繰り返される恒例は成長の歴史
数日後、ザキルが休憩時間に喫煙室でタバコを吹かしているとそこへ先輩職員のミラージュが現れた。
「よぉ。お疲れ」
「あー」
ミラージュはタバコを1本取り出し腰を据えてザキルと世間話を始める。
「カレンちゃんの様子はどんなだ?」
「…何がだ?」
「見たところ必死に頑張ってるみたいだな。色々と大変そうだが」
「っは。もうじき俺の圧力指導に根を上げて辞めて行くんじゃねぇか?」
「いやー。あの子はお前が先輩でよかったと言ってたぞ」
「あぁ?」
「頼りになって頼もしい先輩だとさ。随分好かれてるみたいじゃないか。良かったな」
「…っけ」
ザキルはしかめっ面で舌打ちを鳴らす。
「しかし感慨深いねぇ。この前まで新人だったお前がもう先輩かぁ。時の流れは早い」
「老いを感じてやがんならどっかで煎餅かじって茶でもすすってろ」
「何そんなにカリカリしてんだよ?」
「あぁ?面倒くせぇ小娘押し付けやがって。嫌がらせのつもりか?」
「恒例なんだよ。先輩になった職員が新人見るのは。一生懸命でいい子じゃないか。何が気に食わないんだよ?」
「ほざけ!本当のこと言いやがれ!」
「ん?」
ザキルは短くなったタバコを灰皿に強く押し付けながらミラージュを睨む。
「恒例だぁ?んなしきたり聞いたことねぇな。現に他の連中ん中でそんな事したことねぇ奴等もごまんといやがる。何だ?何かの嫌がらせのつもりか?俺の仕事を邪魔させようってのか?あぁ?」
ミラージュは大きく煙を吹き出しザキルの目を真っ直ぐと見る。
「嫌がらせだと思うか?」
「…」
ザキルは分かっていた。
ザキル自身ミラージュの事はどこかいけ好かなく感じてはいるものの、ミラージュが自分を疎ましくは思っていないこと、また裏で相手の足を引っ張る様な女々しい行いをする人間でない事を。
「…っち」
ザキルは更にもう1本のタバコを取り出し豪快に煙を吹かし始める。
そんな様子を見てミラージュが真意を語り始めた。
「成長してもらう為だよ。お前に」
「あぁ?」
「お前はいいケツしてるし、見込みあるからな。早いうちから自分のことだけじゃなくて人を見て育てる仕事を経験してほしいと思ったんだよ」
「…」
「凄く大きな気付きと成長があるもんだよ。勿論大変な事も多いけどな。私も昔先輩に言われて興味無いながらも何となし始めたんだが、やってよかったと今では強く感じてるよ」
「…そりゃテメェだからだろうが。この俺が後々そんなこと言う様になると思うか?」
「どうだろうな。だがお前は早く出世したいんだろ?ここは人を査定する所なんだ。そういう目を今から養うってのは出世の近道でもあると思うぞ。よく言うだろ?”役割がその人を育てる”ってな」
「…知らねぇなぁ」
「そか」
ミラージュは特段それ以上熱弁することもなく優雅にタバコを吸い続けた。
「…んじゃ何か?俺を上に上げるためにあの小娘を踏み台に当て回したってことか?」
「踏み台なんかにしたつもりは無いよ。勿論あの子だって立派な職員になってもらうさ。そのためにお前の下に付けたのは我ながらいい采配だと思ってるよ。言ったろ?あの子はお前の事を気に入ってるって」
ザキルにはミラージュがカレンを自分の下につけたロジカルを推察しかねてたが、ミラージュに何の考えも無いというのも考えにいと感じていた。
「この前の外回りで保育士達への加点宣告をやらせたんだって?凄くやり甲斐を感じたって目をキラキラさせてたぞ。やるじゃないか。その調子だ」
「るせぇ。雑用押し付けただけだ」
「ははは。そう言えばお前は昔からアレだけは苦手だったよな。色んな仕事の中で一番嫌がってた。素直じゃないな。減点宣告ん時はそれこそ目をキラキラ輝かせてたクセに」
「胸糞悪ぃ話はそこまでにしろ。テメェとの鬱陶しい記憶が蘇ってくるぜ」
「いーや、まだまだ喋り足りないなぁ。聞くのがイヤならさっさと仕事に戻った方がいいんじゃないか?」
「…ックソがぁ!」
ザキルはまだ長さを保っていたタバコを灰皿に押し付け強い舌打ちを鳴らしながら喫煙室を出て行った。
残ったミラージュは1人、優雅にタバコを味わい続けるのだった。




