隠れ届かぬSOS
月曜日の選定所内、休みボケを引きずったザキルが出所して来た。
「うぃぃぃ。だりぃぃぃ…」
するとそこにミラージュが現れザキルの尻を叩く。
「ってぇ!!」
「だらしない顔ぶら下げてんじゃないよ。ちょっとはカレンちゃんを見習いな」
「あぁ?」
ザキルがカレンの自席に視線をやると既に黙々と仕事に励むカレンの姿があった。
「あの子、毎朝6時には出社して頑張ってんだよ。先輩のお前が示し見せないでどうする」
「っち、うるせぇな。新人なんてなぁそんなもんだろーがよ」
「お前なんてあっという間に抜かされるだろうな。だがなザキル…」
「?」
ミラージュは突然小声でザキルに耳打ちをする。
「ああいうタイプの子は自分からSOSを出すのが苦手だ。もう少し観察してやんな」
「あぁ?何の事だ?」
「さぁな。自分で考えろ」
そう言い残したミラージュはその場から姿を消した。
ミラージュの言葉が引っ掛かったザキルはそれとなくカレンの後姿を観察する。
「…ふん」
ザキルは特段何をするでもなく自席PCの電源を入れ仕事に着手し始めたのだった。
同じ日の夕方、ザキルは大よその業務を終えカレンからの日報メールを閲覧していた。
するとある異変に気付く。
「…ん?」
その異変に気付いたザキルは徐にカレンの自席に赴き声を掛ける。
「おい」
「あ!ザキルさん、お疲れ様です」
「テメェ、休みも出勤してやがんのか?」
「え…」
「テメェから送られてきた日報メールの送信時間は日曜日の夜10時だ。休みの日そんな時間まで一体何してやがった?」
「え?!あ、あ、あー…。えと、やぱりここってお役所的な感じで残業とか休日出勤とかってNGでしたっけ…?」
「別に構いやしねぇが。質問に答えろ」
「あ、すみません。私本当にのろまなので仕事遅くって。覚えなきゃいけないことも多くていっぱいっぱいなもんで、それで」
「残業代なんか出ねぇぞ」
「分かってます。そんなんじゃなくて、皆さんに迷惑かけたくないから」
するとカレンは静かに自身の過去を語り始めた。
「私、実は高校行ってないんですよ。だから頭悪いから人一倍頑張らないとーと思って」
「あぁ?親ぁ貧乏人か?」
「いや、ちょっと人間関係で。あの時は私も、その、病んでたっていうか…」
少し暗い表情を見せるカレン。
「でも、今は違いますよ!立派な選定所職員に絶対なってみせますから!私なんかを拾ってくれた選定所には感謝してもしきれません。アダルト業界にはそこそこ恩返しは出来たと思うし、今度はここで絶対皆さんに喜んでもらいます!」
カレンの意地らしい姿を無言で見つめるザキルだったが、やがてカレンに向かって言葉を掛ける。
「別に止めやしねぇが、体だけ壊すんじゃねぇぞ」
「は、はい!ありがとうございます!」
「勘違いすんな。お前に休職でもされちゃ俺の仕事が増えるってだけだ」
「あはは、ですよねー。了解しました」
明るさを取り戻したカレン、その場を去るザキル。
しかしザキルの脳裏にはある疑問が残っていた。
(…仕事ぶりを見る限りそんなに効率悪そうな奴じゃねぇんだがな…)
そんな事を考えながらザキルは本日の業務を終え帰路へとつくのだった。




