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機械仕掛けと墓荒らし  作者: 山本航
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獲物を横取りされない内に

 体中が痛みを発している。自分が生きている事にトマウは気づく。辺りを見渡すとすぐそばに台車に乗った棺もある。あの時確認している暇はなかったが、上手く棄て山の頂上付近目掛けて落下する事が出来たようだった。そしてそのまま橋の下の方、死角へと滑り落ちたらしい。でなければ上から撃たれていただろう。


「最近よく来るなトマウ」


 エムガ爺さんがトマウを覗き込みながらそう言った。


「爺さんの顔が見たくて飛んで来たんだよ」と、トマウは自身の体を点検しながら言った。

「生きた人間が落ちてくる事は滅多にないんだ。生きた人間は機骸スペクターも食わないからな。まあ死体はもっと落ちて来ないが。だが、そういえば、そんな勿体ない事をしてくれた馬鹿が昔いたんだ。外円海の離島から来た男なんだが……」


 終わらない話を聞き終える前にトマウは口を挟む。


「じゃあさっさと退散するとするか。俺の獲物を横取りされない内に」

「あの棺か。お前から横取りしようなんて奴はそういない。そんなにボロボロになってまで盗んできたって事は相当高いのかい?」


 トマウは立ち上がり、棺の元へと歩む。トマウと比べ、棺は概ね無傷の様だった。


「かもな。どうせほとんどケスパーに持っていかれちまうけどな」

「へえ。気の毒なこった。わしは棄て山漁りでも年々しんどくなるというのに。棄て山漁りといえば夜な夜な新大陸の呪術師の秘密の儀式が……」


 トマウは痛みをこらえて、エムガ爺さんを無視して、棺の台車が壊れていないことを確認する。


「せいぜい機骸スペクターに食われないよう気をつけな」


 トマウは棄て山とエムガ爺さんに背を向け、ケスパーの元へと向かう。


「そうそう。機骸スペクターといえば、大抵は醜い金属と錆の塊だが世にも美しい機骸スペクターが……」


 エムガ爺さんのその先の言葉は聞こえなかった。毒にも薬にもならないに決まっている噂話に耳を傾けず、トマウは歩き去った。


 痛みに耐えて朦朧としながらもトマウは中州を歩く。出来るだけ人通りの少ない場所を選ぶ。誰かがトマウに向かって軽口を言ったような気がしたが、トマウはそれに応えられない。今誰かに棺を奪われそうになっても抵抗出来そうにない事にトマウは気づいた。

 そして足を向ける先を変える。今日の所はケスパーの元へ向かわず、塒に戻る事にした。


 舗装の悪い道を通ると棺はトマウの手の中から逃れだそうとでもしているように大きく揺れる。トマウも必死で台車の把手に捕まっていた。全身の痛みがトマウの心を折ろうと駆け回るが、棺の中に詰まった新しい人生がトマウの背中を押した。



 トマウの塒へと通じる地下道を通り抜けると、既に辺りは影に染まっていた。日はまだ沈んでいないはずだが、高い壁に囲まれているため、この塒だけ先に夜が訪れる。赤い残照が屋上付近の壁を少しずつ這い登っていた。


 足を引き擦りつつ駆け寄って来たエイハスを無視して、トマウは棺が風雨を避けられるよう、住宅の中へと運び込もうとした。しかし、窓から屋内へ入れようとと持ち上げた時、棺の蓋が外れてしまう。


 棺の中にはトマウと年の頃の変わらない女がいた。まるで生きているかのような肌艶で、少しむっとした表情で寝かせられている。これが加工され、どこかの工場の霊気機関で働かされるのだと思うと、少し申し訳ない気持ちになった。


 トマウが棺の蓋を持ち上げ、元通りに閉めようとした時、地の底から重く響いてくるような、それでいて耳馴染みのある滑稽さを感じる音が聞こえた。棺の中から聞こえるそれは腹の虫の様だった。

 蓋をもう一度どける。その女は長い睫毛を瞬かせ、上目遣いで、唇に笑みを浮かべ、頬を染め、悪びれた様子で、トマウを見上げていた。


 トマウは何も言えず、特にその事について考える事もなく蓋を閉め、かまどへ行って火を入れる。染みるような熱が少しばかり疲れを取り除いてくれたようにトマウは感じた。しばらく暖を取ると手製の寝台の元へとふらつきながら移動し、倒れ込んだ。トマウは薄く開いた目で棺をじっと見ていた。盗まれて困るのはエイハスだけで、エイハスがあの女に盗まれるような事はない。


 しばらくして棺はおずおずと開き、中から女が出てきたが、トマウは既に微睡む闇の中だった。

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