クレーム
「頼む!!お願いだぁ!!頼むから点数を上げてくれぇぇ!!このままじゃ首くくらないといけねぇんだよぉぉぉ!!!」
この日、選定所に出所したザキルは所内に響き渡る穏やかでない声に気付いた。
「何だぁ?」
ザキルが声のする方向に目を向けると、受付台に両手を着き何度も深く頭を下げる中年男性の姿。
そしてその対応をする新人カレンはとても困り果てた表情を見せていた。
「あ、あの、ですから。ここでそれを言われてもどうしようもないんです、申し訳ないんですが…。1度出た点数は来年の査定時じゃないと覆えらないんですよ…」
「そんなこと言わないで助けてくれよぉぉ。アンタらがいくらお役所仕事だからって少しは人間の血が流れてんだろぉ?何か方法があるはずだろうが!!」
「い、いえ。これまで例外が認められた事例はありませんので…」
「何をすれば上がるんだ?言ってくれ!なんでもするから!」
「さ、査定項目や要因を申し上げる訳にはいきません。機密情報ですし厳密かつ公正に審査しておりますので…」
「た、頼むよぉ!俺の査定が低いせいで会社には誰からも応募が来ないんだ。この数字じゃあ大手の求人広告に募集を乗せることも出来ない。信用は下がる一方だし、人手不足のせいで次から次へと契約が打ち切られてるんだ。頼む!このままじゃあ俺の会社倒産しちまうんだよぉ…」
引き下がる気配を見せず、涙ながらに懇願する社長を名乗る中年男性。
カレンはどうしていいのか分からずただただ戸惑っていた。
ザキルは近くの同僚職員に声を掛ける。
「またクレームか?尽きねぇなぁ」
「あぁ。カレンちゃんが対応しているが、今回も随分としつこそうだねぇ」
「点数に踊らされる世の中だ。学校の偏差値戦争が可愛く見えてくるぜ」
ザキルは自席から受付の方向を眺めると、そこには背中を丸め必死に対応している様子のカレンの後姿。
その正面に座る中年男性は段々と言葉が荒くなり始める。
「んだぁ!!ちょっと位融通を利かせてくれてもいいじゃねぇか!!どうせお前らお役所仕事の人間は俺達みたいな風当たりの強い社会で生きる人間の気持ちなんかこれっぽっちも考えて無ぇんだろうが!!」
「い、いえ。決してそういう訳では…」
「じゃー何とかしてくれよ!!アンタじゃ話にならねぇ!上の人間呼んで来いよ。今すぐだ!!!」
「じょ、上席に対応交代したとしても案内は変わりませんので…その…」
「いーから呼んで来いって!!直接話をつけるしかねぇだろうが!!!」
段々と威勢を増す中年男性だったが、突然その表情は曇った。
カレンはその様子に気付くと同時に自分の背後に現れた大きな人影にも気付く。
カレンが後ろを振り返るとそこには威風堂々と佇む金髪で筋骨隆々の悪人顔ザキルが殺気万歳の視線で中年男性を見下ろしていた。
「どーも。こいつの世話役やってますザキルって言います。よけりゃ俺が話し聞きましょうか?」
「ひっ!?」
「ザ、ザキルさん!」
「カレン。奥に引っ込んでろ」
ザキルはカレンと席を替わり、その筋骨隆々な上半身をどっかりと台に乗せ真っ直ぐと中年男性を睨み付けた。
「ウチの査定に不満があるみたいですが、ちーとばかし言葉が強いんじゃないですかねぇ?ここは冷静にお願いしますよぉ。あの小娘ぁまだ新人でしてねぇ」
「い、いやぁ、そ、そのぉ…」
一気にその勢いを失った社長の男はザキルの視線を直視出来ずにいる。
「一度出た査定が覆らないのはご存知でしょう?結果に不満があるみてぇだが、審査内容や決定過程に関する事柄は全て機密事項だってことも規則で書類にも明記してるんだ。その上で審査申し込んで希望の結果じゃなかったからイチャモン付けるってのぁ、どーも筋が通らないんじゃないですかい?」
「お、俺は、ただ…」
ザキルが中年男性の発言を遮りぐっとその顔を近付け鬼気迫る表情で小さく呟く。
「この選定所に理不尽なクレーム叩き付けたこと申請されて更に点数下げたくなかったらとっとと失せな。会社の人材不足を査定のせいにしてる暇あったらその汚ねぇ身なりでも整えやがれ!」
「ひぃっ、ひぃぃ!!!」
ザキルの迫力に恐れをなした中年男性はカバンを抱き抱えその場から大慌てで去って行った。
その様子を背後から見ていた同僚職員達はその貫禄を賞賛し始める。
「さーっすが。ホンモノは違うねぇ」
「全くだ。あれがザキルを採用した真の理由だろうなぁ。お役所柄、ああいうクレームは後を絶えないからねぇ」
するとカレンがお礼を告げにザキルに近付く。
「ザ、ザキルさん。す、すみません。ありがとうございました」
「女だからって舐めらてんじゃねぇぞ。あの程度の小物くらい自分で追い返して見せろ。…ん!」
ザキルは不意に受付台の上に置いてあった1枚の書類に気付いた。
「こいつぁあの野郎の申請書類か?」
「あ、はい。持ってこられたんですけど、忘れて帰っちゃいましたね」
「…」
ザキルはその書類に黙って目を通し始める。
すると突然カレンを残しその場を去って行った。
その様子を不思議に思った周囲の職員達は唖然としていた。
「ザキルの奴、どうしたんだ?」
「さぁ…?」




