聖人が常駐するフロアであることを認識していた。
そして今、その一角を成す人物の部屋への入室を指示されたことに驚きを見せつつも、ゆっくりとドアを開け中に入った。
「!」
部屋の中でデスクワークをしていたのはシルバーの制服に身を包んだ8聖人の一角、”言霊”の称号を持つヨウエンだった。
「いらっしゃい。ごめんなさいね、突然呼び出したりなんかして」
「…」
ザキルは暫く言葉を失ったまま佇んでいた。
何故自分がこの場所に突然連れてこられたのか、その理由を模索しながら相手の様子を伺うザキル。
やがてヨウエンが口を開く。
「お仕事は順調?」
「あぁ?」
「ザキル君よね?貴方の活躍は聞いてるわ。まだ入所して新しいのに凄いわね」
「…」
ザキルは視線を上げないままのヨウエンをじっと見つめていた。
「そう緊張しないで。別にお説教のために呼んだんじゃないから」
「当然だ。説教されるいわれは無ぇ。さっさと用件を伺えますかね?こっちだって暇じゃねぇんでさぁ」
するとヨウエンはペンを置き視線を上げ組んだ手の上に顎を乗せた。
「ふふふ。実はね、今度の休みに付き合ってほしいのよ」
「あぁ?」
突然の申し出に表情を広げるザキル。
「来週連休を使って少し遠出しようと思っててね。その際に貴方にボディガードを頼みたいのよ」
「ボディガードだぁ?」
「そう。命を狙われる様なことはないと思うけど、立場上単独での行動は原則禁止されてるのよ。普段のSPは手続きが面倒だし大げさに大人数つけてこられるからバカンスって感じがしなくって。安全のためだとか言ってアレコレ小言も多いし」
「…それを何で俺に頼む?」
「うふふ。その迫力のある大柄なら打ってつけだと思って」
ザキルは突然のことに少々戸惑い気味ではあったが、それでもどこか冷静に頭の中を回していた。
世界を牛耳る決定権を持つ8聖人の一角が自身にプライベートなお願い事をする意図を深く探ろうとしていた。
「…悪ぃが面倒ごとはゴメンだ。他をあたってくんな」
「あら、女からの誘いを断るの?」
「俺が紳士に見えるか?他に用が無ぇなら失礼するぜ?」
ヨウエンは断られた立場ながら静かな笑みを絶やさずザキルを真っ直ぐとみていた。
「どうかしら。強く出世を目論む貴方にとって、8聖人である私に数日間密着出来るのはとても有益な経験だと思うけど?」
「!」
ザキルは自身の出世欲を知られていることに驚きながらも、ヨウエンの言う通り今回の申し出が自身にとって有益であることに気付かされた。
ザキルはもう一つ踏み込んだ探りを入れる。
「…何が目的だ?」
「言った通りよ。バカンスを楽しみしたいの」
そして数分後、ザキルは部屋の外に出て来た。
エレベーターまで歩き戻ると待機していたミラージュと合流する。
今回の呼び出しに関してその詳細を知らされていなかったミラージュは開口一番ザキルに問い掛ける。
「お帰り。どうだった?何だって?」
ザキルはいつも通りのしかめっ面で静かに答える。
「お姫様のエスコートだとよ」
「はぁ?」
やがて約束の日が訪れ、ザキルは早朝6時、選定所の出入り口でヨウエンの登場を待っていた。
すると1台の高級車が到着する。
降りて来た運転手にドアを開けられそのまま乗り込むザキル。
するとその中には向かいの席に座る一人の女性、海外セレブを思わせる様な服装のヨウエンが優雅に座っていた。
「おはよう。今日は宜しくね」
ザキルは何も言わないまま堂々と席に腰を落とす。
「何か飲む?」
「コーヒー」
ヨウエンは社内に用意されていた飲み物の中からコーヒーを注ぎザキルに手渡す。
いつの間にか走り出していた車の社内で何気ない会話が交わされる。
「それで?お姫様を乗せたカボチャの馬車は何処に向かってやがる?」
「うっふふふ。冗談を言う様には見えなかったけど、面白いわね。今から港に行くわ。船に乗ってシュウキュウ地区へ行くの。新鮮な食材を使った美味しいレストランがあるから、そこでディナーをご馳走するわ」
「ほう」
ザキルはそんな会話の中でも常にヨウエンの言動を注意深く見守りながら探りを入れようと機会を伺っていた。
(何か企んでいやがるに決まってる…)
そうこうしているうちに車は港に到着した。
