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機械仕掛けと墓荒らし  作者: 山本航


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ええ、ワルですよ

 どうして殺さなかったのだろう。

 覚醒しつつある意識の縁でトマウはぼんやりと考える。何度も殺されそうになり、殺そうとした。ナイフを突き刺そうとし、高所から突き落とそうとした。にもかかわらず最後の最後には拳を見舞ってお終いにした。


 自身が歩いている事にトマウは気付く。ほとんど引きずられる形に近い。誰かの肩を借りてどこかを歩いている。どれくらいの時間が経ったのだろうか。黴臭い。


 半日ほど、あのドーム状の空間から脱出しようとあがいた。しかし出口に隙間なく詰まった機骸は少しもびくともしなかった。押しても引いても叩いても、何をしようと神に祈ろうと少しも揺るがず動じなかった。直にトマウは意識を失う。


 歩きながら躓きながら意識がはっきりとしてきて、トマウに細い肩を貸す、その小柄な誰かはスースだと気づく。ほとんど負ぶさる様に近い。


「スース。ここは?」トマウは尋ねた。

「ようやく照れなく素直に名前を呼んでくれましたね」スースは応えた。「今私達は地下道を歩いています。大体一日が経ちました」スースは答えた。

「一日か……。タスキイは大丈夫だったのか? それにエイハスの霊気機関も」


 トマウは他に足音がない事に気付いていた。


「タスキイさんがエイハスの霊気機関を持ってます。そしてメルキンさんの面倒を見ています。彼が死んでしまっては未曾有の大参事になります。私、すっかり忘れていました。そんな大事な事なのに。トマウさんが忘れてなくてほっとしました。良かったです」


 そうだった、とトマウは思う。屍蝋病は患者が死んで初めて感染し始める。もしもメルキンを殺していたら、トマウもスースも感染していた。

 そしてトマウは可笑しそうに笑う。


 何のことはなかった。どうして殺さなかったのだろう? それは、自分が死にたくないからだ。俺はいつ聖人や善人になったというのだ。ただ生き延びたかった。それだけだ。だからメルキンを殺さなかった。意識の片隅でその事に気づいたのだろう。そういう事にしておこう。


「何を笑っているんですか?」というスースの問いにトマウは答えない。

「いや、ところでそれよりどこに向かってるんだ?」


 トマウの霞んだ目にはまだ光が全然入って来ない。鑑みるに、まだ地下道を歩いているのだろう。


「トマウさんの塒ですよ。隠れるにはもってこいです」

「隠れる?」

「今、警邏軍が沢山中州に上陸していますからね。見つかっては大変です」

「へえ。俺を庇ってくれるのか? 俺はただの墓荒らしだぜ?」

「私がトマウさんをただの墓荒らしだと思っていると思っているのですか?」


 ただの墓荒らしでなかったならば一体全体何者だろう。


「借りを作った覚えはないがな。むしろ俺が借りているくらいだ。あんたの母親を見つけられなかった。母親の遺体を基にした機骸すらまだ壊せてない。何一つ約束を守れていない」

「これから守ってくれるって十分分かっていますから」

「だから警邏軍から俺を隠す」

「そうです。文句ありますか?」


 トマウは空気漏れのように笑う。


「いや、ない。ワルだな、あんた」

「ええ、ワルですよ。私は」


 炭と灰と黴の臭いがない交ぜになって漂ってくる。中州全体より一足先に焼かれたトマウの塒の臭いだ。崩落した瓦礫を登りかけた。その時、スースがトマウを地面に押し付けて伏せる。


「静かに。誰かがいるみたいです。ちょっと待っててください」


 スースはそう言ってそろりと地上へ這い上る。そう言われてもトマウは後に続く。


「撤収! 撤収!」と野太い声が建物の外から聞こえる。

 スースは負けない程度に囁いた。「トマウさん。警邏軍のようです。でももう帰るみたいですね」


 確かに時折通路を横切る臙脂色の制服は警邏軍のものだった。


「ああ、そうみたいだな。だが何だってこんな所にやって来たんだ?」

「え? トマウさんを捕まえに来たんじゃないんですか?」

「まさか。警邏軍がそんなに働き者なら誰も苦労はしないはずだ」


 だが実際に目の前で働いてはいる。さすがにあれだけの出来事があれば警邏軍の重い腰も持ち上がるという事だろうか。


「隊長。やはりここは旧シウム区の騒乱より前に焼け落ちたようですね。何もかも燃え尽きた後です」また別の声が近くの部屋から聞こえ、二人は頭を引っ込めて耳をそばだてた。

