エピローグ
トマウと警邏軍がいなくなった後、スースは真っ黒な通路を進み、真っ黒な階段を登る。煤塗れの集合住宅を歩くのはまるで悪夢の中にいるみたいだ。様々な物が焼けて溶けて、地獄の様相を呈している。
目の前で目まぐるしく進行した事態の意味の分からなさに、塒の下の地下道の出口で呆然としていた。頭の中で何度か繰り返して、ようやく屋上に行くべきだと気づいた。
見せたいものとは何だろう。
一段一段を登り、施錠された屋上への扉を持っている工具で何とか突破し、辿りついた。
四角くない青空が広がっている。真っ黒になった中州の全景が広がっている。暫くその景色を見ていたが、トマウがこれを見せたがっていたとは思えない。
トマウの塒を見ようと思い、集合住宅によって四角に切り取られた空間を覗き込もうと近づく。その時、目に光が飛び込んできた。太陽のように強い光が四角い縁の一辺からスースを照らした。
スースは駆けだす。ようやくトマウの言っていた言葉の意味が繋がった。
眩く太陽を反射していたのは鳥型機骸だ。傍へ行って動かなくなったそれを抱き上げる。思いのほか大きいし、重い。硝子には傷一つ見られない。さすがに霊気機関は硝子製ではなかったが既に機能を停止している。
スースは霊気機関を取り出す。これは母ではない。トマウはそう言っていた。
それでも、これが物だったとしても死体だったとしても、母だったとしても母の一部にすぎないとしても、ぞんざいには扱いたくない。そういう気持ちは誤魔化しようがなく存在している。
これを埋葬したい。それも働かされる事のない旧来のお墓に埋葬したい。
そして時折、墓参りに来る。何日に一度か何週に一度か分からないけれど、そのお墓を綺麗に保ち、常に気にかけていたい。
いつかはトマウさんも連れてこよう。タスキイさんだって来てくれるはずだ。
そして祈りを捧げよう。魂なんて存在しないと科学者たちは言っている。死後漏れ出す霊エネルギーに意識は宿っていないし、死後の世界なんてものは眉唾だ、と。
そうかもしれない。きっとそうなのだろう。だからといって死者は自分の心の中に生きているなんて感傷的な考えをスースは抱けない。
母は死んだ。現実でも、自分の心の中でも。
ただ、それでも、生前から死後まで続いた母の終わりなき労働を終わらせてくれたトマウへの感謝の念はあった。
だからスースはこのように思う事が出来た。
母は眠っている、と。
二度と目覚める事は無いけれど、苦しみから解放された安らかな眠りだ。
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