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『アーレア・ヤクタ・エスト』

  Caput quattuor [ Alea iacta est ]


 白く小さな部屋で、ナクラスは静かに椅子に腰をかけた。

 ここは重体患者を安置するための個別の病室だ。ナクラスの目の前には白いベッドがあり、その上にはローガルが安らかに眠っている。


 始めこそ「俺が部隊のみんなを殺した」「もう嫌だ」などと情緒を乱して騒ぎ立てていたが、少し濃度の高い鎮静剤を打ち込んでやると、途端に静かになった。どのみち今のローガルには身体の休息が必要だ、やり過ぎということはないだろう。


 ナクラスは、この病室に立ち寄る前に目にした巨大な花も見える氷壁を思い出す。

 あれは本来、『青』があるからといってローガル一人に為せるようなものではない。五色にも段階がある、そしてローガルの段階ではそれは不可能なものだった。


 その事から、ナクラスは一つの仮説を立てた。


 おそらくローガルは窮地に立たされた状況下で無理やり五色に己の肉体を同調させた結果、第二段階である不環の力を一時的に引き出した。それ故、ゲオルグの『赤』によって発生した雪崩を凍結させることが可能になった。

 だが――ローガルを育てるという一点では文句のない結果だが、少しばかり行き過ぎだ。よほどロウリスたち第三小隊の死が衝撃的であったのだろう。しかし、今の状況で不還は不要だ。不還の全てを解放しなくて心から良かったと思う。ナクラスもまた、第三の力、『応供』を一時的に使用したことがある身であるから、よく理解している。

 今のローガルには、五色はあまりにも過ぎた力だ。成熟した状態ではなくば世界をも飲み込んでしまう。それでは意味がない。ローガルのためにはならないのだ。


 ナクラスは再び花の如き氷壁を思う。当然、ローガルが氷壁を見て全てを思い出さないよう、処置は考えてある。今頃は、部下の手によって適度に氷が溶かされているだろう。

 

 ローガルの心には、ロウリスの――第三小隊の死だけが残ればいい。

 ナクラスは静かに苦笑した。


 こんなことを繰り返していては、ローガルはいつか己に対して敵意を抱くことだろう。だが、それでも構わない。


 ローガルは歪んだ存在だ。『人間』を愛してやまない、『人間』になれなかった生き物だ。

 尊厳が傷付けば泣き、敵を前に怒り、楽しければ笑い、つまらなければ白ける。そんな人にとって当たり前の感情が、この男にとってはただの装飾品に過ぎない。

 ――だからこそ。だからこそ、総てを知ったとき、ローガルが何を思うのかなど手に取るようにわかるのだ。


 ローガル・シーラーという男は間違いなく、ナクラスという手段を選ばぬ男を賛美する。

 そしてお前は、『ナクラス』という男の物語に酔いしれるのだろう。


「第二、第三のロウリスもまた、お前の糧となり、娯楽となり、あわよくば私の踏み台になればいい。……なあローガル――お前も、そう思うだろう?」


 三日月に歪められた口より発せられた問い。しかしそれに答えるべき唯一の人物は眠ったままだ、その問いに答える様子はない。


 苦し気に呻くローガルの瞳から、涙が流れた。

 果たしてその涙は、何に向けて流されたものなのだろう。


 己の無力を嘆いた後悔の涙か。人を救えなかった無念の涙か。或いは――誰より己を大切にしながらも、何らかの目的のために己の命を捨てた、ロウリス=マギラエナという男の悲劇(ものがたり)によって得た感動によるものか。


「さて、ローガル。お前はどちらだろうな。私は――後者だったよ」


 ロウリス=マギラエナという男の死に(ものがたり)を目にしたナクラスは、ロウリスが自分が見込んだ通りの素晴らしい男であったと、心の内でこれ以上ない喝采をして。

 静かに、己の目指す場所へ歩き出した。



  アルスノヴァ カルペ・ディエム

 エピソード「アーレア・ヤクタ・エスト」 終



       ◇



  Caput extra [ Ars nova - Carpe diem ]


 ――白。

 ここは、白い世界だ。

 空からは、柔らかくも冷たい、白い何かが落ちて来る。

 

 雪だ。――雪が、降っていた。


 肌を裂くような寒さ。何かで覆われていく閉鎖感。しかし、胸の内から溢れ出る、この身を焦がすほどの焦燥は何か。

 わからない。

 このまま何もしなければ、やがて来るのは終わりだろうか。仮にこのまま命を終わらせてしまえば、見たくない現実と向き合わずに済むだろう。――終わらせてしまいたい。

 そんな自分を、消極的と人は言う。

 いや、それは違う。自分は誰より前向きだ。少しでも脳に酸素を入れれば、自分が生まれついた意味、自分がすべきことを熟考し、それを果たそうと醜く生き続ける。しかし、それでは駄目なのだ。いつだって、生きるべき他の誰かを踏み台にしてしまう。

 だからこのまま雪に埋もれてしまった方が、きっと人類にとっては幸せだ。幸せというものはきっと、自分のようなものが得るべきものではないだろうから。


 ――ああ、心地が。

 ――心地が、■い。


 それでも俺は、空へ手を伸ばす。

 鳥が空を飛ばずしてなんとする。例え、空に天敵が居ようとも。

 獅子が肉を喰らわずしてなんとする。例え、他の命を奪っても。

 ならば自分も、それらしく生きるだけだ。


 そうすることが、弔いになるような気がした。

 お前のやりたいように生きればいいと――胸の中で生きる誰かが、叫んでいる。


 誰かが祈りを捧げた。

 物語を始めるための祈りだ。

 その祈りは、誰がための救いか。或いは、誰がためにもあらぬ救いか。


 いずれでも構うまい。その祈りは始まりを示す。されば何人たりとも止められぬ。

 耳を塞ぐ手立てもないまま、開幕の合図が鼓膜を震わせよう。

 とうの昔――神世の時代より、舞台の開演は定められていたのだから。


 序曲は此れ迄。

 幕は上がり、彼の歌劇(ものがたり)は始まろう。

 

 ――賽は、既に投げられた。




お疲れさまでした、これにてアーレア・ヤクタ・エストは終了です。

如何でしたでしょうか、お気に召したならこれ幸いです。


ラストのエピソードEXは、アルスノヴァ本編にそのまま続いておりますので、

おら続き見せろやって思った方は本家アルスノヴァをどうぞ!

またアルスノヴァ外伝である『ヴァニタス・ヴァニタートゥム』には、

本作『アーレア・ヤクタ・エスト』におけるちょっとした要素も含まれております。

そちらでも楽しんでいただければ、より幸い。このオマケ小説の宣伝効果もあったというものです。


最後に。このアルスノヴァは二次創作ですが、

一次創作もやっているのでそちらも読んでくれると嬉しいです!


では、本作をお読みいただき誠にありがとうございました!

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