忘れ物
ひどい夢を見た。
私は野を駆けていた。木々が後ろへ流れ、視界がわずかに揺れる。背の高い草が足をなで、風は背を押すみたいに吹き抜けていく。こんなに走ったのはいつ以来だろう。だんだんと鋭くなっていく感覚の中に、軽い足音を見つける。後ろを付いて来る何かがいる。不思議な事に敵意も警戒心も湧かない。それどころか親しみさえもを覚えていた。一体、誰が付いて来てるのだろうか。そう思うと夢の中の私は振り向いた。が、それを視認する事なく、広大な草原も一瞬にして掻き消えた。
気がつくと、小さな私には一等大きく見える、大柄の顔を赤らめた男が立っていた。こちらを怒鳴りつけているところを見ると、相当に怒り狂っているらしい。鼻を突くお酒の匂いと、頰を伝う水の感触が私に夢だとゆうことを忘れさせた。背後には件の気配があった。守らなくては。でも、怖い。どうすればいい?そんな感情が浮かんでは消え、忙しく入れ替わる。ついに男が振り上げた腕には、酒瓶が握られていた。足が震えて、声も出ない。すっと、目の前に小柄な影が躍り出て。
酒瓶の割れる高い音と、何かに叩き込まれた鈍い音が聞こえた気がした。
最悪な目覚めに、ザーザーと雨の降る音。今日は異常に運が悪いらしい。気分の悪さと胸につっかえたような不快感を感じる。きっと夢のせいだろう。
冷水で顔を洗えば幾分気が晴れた。身なりを軽く整えて、外に出る。今から行けば、きっと朝ごはんに間に合うだろう。
そんな他愛のないけれど、大切になった日常を思い浮かべる思考の奥で、聞き慣れていたような声が聞こえた気がした。
「私の名前の石と反対の名前をあげる!お揃いだよ!」