停泊しているある大型船舶の前で下車する2人。
「この船よ」
「あぁ!?」
そこにそびえ立っていたのはビル程の高さとドーム数個分程の大きさを誇る超大型客船だった。
船の前にはクルーと思われる数十人が横一列に並びヨウエンを出迎える姿があった。
少々圧倒されるザキル。
「おい、こいつぁクルージング用の客船だろ?これで行くのか?」
「そうよ。世界最大の豪華客船。今ちょうどクルージング中なんだけど、運営会社と船長さんにお願いしてちょっとスケジュールを変更してもらったの」
「あぁ?アンタの送迎のためだけにここに寄らせたのかぁ?」
「そう。中には6000人のお客さんが居るからお行儀よくね。選定所の顔として粗相があるといけないから」
「…大層だなぁ、オイ。なんでそこまでしてこの船に乗る?」
「この船に乗船してるエステサロンがあるの。そこが一番肌に合うのよ」
「っは…」
「船内は18階建で中には遊園地や映画館なんかもあるから退屈しないと思うわ。それじゃ行きましょう」
そしてヨウエンは高級なコートを風になびかせながらクルー達が頭を下げる列を颯爽と船に向かって歩いて行く。
ザキルは8聖人が持つ権力に少し身震いしながらヨウエンの後ろをついて行った。
船内に上がると船長と思われる男から挨拶を受ける2人。
「ヨウエン様、ザキル様、お待ちしておりました。船長のカシミアです」
「どうも。いつも無理言ってごめんなさいね」
「いえ、とんでもございません。それではお部屋に案内致します」
船長であるカシミア先導の元、ヨウエンは船内のスイートルームへと案内された。
「ザキル様にはプレミアムルームを用意してございます」
ザキルは階段を下りた場所あるプレミアムルームへと案内された。
高級マンションを思わせる間取りと高級家具が並ぶ部屋にザキルは荷物を下ろすと、船長から声がかかる。
「これより30分後にヨウエン様がサロンにお出向かれになられます。その際にはザキル様もご同行下さい。スイートルームの前でお待ち下さい」
そう言ってドアを閉める船長。
ザキルはベランダから見える曇りのない水平線を見て小さく呟く。
「あの女…一体何が目的だ?」
それから30分後、ザキルは言われた通りにヨウエンが泊まるスイートルームの前に到着していた。
やがてヨウエンが部屋から姿を現すと2人して巨大な船内を歩き始める。
「大層豪勢な休日だな。ここまでするならそのエステも部屋に呼びゃあいいだろ」
「いつもの環境で最高のパフォーマンスを発揮してほしいのよ。一流の人達だからこだわりもあるだろうしね」
やがて船内に設けられているエステサロンに到着すると、出入り口では50代程の女性が姿勢よく2人を出迎えた。
「ヨウエン様、ザキル様、ようこそおいで下さいました」
「トシバさん、いつもお世話になります。宜しいかしら?」
「はい、もちろんでございます。奥へどうぞ。ザキル様はそちらの待合室でお待ち下さい。何かご用命がございましたら直ぐにでも私共にお申し付け下さいませ」
トシバと名乗る女性に案内を受ける2人。
ヨウエンはカーテンで仕切られた奥の部屋に入って行く。
「それじゃあちょっと待っててね。1時間位で戻るわ」
「あぁ」
「覗かないでね」
「ほざけ!」
ヨウエンはイタズラな笑みを見せつつ施術室へと姿を消して行って。
ザキルは高級なアジアンテイストが並ぶ待合室で一人思考に耽っていた。
(あの女がわざわざ俺を連れ回るメリットは何だ?本当に奴の御託通りの理由か?いや、んなわけねぇ。信頼関係が無ぇ俺をわざわざボディガードに選ぶとは考えられねぇ。…ックソが、読めねぇ女だぜ)
すると突然、部屋の外からトシバという女性の声が届いて来た。
「ザキル様、失礼致します。お紅茶をお持ち致しました」
部屋に入って来たトシバはトレイに乗っているオシャレなマグカップをテーブルの上に置いた。
「他に何かご用命はございませんでしょうか?」
「特に無ぇ」
「かしこまりました。それでは何かございましたらいつでも仰って下さいませ」
トシバが部屋を出て行こうとした際、ザキルを思い立って引き留める。
「あぁ、ちと待て。聞きてぇことがある」
「はい、なんでございましょう?」
