モラル < 金
それからザキルが向かったのは建物の7階、一般大衆民を査定するレベル2の職員達が集うフロアだった。
周囲を見渡し目的の人物を見付けるとその方向へと向かって行く。
やがて辿り着いたザキルはその人物に声を掛けた。
「おい」
「ん~?っひやぁぁあ!!!」
その人物はザキルを見るや否や椅子から飛び跳ねて驚いた。
その人物は先日カレンへのセクハラが原因でザキルから闇の制裁を受けたチャラついた職員のイロヨクだった。
「なっ、なっ、なっ、何だよ!?あれからカレンちゃんには一切近付いてないぞぉ!!」
「ガタガタうるせぇ!今日はそういう用件じゃねぇんだよ。こいつを見ろ」
「はへ?」
するとザキルは先程クレームを言いに来た中年男性の申請書類をイロヨクの机に放り投げた。
「…な、何だよこれ?」
「その男はテメェが査定したんだろ?」
「えぇ?…あぁ。あの中小企業のオッサンか。で?これが何だよ?」
ザキルはその書類に指を置きイロヨクに真意を訪ねる。
「よく見ろ。悪くねぇ人徳じゃねぇか。犯罪歴も無ぇし真面目な男だ。この内容で38点ってのはちと低すぎんじゃねぇのか?」
イロヨクはザキルからの申し出に少しの間状況を把握出来ないといった様子だったが、少なくとも自分を殺しに来た訳ではないことを察し落ち着きを取り戻していった。
「ふぅ~。急に何を言うかと思えば。レベル1のクセにレベル2に対し査定の説教をしに来た訳?いいご身分だねぇ~」
「テメェ。舐めた口利きやがるとその前歯叩き折るぞコラァ」
「っぐ…。な、何だよ」
「いいからさっさと答えやがれ」
イロヨクは背もたれに大きくもたれかかり気怠そうに口を開く。
「…ったく。あーそうだね。確かに彼は真面目な男だよ。だけどさ、いち企業の社長として全く利益を上げてないじゃん。年々右肩下がり。組織の長としての責務を果たしてないんだよ」
「んな事ぁ見りゃ分かる。にしても比重が重すぎるんじゃねぇかって言ってんだ。査定の原則では人格や道徳なんかも査定対象なんだろうが?」
「勿論。きちんとその分を考慮してるよ。その上でさ。そもそも比重にバラつきが出るのは仕方無いことだろ。今は金、利益、数字、結果が必要とされている国情なんだよ。それが世間のニーズなの」
「…だがこんなこと繰り返しゃ不道徳な連中がのさばるんじゃぇのか?金さえ作り出せばやりたい放題だろ。それに金を作ることに必死になりすぎて不正しやがる人間だって多くなるぞ?」
「バレなければいいんじゃない?」
「何!?」
イロヨクは机の上に足を乗っけてお菓子の袋を手に取りボリボリと食べ始めた。
ザキルは続けて問い質す。
「元がまともなヤローでも、点数欲しさに不正どころか犯罪に手を染める連中だって溢れかえるぞ?それが当たり前になっちまったら元凶はウチってことになる。したらウチの存在意義が無くなっちまうだろうが」
「君みたいな麻薬犯が増えるって?」
「…あぁ?んだとぉコラ!?」
「おーいおい落ち着けって。モノの例えじゃんー。制度は制度、それ以上でもそれ以下でもないの。その制度がある上でどの様な生き方や選択をするかはその本人次第じゃん、自由っしょ。それにウチが叩かれることはないから安心しろよ。仮に包丁を使った殺人事件が起きたとして、その包丁を作った鍛冶職人が罪に問われることがあると思う?」
「…」
「それに制度に対してヤケを起こしたり犯罪に走るのは何もこの査定制度だけじゃない。学生のいじめと自殺、会社組織でのパワハラと搾取、社会保障制度の悪用、何だってそうじゃないか」
ザキルはある種筋の通ったイロヨクの言い分に返す言葉を失っていた。
そして何かを思い詰めた様な表情を見せた後、再びイロヨクに対し口を開く。
「バレなきゃいいって言ったな?それが罪の無いガキ共を売り飛ばす商売だったとしてもか?」
「はぁ?何だって??」
「…何でも無ぇよ」
ザキルは最後にそう言い残し自身のフロアへと戻って行った。
その大きな背中にはいくばくかの哀愁が漂っている様子だった。




