8聖人”言霊”のヨウエン
屋上を出たサコミズは下階に下りる階段の途中、1人の女と遭遇していた。
「ヨウエン!」
そこに立っていたにはサコミズと同じ現8聖人の一角を担う女”ヨウエン”だった。
「ミラちゃん、やっぱり貴方に相談したのね」
「まぁな」
「8聖人の私達があまり下位レベルの職員と交流を持つのは感心出来ないわよ」
「分っている。ただの世間話さ。今後は自重するよ」
「…そう」
ヨウエンという女は辛うじて聞き取れるかという程度の小さく、そして透き通る様な声でサコミズに返事を返した。
「君こそ、こんな所に何か用か?」
するとヨウエンは微かに息をつき用件を告げた。
「”虚”と”悟”が合意したわ。やっぱり、想定の方向に進みそうよ」
「…そうか」
サコミズは表情に影を落とした。
「立場上致し方無いことだと思うわ」
「…そうだな」
「上告討議は申請する?」
「…いや。止めておこう」
「分ったわ」
するとヨウエンはサコミズに対し背を向けゆっくりと階段を降り始めた。
サコミズはそんなヨウエンの背中に向かって問い掛ける。
「君はどう思うんだ?」
「?」
足を止め振り返るヨウエン。
「同じ女性として、この決定は腑に落ちるものかい?」
「…」
「難しい事であることは分かっているさ。少女の無念を晴らすためには点数を大きく下げるべき。しかし減点の影響で奴がもし投獄されれば数万人の命が危うくなる。1人の少女の無念か何万の命か。もはや天秤にかけるまでも無いが、同じ女性としてどう思うかね?」
ヨウエンは視線をずらし少し口篭ったが、やがて正面を見て小さく口を開く。
「私の心情は関係ないんじゃないかしら?」
「そうだな。我々選定所はあくまで査定項目に数字にならない要素を組み込む組織。その査定過程においてはやはり私情を挟むべきではない事は重々承知だ」
「ならどうしてそんなこと聞くの?」
「ただの興味本位さ」
「…」
ヨウエンは少し間を置き再び喋り始める。
「その子は本当に不憫だったと思うわ。同情はある。ただそれだけよ」
「…そうか」
「でもね。私は今回の結果でも特に問題は無いと思ってるの」
「それは8聖人としての正義か?」
「いいえ」
「?」
サコミズはヨウエンの次の言葉を待った。
「選定所はその存在意義と必要性を保つために正当な基準に準じてあの男を査定をする。それでも少女の無念はやがて晴れると思うわ」
「…どういうことだ?」
「あの男はいずれ地に堕ちる」
「!」
そう言い放つヨウエンの表情はどこか不気味で他者には見えない何かを見透かしている様な雰囲気を見せていた。
「…どうしてそう思う?」
「女の勘よ」
「勘…か」
サコミズはヨウエンの言い分に対し軽視することも侮ることもしなかった。
「全く恐ろしいな。君の言葉には称号どおり”言霊”が宿るからなぁ」
「うっふふふふふ…」
ヨウエンは不気味な笑い声を上げながら再びゆっくりとその歩みを階段の下へと下ろして行くのだった。