「この店ぁ本当にただのエステサロンなのか?何か選定所と癒着がある様なことはねぇのか?」
「えぇ、勿論でございます。我々は日々お客様の美のお手伝いを追及するエステサロンでございます」
「ほう。あの中じゃ本当にあの女はただマッサージを受けてるだけなのか?」
「ヨウエン様のご要望にお応えしカスタマイズされたスペシャルコースをご堪能いただいておりますが、その中身はあくまでエステとなります」
「ほう…」
「失礼ながら何故その様なご質問を?」
「…何でもねぇ」
「左様でございますか。僭越ながらもし何かをお疑いのご様子でございましたら、何なりとお調べいただいても一向に問題ございません。ヨウエン様の許可があれば、施術中のお部屋をお見せすることも可能でございます」
トシバの物腰からそれらのことが全て嘘ではないことを悟るザキル。
差し出された紅茶を味わい質疑の終わりを知らせるザキル。
するとトシバは思いもよらない事を言い出した。
「しかし、ザキル様はとてもヨウエン様からの信用をお受けになられていらっしゃるのですね」
「あぁ?」
「ヨウエン様が店内にまでお連れの方をお招きになられたのは初めてのことでございます。いつもは出入口の外で警備に当たられるのですが、私共も驚いております」
そう聞かされたザキルはよりヨウエンという人物が分からなくなっていた。
何か裏があると決めつけ思考に走るザキルだったが、一切の手がかりを掴めないまま時間だけが過ぎて行った。
やがて1時間と少ししてヨウエンが施術室から出て来た。
「ふぅ、気持ち良かった。お待たせ、ザキル君」
「満足か?」
「えぇ、とっても。トシバさん、ありがとうございました。また宜しくお願いします」
「はい、スタッフ一同心よりお待ち申し上げております」
深々と頭を下げるトシバを背後に2人はそれぞれ自身の部屋へと戻って行った。
やがて夕方となり、船はヨウエンの目的地であるシュウキュウ地区へと停泊した。
大勢の見送りの中、船を降りる2人。
迎えに訪れていた1台の高級車へと乗り込んだ2人は夕暮れの中、目的地であるレストランへと向かって行った。
到着したのはとある高級住宅街。
草木が生い茂る道なき道を進んで行った先に1軒のコテージが佇んでいた。
「ここか?看板が出てねぇぞ?」
「ここよ。行きましょう」
ヨウエンがそのコテージのドアをノックすると、開かれた扉の向こうから1人の老女が出迎えた。
「ヨウエン様、ザキル様、お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
案内されたのは部屋の中央にあるダイニングテーブル。
2人分の席が用意されており、オシャレなテーブルクロスの上には背の高いキャンドルが灯っている。
静かに着席する2人。
「隠れ家レストランってやつか?」
「そんな感じね。会員制で1日1組限定なの。勿論メニューも無いからお店のお任せよ。すごく美味しいから楽しんで」
そして高級ワインと前菜から始まったコース料理に舌鼓を打つ2人。
不意にヨウエンは新人職員であるカレンの話題を始める。
「そういえばあの子は元気?カレンちゃんだったかしら。トクシュウの事件では彼女の頑張りも相当なものだったらしいじゃない?」
「あ~、まぁ元気過ぎて手に余ってますわ。その節は失礼しましたね」
「ザキル君、随分とあの子に気に入られてるみたいだけど、ああいう子は好みじゃないの?」
「はぁ?何の話でさぁ?」
「うっふふ。何でもないわ。結婚は考えてないの?」
「別に」
「仕事に夢中かしら?」
「そんなとこでさぁ」
「そう。ちょっと聞いていいかしら?」
「?」
ヨウエンはナイフとフォークを置き、テーブルの上で手を組んで少し神妙な雰囲気を見せ口を開いた。
「ザキル君は、この制度の先に真の世界が実現出来ると思う?」
「!」
ザキルも食べる手を止めた。
「モラルと道徳、そして生み出される利益のバランスを考えつつその人に正確な社会的価値点数を査定するこの制度、適材適所を極めることで正しい世の中を実現するという理念とビジョンは大変素晴らしいものだと思うわ。でもどうしても曖昧な部分はなくならないし、価値観の相違も無くならない。査定内容には大きく開きが出るこの制度は常に不完全だわ。仮初めの秩序を構築することは出来るけど、完全な公平を実現することは出来ない。その歪はいずれ大きくなってから顕著化するわ」
