人物査定制度の功罪
ゲンリュウから激しい洗礼を受けた2人は一路選定所へと戻って行った。
車がスピードに乗るとザキルは徐に真相を話し始めた。
「見ての通り、あのジジイは俺達選定所を恨んでやがる」
「それは見て分かりましたけど、一体どうしてですか?」
「あのジジイは俺達選定所が野郎の嫁を殺したと思ってやがんだ」
「えぇぇ!?ど、どういうことですか?」
「奴の嫁ぁ元から病弱でな。まぁ人柄だのモラルだのってのは問題無かったそうだが、社会で生産性を生み出さないって理由で他の連中よりちょい下位の点数を付けられ続けてたんだ」
「え…。それってつまり?」
「奴の嫁が入院してた病院じゃ点数の高い患者を優先的に対応してやがった。次々入って来るより高い点数持ってる人間の手術が優先されて、ついには病院の手が回る前に奴の嫁はお陀仏になっちまったんだよ」
「そ、そんな!ひどい」
「より点数の高い有益な人間を重宝する風潮だ、仕方も無ぇこった。選定所に睨まれるのを嫌がってどの病院でも似たようなことしてやがる。あのジジイは自分の嫁はこの査定国家に殺されって思ってやがんだ、そりゃ素直に俺達の話を聞き入れる訳もねぇわな」
「ど、どうしたらいいんですか?」
「説得するしかねぇだろ。毎日通い詰めて根競べだ。交代で攻めるぞ」
「は、はい!」
こうしてザキルとカレンの持久戦が始まった。
連日ゲンリュウの家を訪れては門前払いを受ける日々。
それでも2人は諦めず次の日も、そのまた次の日も通い詰めた。
顔すら見せようとしないゲンリュウに対しカレンは何時間も粘りつつ玄関先で説得の弁を叫ぶ。
「ゲンリュウさん!お願いです!話を聞いて下さい!先日の事件はご存知ないですか?あの子を救えるのは貴方だけなんです!その子だけじゃありません!ゲンリュウさんが作るより安くて効果の高い薬を命辛々待ってる患者さんが何万人もいるんです!お願いです!お願いです!」
カレンは必死に叫び続けるも家の中からは物音ひとつしない日々が続く。
ザキルもまた玄関先で説得を試みる日々が続く。
「アンタの気持ちは分かる。病院の処置を俺達だって心情的にはよしとは思ってねぇ。それになぁ、んなふてくされた余生過ごすアンタの姿を、嫁は天国で望んでんのかよ?」
やはり家の奥からは何も聞こえてこない。
「…っち」
ザキルは成す術無くこの日もゲンリュウの家を後にした。
そんな日々が十数日程過ぎたある日、この日もカレンは玄関先で説得を試みる。
しかしゲンリュウは姿を見せない。
やがて雨が降り始め気温が一気に下がり始める。
玄関に座り込み両腕を摩りながら震えていると、突然玄関先に足音が聞こえて来た。
「ゲンリュウさん!?」
玄関の向こう側から小さな老人の声が届き始めた。
「ええ加減にせんか。ワシは心を変えるつもりなんぞ無い」
連日に渡る2人の説得に根負けをしたゲンリュウはついに玄関に現れ扉越しにカレンに返答を返した。
カレンは立ち上がり枯れる声を振り絞って扉に向かい説得を再開する。
「ゲンリュウさん、聞いて下さい!奥様に起こった出来事は本当にお辛し許せない事だと思います。でも、私達選定所は絶対そんなつもりで日々頑張ってる訳じゃありません!皆心からこの世の中を良くしようとして必死になんです。たまに理想と違う出来事が起こったり乱暴な事しないといけないこともあるかもしれないけど、それでも、皆理想のために戦ってるんです!私達だって、出来れば奥様をお守りしたかったと全員がそう思っています!」
「口八丁はお主等の常套手段じゃろうが。綺麗事ばかり並べおって。建前では心を大切にするとかほざきおってからに、実際は金じゃの利益じゃの生産性じゃのと。高齢者は老害として物扱いしとる始末。能ある殺人犯が外の空気を吸って自殺と孤独死は知らん振り。人間らしい生き方と尊厳を奪った世の中を作ったのはお主達じゃ。命を何だと思っとる!!」
「それは…。そういう風に見られちゃうこともあるかもしれません。でも、でも、この制度のお陰で救われている人も沢山いるんです。国籍や年齢に差別されず社会貢献のチャンスを得られる人や、数値にならない部分で頑張る人を報うことだって沢山あります。まだまだ課題は多いですけど、命を差別したりお年寄りを物扱いにしてるなんて誤解です!信じて下さい。時間は掛かるかもしれませんが、私達が必ず本当にいい世の中にしてみせますから!」
「…」
「ゲンリュウさんも、救いを求めてる人に手を差し伸べてほしいんです!」
「…こんな世の救いになろうとは思わん。帰れ!」
その言葉を最後に足音は家の奥へと消えて行った。
「ゲンリュウさん!ゲンリュウさん!」
カレンが必死に呼び掛けるも再び足音が玄関に近付く事は無かった。
カレンはそのまま1時間程その場に居座り続けるも、やがて肩を落とし土砂降りの雨の中ゆっくりと車の中へと戻って行くのだった。




