平等と公平の弊害
拘置所に着いたザキルとカレンは中に入ると受付の警官に選定所からの来訪である事を告げトクシュウへの取次ぎを依頼した。
取調室で待っているとそこに警官に連れられトクシュウが現れた。
「や~れやれ。や~っと警察の取り調べが終わったと思ったら、今度は選定所さんですか?」
部屋に入って来た男は7:3分けのヘアースタイルに釣り上がった嫌味な目付きを透明な眼鏡で覆っていた。
明らかに反省の欠片も見られない様な態度で椅子にどかっと腰を下ろすとわざとらしい溜め息と共に口を開いく。
「で?お聞きになられたいことってのは何ですか?こっちはもうウンザリしてるんですがねぇ」
「…」
ふてぶてしい態度を見せるトクシュウという男。
ザキルは勿論の事、これにはカレンも怪訝な表情を突きつけていた。
「お疲れのところすみませんねぇ。まぁ時間は取らせませんわ。まずここに書いてることは事実ですかい?」
ザキルは机の上にある報告書面を指で突きながら問い掛ける。
「ま、形式上ほぼ事実と言ってあげましょうか。書き方については大いに意義ありですがね。悪意に満ちてわざと誤解を生む様な書き方が満載だ」
「書き方ぁ?」
「あのねぇ。乱暴だの強姦だのって、僕等は愛し合ってるんですよ。恋人同士が相思相愛の元で営んで一体何が悪いって言うんですかぁ?こんな逮捕そもそも不当なんだよ。全くこれだから脳みその無いバカ共は困るんだよなぁ~」
カレンの表情が更に怒りに歪む。
「…ほーう、相思相愛ねぇ。記録じゃ相手方の子は随分と抵抗した痕跡があるみたいだが、こいつぁどう説明するつもりで?」
「彼女照れ屋さんだからねぇ。若いってのもあるだろうけど、僕からの愛を素直に受け取るの事に戸惑ってるって感じだったよ」
「全治2週間の怪我とPTSDの治療が必要な状態な状態で入院させといて、これも愛の形だと?」
「どう考えたって彼女が悪いだろぉ~?愛しているくせに僕からの愛を素直に受け取らないんだから。愛をムチに変えたのは彼女の方だ!」
「ほぉ…」
「お宅ら選定所の方々でしたね?まぁどんな偏見で僕等を見ても構いはしませんが、点数については、分かってますよねぇ…?」
「…」
含みのある言い方でザキルとカレンを見るトクシュウ。
「大丈夫。こっちもちゃんと対応しますよ。腕のいい弁護士を雇っていち早くこんな糞溜め出れる様に尽力しますからぁ。お宅らはお宅らできちーんと仕事してくれればいいんですよ。この世の中のためにもねぇ…」
ザキルは真っ直ぐにトクシュウを睨み付け机にある資料を大きな音を立てながら閉じた。
そして立ち上がりひと言言い放つ。
「質問は以上だ。邪魔したな」
隣のカレンは未だ席から立とうとはせずひたすらトクシュウを睨み付けていた。
「おいカレン、行くぞ。…カレン!」
やがて渋々と立ち上がったカレンはザキルと共に拘置所を後にした。
帰りの車中カレンは怒りを爆発させる。
「クズです!クズクズクズクズクズ!!あいつ絶対許せない!女の敵です!!なんなのあの態度??」
「落ち着け」
「ザキルさん、さっきの取り調べの様子を報告するんですよね?徹底的に嫌な奴で反省も無くて再犯の可能性満載だって言ってやりましょうね!」
「あぁ勿論だ。別に水増なんざしなくてもあの野郎は十分クソ野郎だ。恋人関係主張してたが実態はただのロリコンストーカー野郎だ。一方的に毎日脅かしてやがったみてぇだが遂に一線を越えやがったんだ」
「思いっきり点数下げてやりましょう!絶対実刑にしてやる!」
「いや…そいつぁ無理だろうなぁ」
「え?」
ザキルが物憂げに続ける。
「あの野郎が特効薬を開発して年間17万人の国民を救ってんのは事実だ。その薬が世界中へ流通されるのも時間の問題。外交や経済の期待も背負ってる。小娘1人の気持ちを汲むってだけで選定所が奴の点数を大幅に下げるとぁ考えられねぇ」
「えっ…そんな。確かにそうかもですけど、でもそれってあんまりじゃ」
「総合的に判断する義務がある。それが俺達の責務だ。受け止めなきゃいけねぇ。それに一番の問題は別にある」
「え?」
「あの野郎は薬の最終製造過程を誰にも開示して無ぇ。つまり、奴以外に薬を作れる奴はいねぇのさ。奴がぶち込まれれば薬の製造が止まる。実刑にする訳にはいかねぇってこった」
「…そ、そんな!そんなことって…。何とか、何とかならないんですか?アイツ、絶対またその子を襲いに行きますよ?本当にそれでいいんですか?」
「俺達下っ端はごちゃごちゃ言える立場じゃねぇんだよ。俺達ぁ自分の仕事して、後は上の連中と司法に任せるしかねぇんだ。だがそれも期待は出来ねぇがな」
「どういうことですか?」
「この点数国家は裁判家共も例外じゃねぇ。俺らが高い点数付けてる人間に厳罰を下すことで俺達選定所に睨まれることを嫌がってやがる。欠席裁判よりも勝ち目は無ぇってこった」
「……」
重苦しい空気が充満する車中。
そこから2人の間には一切の会話が流れること無く次の目的地へ到着するのだった。