「…」
「ザキル君の入所理由と信念は聞いてるわ。情熱を持って仕事をしてる様だけど、その情熱が疑問に揺らいだことは無い?」
「アンタは迷ってるのか?」
「…どうかしら」
「何故俺にそんなことを聞く?」
「興味本位よ。深く考えないで。意見を聞きたいの」
ザキルは徐にワイングラスを手に取り残っていた中身を一気に飲み干しグラスを置いた。
「悪いがそれを俺に聞くのはお門違いじゃねぇのか?俺達下っ端は日々投げられた仕事片付けるだけで目を回してるだけだ。制度の欠陥だ国の行く末なんざに頭割いてる余裕は無ぇんでな」
「いいえ、貴方は考えを持っているはずよ。そうでしょ?」
ザキルは内心を見透かされていることを感じ取り、嘘や誤魔化しが通用しないことを悟ると目を瞑り口を開いた。
「国の連中をどうこうする前に所内の人間共を洗い流しゃいいだけの話だろ。査定する連中共を軒並みまともな頭持ってる連中で揃えりゃそれが国にも反映されんだ。アンタが言う価値観の分かれってやつがその思想に基づいたもんなら問題は無ぇんだろうが、トクシュウのヤマの動きを見る限りじゃそうは思えねぇ」
「…」
「アンタが迷ってんのはそういうことだろ?アンタ等8聖人共に派閥でもありやがるのか?アンタが利益史上主義に加担してるのかどうかは知らねぇが、もしそうなら俺は必ず上に行ってアンタをここから叩き出してやる」
「!」
「この世の中は腐った連中が多過ぎる。そいつがカタギだろうが金と権力ってエサを食わせりゃ誰でも豚みたいに醜く太りやがる。そうならねぇのはガキの頃から悲惨な地獄を味わって痛みを刻まれた俺達みたいな連中さ。現状の悲惨を平気なツラして見過ごせる様な奴等じゃねぇ。アンタが今日味わった贅沢をスラムのガキ共に寄付すりゃ一体何人のガキ共が救えると思う?」
「…」
ザキルは熱が怒りに変わりそうなタイミングで自制を思い出し、ひと呼吸置いて詫びを告げた。
「…悪ぃな。頭に血が上った。飯が不味くなる話はここまでだ」
「…いいのよ」
「アンタの知りてぇことは知れたか?」
「えぇ、十分よ」
「この先どんなことが起こるかは分からねぇが、今の時点じゃこの制度が最後の砦だ。俺はここで間違いなく成り上がる。んで必ずまともな世の中を作り出して見せる。だがその前に出世だ。下っ端が何をほざこうが誰も聞きやしねぇもんだ。アンタが迷ってる様なこたぁそん時にまた考える」
「…次がメインディッシュよ。楽しみましょう」
こうして2人は誰にも知られることのない場所で最後のデザートまでディナーを味わうのだった。
高級ホテルで1泊を過ごした2人は午前10時にロビーに集合していた。
支配人の見送りを背に昨夜と同じ高級車に乗り込む2人。
「それじゃ行きましょうか。帰りは専用ジェットを用意してるわ」
「海の次は空の旅か?とことん結構なご身分だな」
「どう?それなりに楽しめたかしら?」
「今回はアンタのバカンスだろうが。俺のことは関係無ぇ。やっとお姫様のお守から解放されると思うと清々するがな」
「うふふ。お姫様には騎士様はつきものでしょ?それじゃ行ってちょうだい」
ヨウエンの指示を受けた運転手は車のエンジンをかけゆっくりと走り出した。
それから数十分すると車は飛行場に到着した。
そこには大統領クラスの仕様を携える高級プライベートジェットと操縦士が2人を待ち構えていた。
乗り込んだ2人は広々とした機内でそれぞれの席に腰を下ろす。
設置されている小型冷蔵庫からワインを取り出しグラスに注ぐヨウエン。
「いかが?」
「いらねぇ」
ヨウエンはひと口ワインを味わうとグラスをテーブルに置きシートベルトを締めた。
やがて滑走路を走り離陸する機体。高度に乗ったところでシートベルトを外した2人は共に窓から空を見ていた。
「2時間程で着くそうよ」
「…」
「空から一望出来るこの景色に億単位の人間が住んでいる。それら全ての人生を私達が握ってるって、なんかゾクゾクしちゃうわよね。希望も絶望も私達の裁量次第。こうして空を飛んでいると、よくそれを実感させられるの」
