「ガキは違う、罪はねぇ。ただ生まれてきただけだ」
翌日の9時、選定所ではいつも通り職員達が業務に取り掛かり始める。
そんな中にザキルとカレンの姿もあった。
カレンはいつも通り朝いちで書類のチェックしてもらうためザキルの元へ訪れた。
「おはようございます。すみません、これ、お願いします」
「そこ置いとけ」
「…はい」
「!」
ザキルはカレンの異変に気付いた。
その表情はとても虚ろで明らかに具合の悪そうな様子を見せている。
「どうした?熱でもあんのか?」
「あ、い、いえ。大丈夫です。それじゃお願いします…」
そう言ってカレンは自席へと戻って行く。
その後姿を目で追うザキルだったが、次の瞬間カレンの姿が視界から消えた。
「カレン!!」
カレンは突然その場に倒れてしまった。
ザキルは直ぐにカレンの駆け寄り体を抱き抱える。
意識が朦朧としている様子のカレン。
ザキルはそんなカレンの額に手を置くとその手には異常と思われる高熱が直に伝わってきた。
「…っち。オイ!救急車を呼べ!直ぐにだ!!」
やがて選定所前に救急車が到着し車中に運び込まれるカレン。
ザキルも付き添いとして乗車し共に病院に向かって行った。
救命士がカレンの診断をしている最中、辛うじて意識を保つカレンはぼやける視界にザキルの姿を確認すると小声を漏らす。
「だ、大丈夫です…。すみません、大丈夫ですからぁ…」
体にムチを打って起き上がろうとするカレンを救命士が制止する。
「動かないで下さい。横になってて」
「でも、仕事が…」
ザキルも自分なりの励ましをカレンに投げ掛ける。
「黙ってくたばってやがれ!テメェ1人の穴なんざぁ屁でもねぇんだよ。このままこじらせて休職でもされるほうが迷惑だろうが」
「…すみません。本当に…」
やがて病院に到着し診察を受けた後カレンは病室のベッドで横になっていた。
そこにザキルが姿を現す。
「あ。ザキルさん…」
「ったくよぉ。39度もありやがるクセに出所して来てんじゃねぇ!」
「す、すみませぇん。その内引くかなぁと思って…。昨日雨に打たれちゃったんで、それでだと思います…」
「医者は疲労の蓄積だとよ。熱が引くまで入院してろ」
「で、でも…」
「うるせぇ!あのへそ曲がりジジイの所へは俺が行く。テメェは自分のことだけ心配してろ」
「ザキルさん…」
カレンは言葉の裏に隠れるザキルの優しさを感じ取っていた。
熱の影響であまり冷静な気持ちではなかったこともありカレンは突然普段聞けない様なことをザキルに問い掛けた。
「あの、ザキルさんはどうしてこの選定所に入ったんですか?」
「あぁ?」
「前に”お金と権力のため”って言ってましたけど、なんかそれ嘘っぽいなーって」
「んだとぉ?」
「だって、やっぱり優しいですよ、ザキルさん。なんか、ザキルさん誰かの為に怒ってる時が一番気合入ってるなぁって。利己的な理由で働いてるって感じないなぁって思います」
「…熱で頭がイカれたか?黙って寝てろ」
「やぱ、素直には教えてくれないですよね。じゃ先に私の秘密ひとつ言うんで教えて下さい」
「あぁ?」
するとカレンはベッドから体を起こしシャツの袖を捲くり始めた。
ザキルはそんなカレンの手首を見て目を広げる。
そこは無数の痛ましい切り傷が生々しく残っていた。
「中学校の時にいじめに遭ってからよくやってたんです。高校行かなかった理由もそれです、人が怖くなっちゃって。ずっと引き篭もってました。一度耐え切れなくてODしたんですけど、意識失った後、病院で目が覚めたら親に凄く泣くかれちゃって。それで自殺だけは取り合えず止めたんですけど、やっぱり凄く辛かったです」
ザキルは黙ってカレンの話に耳を傾けていた。
「その後も色々とあったんですけど、こんなゴミみたいな私を見つけてくれて拾ってくれた選定所には本当に感謝してます。絶対、絶対頑張って皆が住み易いいい世の中にしたいって張り切ってたら、逆にこんな迷惑掛けちゃって。もう本当ダメダメですよ」
「…」
「でもやっぱり頑張りたいです。前にザキルさんが中学校でいじめっ子の男の子に迫った時、体に電気走っちゃいました!私もいつかあんな風にカッコよく言ってやりたいなぁって思いました。えへへ、私イヤな奴ですよね」
カレンは辛そうながらも微笑んだ。
そんなカレンを見たザキルは黙ったまま近くにあった椅子に腰を下ろす。
そして静かに語り始めた。
「嘘じゃねぇ。金と権力さ、俺ぁな」
静かに続けるザキル。
「俺ぁ施設で育った。生まれた時から親はいねぇ。捨てられたのか死んだのかも分からねぇ。13で施設を飛び出してそっからは裏社会。驚いたぜ、親失って施設で育ったって人生がどれだけ恵まれてるかってことを思い知らされた。世の中にゃ更に不幸なガキが山の様にいやがった。飢え死に、凍死、闇ルートで臓器を捌かれる、そんなガキが山の様にな。運が良けりゃ人身売買でどっかの金持ちに売られることもある、そんな世界だった」
「…」
「こう見えても若ぇ頃はそれなりに救おうと動きもしたが現実を思い知った。1人の力じゃどうしようもねぇ。どんなにヤクで稼いでもキリがねぇんだ。毎日毎日救うガキより死ぬガキの方が上回ってきやがる」
「…麻薬を売ってたのは、子供達を救うためだったんですね?」
「ラリッて自滅すんのはテメェの自己責任だ、勝手にすりゃあいい。だがガキは違う、罪はねぇ。ただ生まれてきただけだ。そんなガキ共を救うにはもうこの世の中を土台から変えるしかねぇんだ。金と権力さえありゃ悪魔の所業が許される世の中じゃなく、まともな頭持った連中に金と権力を渡すって方法が手っ取り早い」
「ザキルさん…」
「結局は俺が捌いてたヤクもその一部がガキの手に渡ってたってのを知ってから足を洗った。途方に暮れてるところにミラージュの野郎が現れた」
「そうだったんですか」
「ココの情報力にゃあ恐れ入ったぜ。俺が影でガキ共を搾取する組織にヒビ入れようと暗躍してたことも奴等は知ってやがった。尻尾出す様なヘマした覚えは無ぇんだがな」
「だからザキルさんは選定所に入れたんですね。本当に世の中を良くしようとしてたから」
「俺ぁココで成り上がる。俺様の捌きでまっとうな世の中にする。その権力手に入れるためにはまだまだ情報を買う金も要る。どうだ、満足か?」
「はい!」
「っち。ベラベラ喋っちまったぜ…」
ザキルは照れくさそうに後頭部を掻きながら病室を後にした。
カレンはどこか満足した様な表情を見せゆっくりとベッドに体を倒すのだった。




