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機械仕掛けと墓荒らし  作者: 山本航


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だがもう戦えない

 トマウはすぐさま建物を降りる。捩じれた階段を駆け下り、歪んだ通路を走り抜ける。

 エイハスが何故動きを止めたのかは分からない。霊気機関が胴体の中にある以上、まだ破壊されてはいないはずだ。あるいは衝撃が強すぎて代替知性とやらに影響があったのかもしれない。霊気機関でなくとも頭部には重要な器官が収まっている事だろう。


 今まで以上の揺れが建物を襲う。メルキンが『ケスパー』でもって、この旧病院を直接破壊しているらしい。

 しかしトマウは『ケスパー』のいる方向へと走る。建物から出ると巨大な二本の柱、『ケスパー』の足を避け、燃え盛る街に目を細めながらエイハスに近づく。


 やはり操縦席と違って視界が広いとはいえ、『ケスパー』の肩の上にいるメルキンに足元は見えないようだ。相変わらず『ケスパー』は二本の剛腕で旧病院を何度も何度も殴っている。


 エイハスの背中が少し開いている。中からタスキイが半身を乗り出した。本人は意に介していないのか、気付いていないのか、擦り傷だらけになっている。


「トマウ、エイハスは大丈夫だ。スースさんに教えてもらった方法で霊気機関と繋がる一部回路を切断して死んだ振りをしたんだ」

「なるほど。良い機転だな。だがもう戦えないだろ。エイハスを連れて逃げてくれ」

「何を言ってるんだよ。首がもげたくらいなら問題ない。眼球レンズも耳殻マイクも首以外に沢山あるし、霊気機関を戻せばまだ戦える」

「だが」

「何も問題ないってば」


 汗に塗れ血の滲むタスキイを見ながらトマウは思考する。出来ればこれ以上巻き込みたくない。さっきもメルキンがエイハスを踏み潰していたらタスキイは死んでいた。本人は気づいていないようだが。


 期待を込めている風にトマウは言う。「どれくらいかかる?」


 それまでに決着をつける。


「すぐだよ、すぐ」


 死闘のせいか熱のせいかタスキイは興奮気味だ。


「時間を稼ぐ。メルキンは今機械の巨人の肩の上にいる。体当たりで十分だ。それで決着がつく」

「了解だ」


 トマウは走る。十分な距離を取り、弔銃を放つ。一瞬の停止と復旧。遠目にもメルキンがこちらに気付いた事が分かった。

 『ケスパー』がこちらを向き、歩いてくる。トマウは全力で走るが、しっかり確実に大地を踏みしめる『ケスパー』の歩みよりも遥かに遅い。弔銃を警戒しているのだろう。それ以上速度を上げるつもりはないようだ。試しに一発撃ってみるが、難なく平衡を保っている。


 行き先は決まっている。メルキンに勘付かれている様子はないが、他に策も思いつかない。誘い込んでいると思われないように、行き当たりばったりで『ケスパー』と炎から逃げ、かといって諦めずに思いつく限りの策を講じている風に見えるよう気を遣う。分かれ道で迷っているかのように、何か使える物を探しているみたいに。


 かつての住宅地の狭い路地に誘い込み、建物を破壊しながら追われ。

 製霊墓塔の影に隠れれば、突き出した両腕でへし折られ。

 警戒心を一層高めてしまったのは失敗だったかもしれない。だが着実に目的の場所へと近づく。


 中州の一角、かつては人の手で管理された自然公園だった廃墟へとやってくる。手入れのなされていない遊歩道、小高い丘や汚水の溜まった噴水、そして円形広場。ここはまだ焼き尽くされていないが、旧シウム区という焚火の灯りは十分に届いている。


 トマウは葉の生い茂る楢の林へと入る。姿を見失わせるには十分だ。『ケスパー』は足を止める。それ以上近づいてこない。不意打ちを警戒しているのだろう。


 トマウは林を抜けようと足早に移動する。その時、雷でも落ちたかのような轟音と共にすぐ近くの木が折れる。瓦礫が勢いよく転がっていく。『ケスパー』が瓦礫を投げている。見えているとは思えないが当てずっぽうにしては正確だ。砲撃の着弾音が迫る。とにかく走る。逃げる。駆け抜ける。


 林を抜けると砲撃は止み、再び『ケスパー』が追ってくる。トマウは公園を飛び出し、しかし少し走ると足を止める。そのまま進んでも水没地域に至る。逃げ場はない。

 肩で息をする。追い詰めたと思わせる必要がある。精一杯悪あがきをしているかのように振る舞う。トマウは弔銃とナイフを取り出した。


 『ケスパー』は不意に弔銃を撃たれても対応できる速度で歩いてくる。そしてトマウの前で立ち止まる。メルキンは変わらず『ケスパー』の肩の上にいる。トマウを見下ろしていた。

 『ケスパー』が巨大な足を振り上げる。ほぼほぼ垂直に上げた足を振り下ろす直前に、トマウは弔銃を撃つ。

 しかし一瞬の硬直の後、問題なく足は振り下ろされ、石葺きの道路に叩きつけられる。トマウは何とかかわす事が出来た。弔銃による硬直のせいか軌道がそれたようだ。襲い来る無数の礫から身を庇う。


 メルキンは足を振り上げ、トマウを踏み潰そうと足を下ろす。瓦礫の投擲以上の衝撃が地を揺らす。平衡を失わないよう、決して大振りに蹴り上げたりはしない。上下左右に重心を移動させれば弔銃の餌食だとメルキンは分かっている。だから多少仕留めづらくても踏みつける。


 トマウは直撃を躱す。しかし道路の表面は破壊され、跳ね飛ぶ礫は弾丸の様だった。何度も何度も何度も踏みつけ、何度でもトマウは回避する。

 ついに、その瞬間がやって来る。大地の崩壊、道路の崩壊。『ケスパー』の足が地面を突き抜け、地下の空間に突き刺さる。


 トマウが知り尽くす地下道の中でもここは最も薄い場所だった。ヴァゴウが水の中で破壊できるなら『ケスパー』にも訳はないだろうという狙いは正しかった。


 しかし目論見は外れる。期待していたほど体勢を崩す事は無く、メルキンは変わらず『ケスパー』の肩にしがみ付いている。


 トマウは弔銃を撃ってみるが意味は無い。むしろ踏み抜いた足が固定され、倒れにくくなっている。

 トマウとメルキンの睨み合い。しかしそれも長くは続かない。軽快な地響きが近づきつつある。ヴァゴウの首を失ったエイハスが全力疾走してくる。


 メルキンもそれに気づいたようだったが、しかしどうすることも出来ない。


 首を失ったとはいえ、その質量は『ケスパー』に匹敵する。それが持てる最大速度で『ケスパー』の背中に衝突する。一瞬、閃光の如き火花が散る。百の鐘を同時に撞いたような轟音が鳴り響く。メルキンが肩から弾き飛ばされるように宙にいた。


 『ケスパー』の右膝は逆方向に折れ、その巨体が倒れる。そこにエイハスものしかかり、結果大崩落を招いた。


 トマウは地の底に落下する。燃え盛る夜空を背にして鳥型機骸に掴まるメルキンが見えた。

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