「そこの地下道はどうでしたか?」

「いいえ、何もないようです。報告によりますと、せいぜい通路として利用されていただけだろう、との事です」

「なるほど。こちらは無駄足でしたか」


 何だか聞き覚えのある声だ。


「それともう一つ、報告なのですが、あの巨大機骸ヴァゴウの背中の件です」


 トマウはスースの方を見る。スースは真剣な表情で聞き耳を立てている。


「開きましたか。どうでしたか?」

「いえ、中身は空っぽです。何故か霊気機関も無くて。何者かが持ち去った後のようですが」

 スースはにやついた顔で囁く。「タスキイさんと隠しました。後で山分けしましょうね」


 その言葉を聞いているのか聞いていないのか、トマウは空を見上げていた。


「スース。弔銃はあるか」トマウは言った。

「え? はい。ホルスターに入ってますよ」トマウが銃を引き抜くとスースが腕に縋りつく。「何するんですか? トマウさん。見つかっちゃいます」

「スース」トマウはスースの顔を真正面から見つめる。「あいつらが立ち去ったら屋上に上がってくれ。見せたいものがあるんだ」

「何ですか? トマウさん。説明してくれないと分からないです」

「次にいつ出会えるかなんて分からない。俺が捕まれば尚更だ」


 トマウが立ち上がる。


「トマウさん? トマウさん?」ほとんど叫び声に近い囁き声でスースはトマウの足を掴む。


 トマウはスースの肩を掴んで地下道の方へと押しやった。


「静かにしてろよ」


 地上に上がり、離れていくトマウをスースは絶望的な目線で送る。

 トマウは弔銃を天に向けて構え、躊躇いなく放つ。銃声と共に辺りが騒然とする。


 すぐに十人程の警邏兵が集まり、ただ塒の真ん中で立っているトマウを囲む。銃を持っている者も何人かいる。

 臙脂色の人垣から男が一人進み出た。先ほど隊長と呼ばれていた男だ。


「抵抗の意志が無いなら銃を置きなさい。ゆっくりと」


 抵抗の意志も銃弾も無い。今のが最後の一発だった。トマウが隊長の言うとおりにすると左右から飛び出した警邏兵が乱暴にトマウを拘束する。


 足元に組み伏せられたトマウは警邏軍の足の間から覗くスースの不安げな表情を一瞥した。口に手を当てて声を押し殺しているのが見える。無謀な事はしないだろうと分かって安心する。


「後はワタクシに任せて撤収準備をしてください」と隊長が言うと、隊員たちは異を挟まずに仕事に戻った。「また会いましたね。てっきり報酬を持ってとっくに中州を立ち去っているものと思っていましたが」

「こそ泥かと思ったら警邏兵だったんだな、バザ。いや、火事場泥棒か? 他人の塒で何をしているんだか」


 相変わらず地面のトマウには目もくれず真っすぐに空中を見ている。袖にはきっちり折り目がついている。


「貴方の今の行動に比べれば理解できると思いますが」

「行動? 行動って何のことだ?」

「銃を撃った意味ですよ。何を撃ったのですか?」

 トマウは大笑いする。「あの状況で撃つ訳がないだろ? 暴発だよ、暴発。全く神様も意地悪が過ぎるぜ」


 バザは少しも納得している様子ではなかった。


「まあ、いいでしょう。それよりケスパー氏の遺産。何かご存じないですか?」

「ああ、それが目的でこんな所まで来たのか? 知ってても教えないが、知らないな。あの火災だ。あったとしても燃え尽きてそうなものだが」


 バザはおかしなものを見るような目つきでトマウを見ている。


「どうかしたんですか? 金ですよ、金。大金です。何ですか、その無関心な態度は。依頼人さえも売り渡す貴方らしくないじゃないですか」

「仮に見つかったとしても俺が分け前を預かれる訳でもないだろうに」


 バザは思案する様子を見せる。そして地面に這いつくばるトマウに視線を向けた。


「いいでしょう。遺産の在り処を言えば釈放した上で十分の一をくれてやりますよ。どうですか?」


 それでも前回バザに貰った報酬の数倍になる。しかし少しも迷わない。そんな自分の変わりようが可笑しい。


「知らないものは知らない」


 トマウはきっぱりと、そして嬉しそうに答えた。

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