もうひとつの特効薬
翌日の9時、選定所に出所したザキルはカバンを自席に置くとすぐさまカレンの席に赴いた。
「カレン、支度しろ。出るぞ」
「え?あ、はい。外回りですか?」
「いいから来い」
カレンは目的を知らされないままザキルの車に乗り込んだ。
そして走り出すと直ぐにザキルに問い質す。
「あの、どこに行くんですか?」
「今から”ゲンリュウ”ってジジイに会いに行く」
「”ゲンリュウ”?誰ですか?それ」
「トクシュウが開発した薬、それより更に上をいく薬を開発してたジジイだ」
「えぇ!?上をいく薬って?どういうことですか?」
「まだ薬の開発段階ん時、トクシュウの野郎にゃ業界にライバルがいた。それがゲンリュウってジジイだ。そのジジイが開発してた薬は効果、コスパ、副作用、全ての面でトクシュウの薬を上回って完成する予定だったんだ」
「え?え?え?本当ですか?」
「だがそのジジイは突然業界から引退しやがった」
「えぇ?どうしてですか?」
衝撃の展開に目を輝かせるカレン。
そんなカレンをしり目にザキルは真相は語り始める。
「元々そのジジイの嫁が病気だったらしい。嫁を治そうとして躍起になって開発してたんだが、開発の途中で嫁が逝っちまいやがった。理由を無くしたそいつは業界から足を洗ったって話だ」
「な、なるほどぉ。そうだったんですね…」
「もしそのジジイに薬を完成させて流通させれば…」
「そうか!もっといい薬が出来ればトクシュウの社会的価値と点数は大幅にダウン!もし実刑になってももっと凄い薬があれば患者さん達も命が助かる!」
「そういうこった。何が何でもそのジジイ説得して薬を完成させてもらうしかねぇんだ。だがそう簡単じゃねぇかもな」
「え?どうしてですか?」
「行けば分かる。続きはそれからだ」
「は、はい!分かりました!やった!本当に現れた!必要な人!」
「あぁ?何だって?」
「あ、いえいえいえ。何でもないです!急ぎましょう!」
そうしているうちにザキルはある古民家の前に車を停めた。
車を降り玄関の呼び出し音を鳴らすとやがて1人の老人が姿を現した。
「…誰じゃ?何の用じゃ?」
中から出てきた老人はどこか卑屈そうな顔付きを見せており明らかに2人の訪問を歓迎していない様子だった。
すると希望を取り戻したカレンが意気揚々と自身の素性を名乗る。
「突然お邪魔してすみません。私達、人物価値選定所の者です!ゲンリュウ博士でいらっしゃいますか?」
カレンの言葉を聞いた途端、その老人は突然表情に覇気を宿らせ乱暴に扉を閉めた。
その様子は明らかに怒りに近い感情が読み取れるものだった。
「え?あ、あれ?あの、どして?すみません、ゲンリュウさん?」
「はぁ…。やれやれ」
訳が分からないといった様子を見せるカレンの横で事情を把握している様子のザキルは小さく溜め息を漏らす。
やがて1分程して扉の奥からドタドタとした足音が聞こえて来た。
先程の老人が戻って来たと思い安心した表情を見せるカレンだったが、その扉が開くとカレンの想定とは真逆の展開が巻き起こった。
「出て行けぇぇぇ!!!」
「きゃぁぁぁ!!」
再度姿を見せた老人はその腕に甕を抱え、中に入っている塩を握り取り2人に向かって強く投げ掛け始めた。
「きゃっ!ちょ、ちょっと!あのっ、止めて下さい!」
両腕で顔を守りながら後ずさりする2人に対し容赦無く塩を投げ続けるゲンリュウ。
「どの面下げて来おったぁ!こん冒涜者がぁ!消え失ぇぇぇ!!」
2人がある程度の距離まで引き下がるとその老人は乱暴に扉を閉め中から鍵を掛け家の奥へと消えて行った。
唖然とするカレン。
「え?あの、何で?どうして?」
「こりゃぁ骨が折れそうだぜ…」
「ザ、ザキルさん?一体どういう事なんですか?」
「中で話す。取り合えず乗れ。一旦引き上げだ」
こうして2人は再び車に乗り一路選定所へと引き返して行ったのだった。