「…」
「ザキル君は将来上に上がって誰かの人生をぶち壊してやりたいと思ったことはない?」
「…クソ野郎なら叩き落す、まともな野郎なら上に上げる。それだけだ」
「昨日のディナーでのこと、すごく気持ちのいい弁だったわ。声に命が宿ってる様で、まさに”言霊”だったと思うわ」
「何か言いたげだな?」
「うふふ。旅行中ずっと私の思惑を探ってたみたいだけど、ついに掴み切れなかったみたいね?」
「あぁ?」
「誤魔化しても無駄よ。女は見られることに関しては人一倍敏感だから。ザキル君の刺さる様な視線はずっと感じていたわ」
「…フン」
「付き合ってくれたお礼という訳じゃないけど、そろそろ真意をお伝えしようかしら」
「!」
ザキルは視線をヨウエンに移した。
「…やっぱり何か企んでやがったのか?」
「人聞きが悪いわね。ちょっとお話をしたかっただけよ」
「話だぁ?」
そしてヨウエンは遂に自身の内に秘めた意図を話し始めた。
「ザキル君、私と組む気はない?」
「!?」
ザキルがヨウエンの言動に細心の注意を払い始める中、ヨウエンは淡々と続ける。
「大袈裟な話じゃないわ。レベル1エージェントの立場を利用して同僚達の選別をして欲しいの」
「選別?」
「そう。その人が真に選定所の理念を信念に宿しているか、そうでないか、を」
「…」
「近い将来、間違い無くこの選定所は全体を通して大きく派閥化されるわ。”真の理想を掲げる者達”と”搾取に近い利益主義者達”。今の段階で早めに悪の芽、つまり後者を見つけ出し、そして潰す」
「!!」
ザキルは段々とヨウエンの表情に強みが増していくのを捉えていた。
それはいつも涼しい笑顔を見せるヨウエンとは一線を画すものだった。
「お姫様にしちゃぁ随分を物騒な事を言い出すもんだな。つまりこの俺にアンタのスパイになれってか?潰すたぁ、具体的に何をするつもりだ?」
「そこから先はザキル君が私に協力してくれると約束してからよ」
「なるほど。もう少し聞かせてもらおうか?」
ヨウエンは足を組み替え再び静かに語り出す。
「言った通り、この制度はどう足掻いても完璧にはならない。でも今の世界ではこの制度が絶対的。もし私達組織が誤れば世界な混沌と混乱を極める。そうなっては取り返しがつかない。だから今のうちに動いておく必要があるの」
「アンタが”真の理想を掲げる者”ってやつだって証拠はあるのか?」
「…」
ヨウエンは1度目を瞑り俯き気に続ける。
「証拠ね。これから話すことがそれに値するかは分からないけど、聞かせるわ」
「?」
「8聖人達は既に派閥に分かれているの」
「!」
「もちろん私は前者よ。この前のトクシュウの事件で彼を査定する審議会の際、利益主義者の連中は信じ難い提案をしてきたわ」
「?」
「”利益を生み出すトクシュウを惑わせた罪として被害少女の点数も下げるべきだ”と」
「んだとぉ!?」
「彼らは少女に一切の落ち度が無いことを知った上でそう提案してきた。本当世の中を救うのはモラルや人道ではなく、利益と数字だと信じ切ってる連中なの」
ザキルの額にひとつの青筋が走る。
「幸いその提案に関しては”命”のサコミズさんが止めてくれたけど、危ういところだったわ」
「サコミズのダンナは理想主義なのか?」
「読めない男だけど恐らく彼は中立。選定所内でも大きな力を持ってる人だからこちらに引き込みたいところだけど」
「ほぅ…」
「こんな事が本当にまかり通ってしまう世の中ではいけない。既に私達8聖人の中に腐食が進んでる状況だと必ずそれは下に降りて行く。今の内に手を打っておかないと」
「…何でそれを俺に言いやがる?」
「私は貴方をとても買ってるわ。貴方の仕事振りと心に宿す信念を見込んでってとことかしら。それにザキル君は既にお願いしたい事をやってのけてる。イロヨク君を追い出したのはザキル君でしょ?」
「どうして知ってやがる!?」
「うふふ。さて、どうしてかしら?」
「…っち」
ザキルが不愉快そうに舌打ちをする傍でヨウエンは不敵な笑みを取り戻したが、それも長くは続かず、核心に迫ると同時に先程の表情を取り戻す。
