急展開
選定所内、この日も職員の面々はそれぞれの仕事に励んでいる。
そんな中、カレンがザキルの自席に書類を持ってやって来た。
「ザキルさん。書類出来ました」
「おう。そこ置け」
やって来たカレンの表情はやはり少し沈んでいた。
「…元気出せたぁ言わねぇ。落ち込むだけ落ち込め」
”無理して元気を出そうとしなくていい”。
そんな言葉を隠したザキルなりの励ましだった。
「また何時、あの子が襲われるかもしれないと思うと、その怖さに怯えてるかと思うと…」
「近付くなって裁判所命令は出てるんだとよ」
「でも、そんなの聞く様な奴じゃないじゃないですか」
「言ったろ。俺達のしのぎじゃねぇ。四の五の言ってねぇでケツの穴締めて仕事しやがれ」
ザキルもまたやりきれない気持ちを引きずっていた。
しかし後輩の手前参っていることを表に出す訳には行かず、いつも通り豪快にそして横柄に振舞うザキルだった。
同じ日の夜、仕事を終えたザキルはロベリが営むバーでブランデーを片手に葉巻を吹かしていた。
その店内に他の客は居らずバーテンダーであるロベリと2人きりの空間だった。
やがてロベリがザキルに声を掛ける。
「また仕事で何かあったのか?」
「あぁ?」
「ふふ。お前が1人でブランデーを飲みに来る時は決まって何かあった時じゃなかったか?」
「っは。っるせぇんだよ」
「ふふふ」
すると突然ザキルの携帯端末に着信音が鳴った。
相手を確認し受信するザキル。
「あぁ。あ?ニカルリだ。あぁ、あぁ…」
ザキルは通話の相手に対し自身がいるバーの店名を知らせ端末を切った。
そこから約30分程すると店内に1人の男が入って来た。
「待たせたな」
現れたのはアウトロだった。
いつも通り真紅のスーツに身を包んでおり、その饒舌は調子を取り戻していた。
「よぉロベリちゃん。相変わらずセクシーだねぇ。どう?お店終わったら俺の所に来ないかい?」
「アタシを飲み負かしてからにしなよ、ヘナチョコ」
「ははははは。相変わらず手厳しいねぇ。いつになったら俺様の前でパンツ下ろしてくれるのかねぇ?」
アウトロはロベリと軽い挨拶を交わすとザキルの隣の席に腰を下ろした。
「よぉ。どうだ調子は?」
「何の用だ?」
「心配して来てやったんじゃねぇか。今回も色々と大変だったみたいだなぁ。世論からのバッシングはどんなもんだ?」
「毎度の事だ。屁でもねぇ」
「そうか、ならいい。実はな、今日はその事で来たんだ」
「あぁ?どういうこった」
「例のロリコンドラッグ野郎だがな、そいつの点数を地に落として上手くいけばムショにぶち込めるかもしれねぇんだ」
アウトロが持ち掛けた話に興味を示すザキルだったが、その表情は直ぐに影に伏した。
「どんなネタか知らねぇが今回はそう簡単じゃねぇんだ。野放しにしてもぶち込んでも誰かが苦しむ」
「まぁ聞け。それが誰も苦しまずにその野郎だけを底に叩き落す事が出来るかもしれねぇとしたら?」
「何!?どういうことだ?」
「言葉通りさ。全員がハッピーエンドになれるかもしれねぇが、ちっとばかし壁がある」
「…読めねぇな。で、そのネタ幾らだ?」
「貸し2つ分だ」
「…確かなネタなんだろうな?」
「おいおい長い付き合いだろ?俺がガセでわざわざやって来てこんな条件ふっかけると思うか?信じろよ」
「…」
「どうだ?買うか?」
ザキルは悩んでいる様子だった。
「可愛い後輩のカレンちゃんがあんな悲しい目をしてんだぜぇ?男なら即決だろ?」
「あぁ?何でテメェがカレンのことを言いやがる?」
「ままま。男なら細かい話を気にするのも無しだ!で?どうする?」
ザキルは暫く考えた込んだものの、アウトロの瞳に確かな自信を感じ取り静かにその条件に合意した。
こうしてザキルはアウトロが手に入れた情報をその耳に収めるとその表情に生気を宿ら始めた。
「なるほどぉ…。そういうことか」
ザキルは立ち上がり財布から数枚の札を取すとそれを出しカウンターに放り投げた。
「先だ。テメェ等2人で飲んどけ」
そう捨て台詞を吐いたザキルは店出入り口のドアに付けられている鈴を鳴らし颯爽と外に飛び出して行った。
その様子をアウトロとロベリはどこか嬉しそうに眺めるのだった。




