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機械仕掛けと墓荒らし  作者: 山本航


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何処かへ飛び去ってしまった

「お前さんの言う通り、大橋で衝突事故があった直後、棺が落ちてきた」エムガ爺がトマウを見ながら、その実、はるか遠くを見て言った。「そして奇跡的に、その棺は棄て山の頂上に直立して突き刺さり、半分ほど埋もれた。こうなると誰も手出しできん。上に登って棺をいただこうなんて輩はいない。棄て山が崩れた事は過去何度もあるからな。知っての通り、命知らずの馬鹿が無理をして生き埋めになる事もあったが。その内何かの拍子に落ちてきた所に巡り合えた者が手に入れるだろう、と思われた。しかしその日の明け方、わしは見たんだ。棺がいつの間にか機械部品に覆われていたのをな。そして呆気に取られていると中から機骸が飛び出してきやがった」


「そんな……」とスースが絶句する。


 色々な意味で衝撃的な出来事だ。機骸の自然発生自体かなり珍しいとスースは言っていた。遺体が棄て山に投棄されてから半日も経たずして、というのもあり得ない事実だろう。そして何より自分の母の遺体が機骸と化していたという話にスースは茫然としているようだ。


 そもそも屍蝋患者の遺体は霊気が絞り尽くされているから機骸は発生しにくいはずだが、あるいはハーシーの症状である『霊気機関の活性化』が機骸発生の一助になったのかもしれない。


「その機骸は、どんな姿で、どうなったのですか?」


 スースは一言一言絞り出すように言葉を紡ぐ。エムガ爺ははるか大昔を思い出すかのように目を瞑り、一つ一つ言葉にする。


「鳥型だ。硝子部品の多いそれは美しい機骸だった。朝日を乱反射して空に弧を描くと何処かへ飛び去ってしまったな」


 硝子の鳥型機骸。トマウとスースが何度も見かけたあの機骸だ。


「あの、あの機骸が、お母さんが」スースは震える声で呟き、両手で口を覆う。

「違う。間違えるな。機骸は魂でも幽霊でもない。遺体を燃料に動く自動人形だ。死者はどんな形であれ、蘇る事は無い」


 トマウはスースの肩を抱き、優しく力強く説いた。残酷な現実かもしれないが、残酷な逃避よりは遥かにマシなはずだ。


「はい。分かってます。分かってますけど、でも……」


 スースは既に母が死んでいる事を実感し、受け入れている、とトマウは思っていた。母の遺体の機骸化でこれほど動揺するとトマウには思いもよらなかった。


「エムガ爺、その棺は残ってるのか?」

「おう、ついてきな」


 エムガ爺が固い関節に鞭打ち立ち上がると、別の山へ向かって歩き出す。

 トマウとスースが案内された先には裾野の広いゴミ山だった。


「最近崩れてな。かなり低くなったんだ」とエムガ爺は説明する。


 歪で、足を取られるゴミ山を登ると、その頂上付近には確かに棺らしき箱が置かれていた。暗闇の中にぽつんと存在したそれは、ほとんど木片になっているが辛うじて棺の原型は留めている。

 見覚えがあるのだろう。スースは棺に縋りつき、すすり泣く。トマウは左目を瞑り合掌する。心の底から冥福を祈った。


「生きている間に、ただでさえ酷使されたのに……。死んだ後も霊気機関になって働かされるなんて……」


 いつから実験に協力していたのかは分からない。屍蝋病で命を削りながら実験に協力する事で金を稼いでいたハーシーは死後もその肉体を霊気機関とし、活動する機骸の依り代になっている。スースは母に安らぎを与えたかったのかもしれない、とトマウは想像する。

 どれ程長かったのか、短かったのか分からないが、一しきり泣いたスースは涙を拭い、鼻を啜り、立ち上がる。


「お願いがあります、トマウさん」


 棺を見下ろしながらそう言ってスースはトマウの返事を待った。


「何だ? 言ってくれ」

「母を媒介にしている硝子で出来た鳥型機骸を見つけて、停止させてください。お願いします」


 いつの間にかエムガ爺はいなくなっている。


「まず」とトマウは言う。「元々請け負っていたお前の母を探す仕事とは別の契約、別の料金だ」

「はい」スースは頷く。

「だが俺はその仕事を失敗したので違約金を支払わなくてはならない」

「違約金の契約なんてしてなかったと思いますけど」

「だが俺は無一文だ」


 スースは深く息を吸い、胸の前で腕組をする。


「だからヴァゴウの中のお金、貰っておけばいいじゃないですか。誰も咎めませんよ」

「そういうわけで硝子の鳥型機骸を停止させる仕事でチャラにして欲しい」


 スースはトマウの顔を見て、ため息をつく。


「ああ、そういう事ですか。もう。トマウさんは回りくどいんですよ」

「そうか? 初めて言われた」

「そうです。ともかく、ありがとうございます。あ!」


 そう言ってスースは硬直したように一点を見つめる。その視線を追った先、イドン大橋の向こう、廃れた建物群の向こうで赤々と炎がうねっている。

 そして燃え立つ炎と逆巻く煙の中にあの機械の巨人が立っていた。

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