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機械仕掛けと墓荒らし  作者: 山本航


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何もしない方がマシかもしれない

 さて、どうしたものか、と寝床の中で目を瞑ってトマウは考える。ケスパーからの命令、もとい直の依頼であれば、その失敗によってトマウが良ろしくない目に合う事は目に見えている。少なくとも命を取られるほどの失敗は今までに一度も行っていないが、何度か辛酸を舐めた経験はある。しかし今回のような仲介された依頼であればケスパーが絡んでくる事はない、基本的に。


「私、何かしますね」


 寝床の中で静かに眠っているトマウに向かってスースは囁いた、とスースは思っているらしい。実際は目覚めていて、トマウは単に目を瞑っているだけだったが。

 まだ体のあちこちが痛い。擦り傷はともかく間違った方向に手足を曲げてしまったかもしれない。


「何かってなんだ」と、トマウは瞼の裏の闇に向かって答えるが返事はない。


 目を開くと、スースはいなかった。そしてトマウの塒を囲む集合住宅の壁、に並んでいる窓が全て開いていた。そしてそこからもうもうと埃が溢れてくる。

 あちらこちらからドタバタと騒音が聞こえてくる。潜んでいた機骸スペクターが突然現れた女に驚いて逃げて行ったのかもしれない。エイハスが混乱してうろうろしていた。


 午前中はずっとその騒音に苛まされる事になったのだった。昼に戻って来たスースにトマウは言う。


「一体何をしているんだ?」

「お掃除です。今は使ってない部屋も使うようになるかもしれませんし。もしくは掃除をする事で使おうという気になるかもしれません。せっかくこれだけ沢山の部屋があるんですから」

「掃除ね。掃除ってやった事あるのか?」

「お腹すきましたね」

「おい」

「お昼は私が作ります。任せてください」胸を張って宣言するスースにトマウは何も言えなかった。「こう見えてもお料理をした事があるんですよ。なんちゃって」


 中々に苛立たしい冗談だ。


「あんたが作ったのは煙だけだ」

「でもトマウさんのお料理を手伝いましたから今度は大丈夫です」

「不格好な盛り付けを手伝いに数えるな」

「まあまあ大人しく見ててください。トマウさんのお料理をばっちり観察させてもらいましたから、今日の私は一味違いますよ」

「一味くらいじゃあどうにもならないだろ」


 やはりスースの料理はまずかった。焼いたものは黒焦げに、煮たものはくたくたに、切ったものはばらばらに、そしてどのような加工をしたのか分からないものがいくつか。


「とても美味しいよ」と、トマウはしかめっ面で言った。

「ありがとうございます!」と、心底嬉しそうにスースは言った。

「いや、不味いよ」

「ちょっとトマウさん! どっちですか!?」


 トマウは安心させるような微笑を浮かべて言う。


「美味しいよ」

「本当ですか!?」と、スースは何の疑いもなく喜びを浮かべて言った。

「嘘だよ。不味い」

「からかわないでください!」


 ようやくからかっている事に気付いてくれてトマウはほっとした。


「一体何を張り切っているんだ?」


 トマウの言葉を受けてスースは妙に真剣に考える。机の上の自称料理を食しながら言葉を探している。


「第一に、トマウさんにお願いを聞いてもらうためです」

「逆効果かもしれないな」

「第二に、何かしなければ何も変わらないからです」

「何もしない方がマシかもしれないじゃないか」


 事実、トマウの塒は余計に散らかっている。


「かもしれません。そういう事もあるかもしれません。でも何もしていなかったら、私は今頃どこかの工場で物言わぬ燃料だったかもしれません」


 誰かに依頼して助けてもらうのは何かしたことになるのだろうか、とトマウは口の中の異物感から逃れるようにぼんやりと考える。


 今回のような仲介された依頼であっても、そこに高額な金が関わっているとなるとケスパーにとって話は少しばかり変わってくる。契約と金を命より重んじるケスパーは契約より金を重んじる人間だ。ケスパーが成功報酬の半分を手に入れられない事実はトマウにとっても良い話ではない。どれくらい良くない話なのかをトマウは見極めようとした。そして殺されるほどではないはずだと結論付けた。

 雲隠れする事も考えるには考えたが、それが可能ならば既に俺はそれを実行しているはずだ、とトマウは考える。トマウはケスパーを舐めてはいない。



 午後にスースはトマウの看病をする事を申し出たが、知っているのは『看病』という言葉だけだった。何をすべきか分からなかったスースは午前に行っていた仕事に戻る。いくつか倉庫代わりにしている部屋を掃除の名目のもとに散らかしていった。夕食にも不味い料理を作った。洗濯という概念は知らなかったのか、たまたま思いつかなかったのか、必要ないと判断したのか、トマウには分からなかった。いずれにせよ、トマウが教える必要はない。


 そうして日が沈んだ頃、寝床の中で竈の火を見つめるトマウにスースは三度話を持ちかけるのだった。


「まだまだいくらでもお手伝いしますので、代わりに母を探してもらえませんか?」


 寝床から飛び起きてスースを罵りつつ首根っこを掴んで地下道に放りだす代わりに、あくびをして目を瞑り、トマウは言う。


「むしろ料理や掃除をしない事を取引材料にすべきだったな」

「しない事を? えーっと……?」


 スースはその言葉の意味を理解できなかったようなので、トマウは分かりやすい言葉を付け加えた。


「大人しくしてろ」


 そうするとスースは気難しい青年が唐突に気遣いを持って接してくれたかのように声を弾ませて言う。


「あ、お気遣いなく。安静にしなくても棺の中にあった花とか厚い内張りのお陰で特に体を痛めてないんですよ」


 頭も痛くなってきたのでトマウは大人しくしている事にした。

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