「ザキル君、私も貴方と同じ位の信念を持って入所し今まで仕事をこなしてきたわ。私は更に功績を上げて必ずエヴァンゲリオンになる。国民全てが安心して暮らせる本当の理想を実現するために。どう?協力してくれないかしら?」
「…」
ザキルは深く考えている様子だったが、その結論が口から出る前にヨウエンが意外な提案を持ち出した。
「もしここで協定を組んでくれるのなら、今回募集の掛かっているレベル2エージェントの昇格を口添えしてもいいわ」
「!!」
ザキルは驚きに表情を広げる。
「貴方がレベル2になれば選別の対象はレベル2になる。それは私にとっても都合がいい。どうかしら?」
追い打ちをかける様に重ねられた条件を聞いてザキルはより一層思考にのめり込んだ様子を見せた。
時折ヨウエンをじっと見詰め腹を探ろうとする様子を見せながら無言を貫くこと約1分、ザキルが沈黙を破る。
「悪ぃが他を当たってくんな」
「!」
ヨウエンは初めて驚いた表情を見せた。
「…どうしてから?」
「俺はテメェの腕っぷしで成り上がる。女にケツ拭かれるのぁゴメンだ。それにアンタは俺を随分を信用してやがるみたぇだが、俺はそうじゃねぇ。アンタ等8聖人は腹が知れねぇからな」
「…」
「俺がその立ち位置に足突っ込んだ時、アンタに利用価値があればその時に手を組もうじゃねぇか。その時までせいぜいその”悪の芽”とやらに返り討ちを食らわない様気を付けるんだな。それが俺と手を組む最低条件だ」
「…威風堂々ね。とてもレベル1エージェントの子とは思えないわ」
「運良くたまたまアンタが俺の先を行ってるってだけの話だ。初めから見下したペット扱いにゃ心底ウンザリしてたんだよ」
ヨウエンは静かに眼を閉じた。
そして再びその瞼が上がると、奥に宿る眼には光が宿っていなかった。
「…ちょっと言い方が悪かったかしらね」
「?」
「ザキル君、残念だけど貴方に選択権は無いの」
「!」
次の瞬間、ヨウエンはカバンの中から突然拳銃を取り出しザキルに銃口を向けた。
それを見たザキルは眼を広げ驚いた様子ではあったが、椅子から立ち上がる事なく冷静に状況を見ていた。
「ここまで知った上でUターンは無しよ。引き受けるか、それとも秘密を棺桶に持ち込んで闇に沈むか、どちらかしかないの」
「…」
「荒っぽいことはしたくなかったけど、仕方ないことなの。犠牲無き成功に栄光無し。ごめんなさいね、でも決断してちょうだい」
ザキルは真っ直ぐとヨウエンを見ていた。
怯えや震えを一切表さずただ黙って座り続けるザキル。
やがてゆっくり立ち上がると、銃口が自身に向いている状況にも関わらず、そのままヨウエンの方向に向かってゆっくりと歩き進むザキル。
ヨウエンもまた表情ひとつ動かさず銃を構えたままその場から動かずにいる。
やがてザキルは自身の腹に銃口に当たる位置で立ち止まると、高い身長からヨウエンを見下ろし、そのまま上半身を折り曲げその顔を至近距離まで近付けた。
「”国民全てが安心して暮らせる本当の理想を実現するため”だぁ?随分と矛盾したことしでかしてんじゃねぇか?えぇ?お姫様よ」
「…」
「アンタがこんな手段でしかテメェの理想を実現出来ねぇタマなら、ハナから手を組む価値なんざねぇんだよ」
「…」
互いの表情を見つめ合ったまま膠着状態が続いた。
空間が言葉を見失ってから約30秒程すると、突然ヨウエンがクスクスと笑い出した。
「ふふっ、ふふふふふふ」
「…」
ヨウエンは静かに銃を下ろした。
「うふふふ。本当、立場逆転って感じね。想像以上に逞しい子」
ザキルはそのままゆっくりと自分の席に戻って行った。
「意地悪しちゃってごめんなさいね。出来れば脅しに負けて折れてくれたら儲けものだったけど、貴方の覚悟と芯の強さが確認出来たから今回はよしとさせていただくわ」
「っけ、女狐が。どこまでも上から目線かましてぇみてぇだな」
「立場上、今は貴方より上役だからね。出世まで少しは我慢なさい。それじゃ、落ち着いたところで、どうかしら、1杯」
ヨウエンはワインボトルを手に取った。
「ボトルごとよこしな」
ヨウエンは自身のグラスに数口分のワインを注ぎ、残ったボトルをそのままザキルに手渡した。
2人がそれぞれの形で勝利の美酒を味わう中、ジェット機は一直線に2人の要塞である選定所に向かい雲を横切り続けるのだった。




